INTERVIEWS : 21 February 2019

The Claypool Lennon Delirium

Sean Lennon Talks About A New Record〜 It's Psychedelic Sound Resonating To A High Degree In The Present Age That Is In Chaos Than The Psychedelic Heyday

By Masaya Mifune

INTERVIEWS : 21 February 2019

The Claypool Lennon Delirium

Sean Lennon Talks About A New Record〜 It's Psychedelic Sound Resonating To A High Degree In The Present Age That Is In Chaos Than The Psychedelic Heyday

By Masaya Mifune

ショーン・レノン、自身の創作欲求と出自を大いに語る!!
~ザ・クレイプール・レノン・デリリウムの新作は、サイケデリック全盛の時代より混沌の中にある現代で、高らかに鳴り響くサイケデリック・サウンド

 

ショーン・レノンという名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?「ショーン・レノン?知っているよ、ジョンとヨーコの息子だろう?」。おそらく多くの人がこう言うだろう、それも仕方がない。しかしよく考えてみてほしい、それは彼の両親のことで彼自身を表す言葉ではないのだ。この“ジョンとヨーコの息子”と言う便利な言葉抜きに彼を語ろうとすると彼と言う存在が消えてしまいそうになる事実に驚いてしまう。筆者も多くの人と同じような色眼鏡で彼のレコードを手に取った人間である(僕の世代ではHONDAの車のTVCMに出ている人と言うイメージだった)。

98年に自身もサポート・メンバーとして参加していたチボ・マットのプロデュースでリリースされた『Into The Sun』から、2006年の『Friendly Fire』(筆者が一番ハマってたアルバム)ではジャケットに自信なさげに佇む眼鏡をかけた青年が行く気を振り絞って歌い、しかし羽ばたくような極上のメロディ・センスを開花させた。コーチェラで出会い意気投合したというガールフレンド、シャーロット・ケンプ・ミュールとのプロジェクト=The Ghost Of A Saber Tooth Tiger(THE GOASTT)では現在の音楽に繋がるエナジーを手に入れた。この頃にはどことなく自信なさげだった彼も自身をつけ自分の音楽と向き合いエネルギーがちゃんと発散されて行くようになる。

自身のソロ作こそ少ないが、その後も彼は様々なアーティストとのコラボレーション、アート活動を絶え間なく続け、(たまに現役バリバリのお母さんに振り回されたりしながら)プライマスのレス・クレイプールと共にザ・クレイプール・レノン・デリリウムを結成。2016年『The Monolith Of Phobos』をリリース、その時のツアー映像はネットで簡単に見ることができる。

今回はザ・クレイプール・レノン・デリリウムとして3年振りのセカンド・アルバム『South Of Reality』を中心に、音楽のこと、創作のこと、現代のアメリカのこと、そして“ジョンとヨーコの息子”に生まれてしまったことについて電話インタビューをする機会を得た。時間をオーバーして筆者も驚くほど気さくに答えてくれた。彼の頭の中がよくわかる貴重なインタビュー、サイケデリックが全盛だった時代より、サイケデリックになってしまったいまの時代の中で可能性を信じその先を見つめようとする彼らの目線があったのだ。人間的にもとても魅力的で僕は彼に直接会って話がしたいと思ってしまった。

ここで雄弁に語ってくれるのは、誰の息子でもない、優しさと教養と少しの自信のなさとユーモアを持った、息をする等身大のショーン・レノンという一人の人間だ。

取材・文/三船雅也 (ROTH BART BARON)
質問作成協力/岡村詩野

Interview with Sean Lennon

――アルバムとしては今回の『South Of Reality』が2作目になりますが、このレス・クレイプールとのユニットでは、これまでのあなたのどの作品やユニットでの活動よりもリリースのスピードも速くフットワーク軽く進んでいる印象です。

ショーン・レノン(以下S):あはは、そうだね。僕もそう思う。カジュアルな形で始めたプロジェクトだったからじゃないかな。僕たちにとってはそんなにシリアスなプロジェクトじゃなかったんだ。そういう風にカジュアルに、偶然に近い形で始まったものっていうのはプレッシャーがないことがあるから、すごく楽な感じにことが流れるんだと思う。確かに君の言う通りで、このプロジェクトはとても楽しいから、スムーズに進んでいるよ。

あと、レスはプライマスを活動のメインにしていて、僕も他のプロジェクトを持っているからというのもあると思う。こっちのプロジェクトは、お互い楽しむためだけにやっているような感じに扱うことができるんだ。だからプレッシャーもあまりないし、自分たちでエンジョイすることができているよ。

――レスとは普段どのような感じで作業のやりとりをしているのですか?

S:レスと僕のパーソナリティは、互いに補い合っているようなところがあるんだ。とてもいい音楽的ケミストリーがある。というのも、持っているスキルが違うと思うんだよね。違う才能というか。2人ともミュージシャンだけど、音楽へのアプローチの仕方が違うんだ。例えば…レスは大ベテランのミュージシャンで、史上最高のベーシストのひとりでもあり、ミュージシャン全体の中でも史上最高のひとりなんだ。僕にとって彼はまるでオリンピック級のアスリートだよ(笑)。オリンピックのランナーみたいなさ。世界のトップになるために筋肉を鍛えてきた人みたいな感じなんだ。だから彼とプレイするのは、レーシングカーを運転するようなものなんだよね。すごくパワフルなエンジンが付いているんだ。

かたや僕自身は、自分のことを演奏家だって思ったことがないんだ。例えば、自分のことをギタリストだって思ったことはない。ピアニストとも思っていない。僕はただ、自分が曲を書くときに役立てるために色んな楽器を演奏しているだけなんだ。自分はただのソングライターだと思っているんだよね。頭もメロディ寄りというか。でもレスは自分自身のことをベーシストとして考えているんじゃないかな。彼はベースに向かって曲を書いているんだ。そして彼はベースの能力があまりにスペシャルだから、ベースとユニークで素晴らしい関係を作ることができるんだ。その関係は彼のスタイルに非常に特化したものになっている。彼はリズム的な知性がとても高くて、音楽的な知性もベースを介してとても高いんだ。彼が僕たちの曲にもたらしてくれるものは、僕自身には決してできないものだよ。だけど僕はハーモニーやメロディ的なものをもたらすことができる。僕はあまりテクニックを重視していないんだ。自分にはテクニックがないからね。

だから思うに、彼が気に入っているのは、彼が曲を書くとき…彼はベースだけで曲を作ることが多いんだよね。それで僕に向かって「どうする?君は何がしたい?」って言うんだ。「このセクションにこのコードを入れてみるのはどうだろう。あのコードはどうだろう。このハーモニーは?」と提案してみる。それを彼は楽しんでくれていると思うんだ。

だから基本的に、彼の才能は僕のとは違う。お互い補い合うと、それぞれ独りでやっているときよりもいいものが作れるんだ。

photo by Charlotte Kemp Muhl

――あなたとレスは、THE GOASTTとプライマスとダイナソーJr.のツアーで知り合ったそうですが、その際、どういう部分で意気投合したのですか? 今おっしゃっていたような補い合える部分?また、その最初の時のヴィジョンや方向性と、今回の新作を制作するにあたっての思惑とはどのように変化したと言えますか?

S:最初に意気投合したのは、好きなテイストがすごく似ていたからだと思う。僕たちがツアーしていたときは…僕とシャーロットのバンドとプライマスだったんだけど、ショウが終わるとお互い音楽をかけあっていたんだ。ふたりともプレイリストにレアなガレージバンドやサイケデリックなバンドをいっぱい入れていて、お互い気に入ったものを勧めあっていたんだよね。「ホワイト・ノイズってバンドもう聴いた? デュークス・オブ・ストラトスフィアは?」みたいな感じにね。それで、ふたりとも奇妙でエクスペリメンタルな音楽が好きってことが分かったんだ。レアなガレージバンドやレアなロックバンドもね。

だから、僕たちの友情は、単に音楽を聴くだけのところから始まったんだ。それからジャムるようになった。ツアーバスの中で、アコースティックギターを抱えてね。その頃だったかな、レスが「なあ、バンドやろうぜ」なんて言うようになった。僕は半信半疑だったよ。何しろレスは僕にとってのヒーローだからね。90年代にはプライマスをよく聴いていて、彼らの曲を聴いて育ったんだ。「WOW! いいけど、何で僕なんかと?」と思ったよ。一緒に何をするのか見当も付かなかった。だけど彼は「一緒に何かヘンなことをやろう!今聴いているプログレバンドみたいなやつとかさ」なんて言っていた。だから何を予想すればいいのかも分からなかったけど、とにかくカリフォルニアの彼の家に行ったんだ。ファースト・アルバムは2週間くらいですごく早くできた。それからツアーに出たんだけど、ツアーでだったと思うね、ただの刹那的なものじゃなくて、本格的なバンドになれるって気づいたのは…ツアーに出て、音がどんどん良くなっていったときに、自分たちには何かすごく興味深いものに発展できる可能性があると思ったんだ。

今回2作目ができた訳だけど、とても楽しみながら作れたから、もっとやりたいという気持ちがさらに強まったと思う。もっとツアーして、もっと曲を作って、バンドとして成長していきたいね。最初は思いつきみたいな感じで始まったバンドだけど、今は自分たちが気に入っているもの、ちゃんとやりたいものになったよ。

――あなたはこのクレイプール・レノン・デリリウムのほかに、THE GOASTTやヨーコさんのプラスティック・オノ・バンドへの参加、他にもヨーコさんの再発プロジェクトやディアフーフのグレッグ・ソーニアとの作業など、一体いつ休んでいるのだろう?と思えるくらい多くの作業を並行させていて、ご自身もミュージシャンというよりはソングライター的な自覚があるという話でしたが、そうした複数のプロジェクトを動かすことで、時には客観的でクリティカルな目線も必要になっているのではないかとも想像できます。そうした多面的な活動がこのクレイプール・レノン・デリリウムにもたらしている感覚があるとすれば、どのようなものだと考えますか?

S:興味深い質問だね。時々自分がマルチ・タスクでプロジェクトを抱えすぎているんじゃないかと思うことがあるんだ。複雑すぎるんじゃないかって。ひとつにフォーカスすればもっといい仕事ができるのかも知れないとも思う。実際そういう時期もあったんだ。「よし、このレコーディングひとつに専念しよう。他のことは数ヶ月間みんな忘れよう」なんてね。だけど問題なのは、僕がそうすると、正直言って…うまく説明できないけど、近視眼的みたいになってしまうんだよね。ひとつのプロジェクトにあまりに集中してしまうと、全体像が見えなくなってしまう。自分が何をやっているのか、もう分からない状態になってしまうんだ。時には曲を台無しにしてしまったり、台無しにしかねない判断をしてしまう。あまりに集中してしまうと、何て言うのかな、小さな箱に閉じ込められて大きな絵が見えなくなってしまうんだ。

だから、自分はいくつかのプロジェクトをジャグリングしながらやっていくほうがいいものができるタイプなんだって分かった。そういう風にすると常に何かの骨休めをしている状態だし、別のことをやってから戻ってくると、全体像をより良く見ることができるんだ。大変なことではあるけどね。確かに手を広げすぎているんじゃないかと思うこともあるし、自分のフォーカスが骨抜きになってしまうんじゃないかとも思う。でも逆のこと、例えばとにかく違うことをやってみようなんて思っていると実際はクレイジーになってしまって、全体像を見失ってしまう。それで間違った判断をしてしまうこともあるんだ。

自分のプロダクションや、自分の多面的な活動がデリリウムにどう役立っているかは分からない。デリリウムはいい一例なんだ。これはレスと僕がたまたま始めたプロジェクトだった。カジュアルでプレッシャーもなくて、仲間同士でバケーションに大陸横断ドライブに行くような感覚で始めたものなんだ。僕が色んなプロジェクトを抱えていて、レスもまた色んなプロジェクトを抱えているからこそ、僕はピュアな気持ちでデリリウムにアプローチすることができる。何の心配もなく、インスピレーションと曲のことだけ考えていればいいからね。自分のキャリアにとってどんな意味があるのかなんて考えていると心配になってしまうし、ストレスが溜まるし、自分が間違った判断をしているんじゃないかって勘繰ってしまうんだ。自分がデリリウムとして好きなサウンドは、自然発生的で楽しいもの。過度の期待やプレッシャーを互いにかけあわずにできたものだね。

――このアルバムを聴くと自分が自由になった気がします。

S:それは嬉しいね!

――2017年にはクレイプール・レノン・デリリウムでカヴァーEP『Lime And Limpid Green』をリリースしています(今作の日本盤のボーナス・トラックとして収録)。これはライヴでのパフォーマンスを通じてとりあげたカヴァー曲を中心としていますが、中でもフラワー・トラベリン・バンドの「Satori」は日本人の我々には新鮮でした。海外でも人気の高い日本の70年代のバンドですが、なぜこうした選曲になったのでしょうか? また、そのチョイスどのように行われたのですか? 他にもこうしたカヴァーはスタジオなどで行ったりしているのですか?

S:ファースト・アルバム『The Monolith Of Phobos』のツアーに出たとき…まず、アルバム1枚分しか持ち曲がなかったから、演奏する曲がもっと必要だったんだ。それで、大好きなバンドや、自分たちにインスピレーションを与えてくれた曲のカヴァーをやり始めた。最初にカヴァーしたのはキング・クリムゾンじゃなかったかな。…あ、もしかしたら「天の支配(Astronomy Domine)」だったかも知れない。

――ピンク・フロイドの?

S:そう…それから「Satori」をやるようになって、それがすごく楽しかったんだ。面白いのが、「Satori」は僕がレスに勧めた曲のひとつだったってことなんだよね。レスはフラワー・トラベリン・バンドを聴いたことがなくてさ。

――そうなんですね。

S:うん。僕は日本人だから知ってたんだと思う…レスは「Satori」をものすごく気に入って、EPの中でも特にお気に入りだと言うようになったんだ。それでこの曲のミュージック・ビデオも作ることにした。みんなが見たことあるか分からないけど、ジク(辻川幸一郎さんのことをそう呼んでいるようです)という監督が作ってくれたんだ。コーネリアスのビデオをたくさん手がけている人だよ。ジクが「Satori」のビデオを作ってくれた。すごくいいビデオだよ。EPからのシングルがあの曲だった…ともあれ、僕はフラワー・トラベリン・バンドが大好きなんだ。日本のバンドで好きなものはたくさんあるけど、彼らは一番クールなバンドのひとつだと思う。確か、僕の母も70年代当時彼らと知り合いだったんじゃないかな。当時のバンドに知り合いが何人かいるからね。

――レスとスタジオでジャムるときは好きなバンドの曲をカヴァーするのですか。

S:スタジオではそんなにやらないかな。それぞれ自分のプロジェクトの曲を書いているから。でもツアーではよくやるよ…カヴァーをやり始めたのはショウでやる曲が足りなかったからだったけど、段々バンドのお約束みたいになってきたね。どんな曲が自分たちのショウに取り入れられるものなのかが段々分かってきたんだ。今はアルバムが2枚になってEPもあるから曲も増えたけど、今も新たにカヴァーする曲たちから学ぼうとしているよ。うまく言えないけど…このバンドのアイデンティティは「ショーンとレスの宇宙」だけど、「ショーンとレスの得てきたインスピレーション」でもあるから、僕たちがカヴァーをやるというのは理に適っていると思う。ビートルズの「Tomorrow Never Knows」をやることもあるよ。自分たちの一部になっている曲をやるようにしているから。僕たちの心の中にあって、大切にしているものをね。

――あなたがたはああいうロック・クラシックを、今、積極的にとりあげることで、どのような意味があると考えますか? 後世にその偉大なアーカイヴを伝え残したいという使命感や今の時代にそれをやることの意識などをおしえてください。

S:もしかしたらそういう意識があるかもしれないね。そんなに壮大な観点があるかどうかは分からないけど(笑)、少なくとも友人同士としては、自分たちの好きな音楽を相手と確実に共有しようという意識がある。そういうささやかな、パーソナルなことから始まっていると思うんだ。でも勿論、誰か…若い世代の人でもクリムゾンやフラワー・トラベリン・バンドを知ることができたら素晴らしいと思う。ただ、自分の与える長期的な影響について考えられるほど、自分が洗練されているかは分からないなぁ。僕自身についていえばもっと直接的というか、「レス、フラワー・トラベリン・バンドって聴いたことある? あ、ないの?じゃあカヴァーしようよ」みたいな感じで、それくらいシンプルなものなんだ。

――実際にこの2作目は、そうしたロック・クラシックさながらにロックの歴史を受け継ぐかのような側面を強調した作品になっている印象です。ロックの持つ強さ、美しさ、複雑さ、知性、野性など……今回のアルバムを改めて聴いてみて、そんなロックの歴史の中に改めてこのユニットを置いてみたとき、どのような存在になると感じますか?

S:WOW!…壮大な質問だね(笑)。うまく言えないなぁ。僕の父がビートルズにいて、僕の両親がジョンとヨーコだからこそだと思うけど、僕は自分の音楽がロックンロールのマスターたちの築いてきた歴史のどこに位置するかをできるだけ考えないようにしてきたような気がするんだ。もしそういうことに囚われていたら、そういうのにインスパイアされて音楽を作るなんてことは畏れ多くてできなかったかも知れない…だからあまり考えないようにしているというか…自分のバンドを何かと比べないようにしているんだ。そういうことの心配に時間をかけすぎてしまうと、畏れ多すぎて活動を辞めてしまうんじゃないかって思う。

――謙虚すぎます(笑)。

S:でも本当のことだから。謙虚になろうとしている訳じゃないよ。ものの見方には気をつけないといけない。自分の世界に対する考え方というのは、自分の現実の基本的な概念なんだ。もし間違った考え方をしてしまうと、とんでもないことになってしまいかねない。だから僕にとって個人的に重要なのは、自分の音楽を史上最高のものと比べることに専念しないことなんだ。トゥーマッチになってしまうからね。

――歌詞の世界、テーマなどであなたが最もインスパイアされたのは、今作においてはどのような体験だったと言えますか?

S:うーん、たくさんあるよ。パーソナルな体験というよりは、僕たちを取り巻く世界の方が大きかった気がする。すごく奇妙だけどすごくインスピレーションにもなったから。今のものごとの起こり方は、誰にも想像できなかったものもある。20年、30年前に未来を想像したときは、「これが僕たちの想像する未来だ」なんて思っていた。ものによってはインスピレーションにもなるし興味深かったりもするよね。テクノロジーとか科学とか。でも一方では奇妙でダークで超現実的な出来事も起こっているんだ。不穏なくらいにね。僕が話をする人々の大半は…アメリカだけじゃなくて世界中でそうなんだけど、奇妙なことが起こっているって言っている。世界は今本当に奇妙なところになっているような気がするんだ。だから、このアルバムの歌詞を書くのはある意味楽だったね。デリリウムの音楽にはぴったりの題材になりそうな出来事が多いから…デリリウムの音楽は、奇妙さと相性がいいような気がするんだ。世界がどんどん奇妙になっていくというのは僕たちにとっては大変なことだけど、デリリウムにとってはいいことかも知れない。曲がたくさん書けるからね。

"今はオンラインですべて見ることができるけど、僕がこれまでに出会ったキッズは僕なんかよりよほどヒップで教養もあった。だから、将来的に音楽でもルネサンスが起こるだろうと考えているんだ"

――例えば、THE GOASTTではサイケデリアにアプローチしていましたし、あなたのファースト・ソロはエディトリアルな作業が全盛だった時代らしいヒップホップ・タッチの作品でした。そして、このアルバムは壮大なロック絵巻とでも言えるような複雑で丁寧に構築された作品になっており、あなたの活動のどこを切っても、新たな側面が顔を出してきて刺激的です。それは、まるで、Apple MusicやSpotifyなどで、自由にザッピングしながら音楽を楽しむ時代ととても符号しているように感じるのですが、あなたはリスナーの音楽の聴き方のそうした変化と自分自身の音楽指向とを比べて、どのように感じていますか?

S:興味深い質問だね…ストリーミング・サービスについては、間違いなく複雑な思いがあるんだ。でもミュージシャンやソングライターの収入とかそういうのへの影響を無視したら、忘れてしまったら…(言葉を選びながら考える)…まず、音楽の聴き方におけるそういうルネサンスはナップスターから始まったと思うんだよね。あれの違法性とか、あれが経済的に正しいものだったかどうかはとりあえず忘れることにして、…あれほどたくさんの音楽にアクセスできるということは、ある一世代のアートにまるごと影響を与えたと思う。突然、それまでよりうんと多くの音楽にアクセスできるようになった訳だからね。今はそれが再び起こっているような気がする。一層大きな現象としてね。ストリーミング・サービスとかSpotifyとかそういうのができたから。音楽史のほぼすべてにアクセスを持つ世代というのができたんだ。その結果として、将来的にはクリエイティヴな意味での黄金時代(golden age)がやってくると思う。僕はそう想像するんだ。もしそのひと世代があれほどたくさんの素晴らしい音楽にアクセスしながら育っていったら、ソングライターやミュージシャンのものすごく素晴らしい世代が生まれると思う。素晴らしいものができると確信しているんだ。

例えばイタリアのルネサンスは、ある世代のアーティストたちや知識人が多くの新しいアイデアに触れる機会を持てた結果だった。あれはアジアや他の国々との交易から生まれたものだったよね。本質的には科学への理解が急激に新しくなったことによって、最終的にはルネサンスが生まれたんだ。今の若者たちにも、アーティスティックな意味で同じことが起こると思う。これほどたくさんの曲に触れる機会があって育つと、音楽的に何らかのブレイクが起こるんじゃないかな。残念ながら映画や本ではそういう現象は起こっていないけどね。本をダウンロードするのは曲をダウンロードするのよりも難しいし(笑)。本の方がファイルが小さいのにね。ある意味、文学や映画においてもそういうルネサンスが起こるといいなと思っているんだ。でも映画を観ようと思っても…僕は大の映画好きなんだけど、昔はお店に行ってビデオやDVDを買えばよかった。今は欲しいものを見つけるのが大変なんだ。みんな映画というプラットフォームを保護しているからね。

…ともあれ、映画と文学に関してはルネサンスの逆の現象が起こるんじゃないかって気がしている。みんな本を読むことを忘れてしまったからね。本は今までにないくらい高くなっているし。でも音楽は…この新しいシステムから得ている恩恵は、次の世代が素晴らしいものになるということ。

と言いつつ、僕はストリーミング・サービスに関して、何となくモラルに反するものを感じてしまうんだ。ミュージシャンの作品を本質的に奪ってしまうものだから。どんなレコード会社よりもたちが悪い搾取の仕方だよ。あれはアンフェアだって僕は思っていたんだ。ミュージシャンとしてレーベルに利益の80%、90%を差し出すなんてひどいと思っていた。でも今じゃ、ミュージシャンとしてはそれが一番割が良かったような気がするんだよね。(苦笑)だから、良し悪しだよね。いいことは、今後の世代に素晴らしいコンテンツ・クリエイターたちが出てくるということ。

――世界的にエンターテインメントとしてのブラック・ミュージックが主流になっている今の時代ですが、歌われている内容は、個としての存在意義、民族や性差関係なく自由な多様性を訴えていくようなものが多い昨今です。こうした時代に、音楽が変えていくことができる未来はどのようなものだと考えますか?

S:興味深い質問だね。…こういう答え方はどうだろう。「音楽は未来を変えることができますか」という質問があるとして、その答えは「イエス」でなければならない。例えば’60年代をとってみても、音楽は文化が変わっていく過程の一部だったからね。だけど問題なのは、当時変わったからといって今変えられるかということなんだ。もう一度起こりうることなのかどうか。僕には分からない…まず、その可能性は(’60年代より)低いと思う。というのも、例えば…ストリーミング・テクノロジーがあるから、音楽はもはや昔ほど価値のあるものとは思われていないんだ。例えば14歳のとき(ビートルズの)『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』をLPで買ったとする。LPはその人にとってものすごく貴重な物体だった。棚の埃をはらってそこにLPを飾って眺めて、触ってみて…もし家が火事になったらそれをがっと抱えて逃げるような感じ。でも今音楽は大抵の人にとって、タダで手に入るものになった。自分が大切にするような、価値のある物理的な物体も存在しないんだ。

そして物理的に大切にされてきた物体がなくなってしまうと、音楽そのものも価値を失ってしまう。だから…例えば’60年代や’70年代において、多くの人々にとって音楽は人生の本質的な一部だった。ミュージシャンであってもなくても存在が大きかったんだ。ツェッペリン、ブラック・サバス、ラッシュのアルバムの音楽はとても重要なものだった。勿論今も音楽はファンにとって重要なものだけど、文化全体から見たらそうじゃなくなったんだよね。すてきな自転車なんかと同じように大切な存在だったのが、壁紙みたいな存在になってしまったというか。あと、人手不足で供給過多というのもあるよね。1965年だったら、全世界でリリースされたアルバムの数はせいぜい1万くらいだっただろうけど、今じゃ毎月100万作くらい出ているし。だから需要と供給のバランスが間違っているし、経済も間違っているから、その2つがあいまって音楽の価値が下がってしまったんだと思う。一般に、ミュージシャンは昔ほど尊敬を集めていないしね。

もし…最も成功しているミュージシャンのひとりを思い浮かべてみるとしよう。例えばドレイク。ドレイクがマイクに向かって「この人に投票すればいいと思う」みたいなことを言ったとしても、みんな笑うだけなんだ。でももしミック・ジャガーが1967年に「こうした方がいいと思う」なんて発言をしていたら、ものすごい影響力があったと思うんだよね。だからミュージシャンは昔ほど影響力がないと思う。最も成功しているミュージシャンだって、その影響力はたいしたことがないんだ。テクノロジーによって業界が破壊されてしまったからね。それから…ストリーミングという意味でのテクノロジーについてだけど、コンテンツの発行があまりに簡単だから、需要と供給のバランスがおかしくなっているよね…答えが長くてごめん。(笑)

――僕もミュージシャンですが色々な人と話していると過去の偉大なミュージシャンやアーティストをあまりに知らない人が多かったり、リスペクトが感じられない人もたくさんいます。あなたの話してくださった話にも通じるものがありますが、SNSなどで圧倒的に ”今”の情報にフォーカスされる世界で過去の歴史に目を通す機会は難しいのかもしれませんが、あなたはちゃんと歴史を通して今現在の物事を見れる現代に稀有な存在だと思います。

S:ありがとう。キミのバンドはROTH BART BARONというのか。クールな名前だね!

――こちらこそ! 個人的にあなたの最大の強みというか特徴は過去の偉大なミュージシャンやアーティストをしっかりとリスペクトしながら、自分の作品の栄養にして生み出しているっていうところだと思うのです。

S:ありがとう…そうだね、今言っていたことは理解できるけど、過去のことをあまり気にしない世代、あるいはそういう類の人々というのは、特に音楽に対してそういう感じな訳ではないと思うな。そういうアティテュードはすべてに対してであって。ソーシャルメディアやインターネットの起こした結果だね。たくさんの人々が、今起こっている出来事に気を取られすぎているところがある。誰が写真を投稿したか、自分にいくつ「いいね」がついたか…そういうことで頭がいっぱいなんだ。そうすると、時間という文脈を理解することの価値を見失ってしまう。

ただ、僕自身はそれとは違う経験をしてきた気がするんだ。僕の出会ったジェネレーションZ(1990年代後半以降に生まれた世代)やミレニアム世代の人たちは…例えば若手DJなんかに会ったりしてきたけど、昔の音楽やレアなバンドやレアなロック、レアなガレージ・バンドを、僕が今まで生きてきた分よりもうんとたくさん知っていたりする。さっきの話になるけど、彼らはインターネットへのアクセスがある状態で生まれてきたからね。彼らは全員の代表ではないけど、もし1人の子供が何かに興味を持って、それを学んでみたいというモチベーションを得たら、その子はそれ以前のどんな世代の人よりも突如多くの知識を得ることになるんだ。すべての情報がそこにあるからね。僕よりうんと若くて、興味深い音楽の歴史に僕よりうんと詳しい人をたくさん知っているよ。そういう人たちに音楽を教えてもらうこともあるんだ。最高にクールなことだよね。僕が知らなかった古いレコードをくれたのは、僕よりうんと若い人たちだったりする。

一般的には、文脈を無視したり、歴史や大きな流れの中でのカルチャーへのリスペクトが欠けていたりする傾向があるのかも知れないけど、そういうものに興味を持っている人は知識が深い、そう思うようになった。それは本当のことだと思うんだ。素晴らしいことだよ。どのアルバムで誰がベースを弾いたとか、そういうことまで知っている。この楽器の写真はあれと同じものを使っているのか、とかね。みんなそういうディテールに詳しいんだ。情報が入手できるからね。僕が若い頃はレコード店に行ったり、通信販売のカタログからオーダーして待つとか、そういうことをしないといけなかった。興味があっても、ものごとを学ぶ度合いがとても遅かったんだ。アーティストのバイオグラフィーとかもね。今はオンラインですべて見ることができるけど。でも僕が出会ったキッズは僕なんかよりよほどヒップで教養もあったよ。音楽に限らず、僕の知っているどんな大人よりもね。だから、音楽でも将来的にルネサンスが起こるだろうと考えているんだ。

――今こんなにもラップトップで作られた音楽が多い中、あなたたちのサウンドはとても有機的で肉体の躍動が感じられます。それはソフトウェアにクオンタイズされて、縦のグリッドに合わせられていないというだけではないようにも感じます。単に生の楽器を使っているからというだけではなくて。ショーンの音楽的バックグラウンドの広さ、経験からそう言ったいわゆるメインストリームのコンピューター的な整理された音楽に合わせることもできたはずです。でもこのようなある意味王道のロックミュージックを骨太に鳴らすという選択肢をとったのはなぜなのでしょう?自然と正直に作ったのでしょうか? それともわざと意識的にアンチテーゼとして作られたものなのでしょうか?

S:いや…説明するね。理由ははっきり分かっているんだ。すばらしいプレイをする人がいるバンドにいるからだよ。 思うにレスは、テンポをキープするのにクリック・トラックを使って録音したこととかないんじゃないかな。彼が一緒に演奏するのに慣れているタイプのミュージシャンというのは、クリックトラックなんて必要としていないからね。レスの場合、僕と一緒に何かやっているときも、例えば僕が「これはクリックに合わせてくれないか」とか「ここは編集したいんだけど」と言っても「どういうこと?」という感じなんだ。「もう一度演奏すればいいじゃないか」ってね。レスのミュージシャンシップのなせる業だね。レスくらい巧くて、ああいうミュージシャンに囲まれていると、いい音を出すのにテクノロジーが必要なところはあまりないんだ。ただ演奏して、録音すればいい。レスはこれまでずっとそうしてきた。僕も少しはそうやったことがあるけど、彼ほどではないんだ。僕の他のプロジェクトでは色んな楽器を自分で演奏して、それを多重録音することが多いからね。バンドすらないこともある。でもレスの場合は常に何人かと一緒にプレイしてきた。その人たちはスキルが優れているからギミックなんて要らないし、失敗をフォローしたり、もっとタイトな音にしたりするエフェクターなんかも要らないんだ。

だから、レスの存在が理由だね。彼のレコーディングの仕方は何と言っても今のものよりトラディショナルだからね。昔はそれが唯一の方法だったし。でも彼の場合は、他に何も要らないからというのもあるんだ。

彼が僕をよりトラディショナルな生音の録音の世界に引き込んでくれた。それが、本質的に僕たちのやっていることなんだ。実際…テクニカルな話になりすぎてしまうかも知れないけど、僕はドラムを2番目に録音することは絶対にやらない。いつもベーシックなトラックと一緒にトライしてみる。でもレスは「ドラムをギターのトラックに合わせてみればいいじゃないか」という感じなんだ。何のテンポもない状態でだよ。で、きっと僕のギターのテンポがずれているからだと思うんだけど、「もういちど弾いてみて」なんて言われたりするんだ。 僕たちがギミックやテクノロジーの恩恵なしにそういう自然体のレコーディングをしているのは、彼の存在によるものが大きいね。レスの存在が主な理由なんだ。

前にもやったことはあったけどね。僕が母のアルバムをプロデュースしたときもそんな感じだったよ。今回の場合はレスという特別な才能の存在があったからだと思う。

――サウンドについてもレスのアイデアなんでしょうか? 最近のスタジオ・サウンドは解像度がどんどん高くなってスーパーロウの音まで再現できるようになりました。今作品の音像はロウの成分があえてその音域はカットされています。ドラムのスネアのチューニングも高めです。ヴォーカル、コーラス、ストリングスのパン・ワークもかなり極端に振られていて、60年代、70年代のモノラル録音のように感じられる時があります。このサウンドはミックスもしているレスのアイデアに寄るところが大きいのでしょうか? それともあなたのアイデア?

S:彼だね。彼は間違いなく耳がいい。レスは大半のミキシングを自分で手がけているんだ。僕たちのバランスとしては、曲は一緒に書いて、僕がドラムとキーボードとギターを担当する。役割が多いけどね。で、彼がミキシングをやるから、音のテクニカルなところは彼の裁量なんだ。そういうバランスの上に関係が成り立っている。彼がミックスをやって僕が多くの楽器を担当するけど、クリエイティヴ・プロセスのバランスとしては50:50だね。

レスはミキサーでありエンジニアでもある。それに、録音するときはアシスタントや他のミュージシャンがいなくて、僕たち2人きりなんだ。2人で一緒にスタジオに入る。ミキシングについての選択の多くはレスの裁量によるもので、彼は低域や高域の周波数とかにすごく具体的なこだわりがあるんだ。ドラムやベースとかね。彼自身がベースを弾くこともあって、どんな音にしたいかという狙いがとても具体的なんだ。テクニカルな話になりすぎてしまうかも知れないけど…通常ミックスではどの音を低くしてどの音を高くするかを自分で決めないといけない。ロックンロールの曲の場合、一番周波数が低いのは大抵ドラムとベース。誰もが独自のやり方を持っていて、レスにも長年培ってきたスタイルがあるんだ。彼のスタジオだし、彼のドラムキットだし、彼のベースだし、彼のミックスだから、その辺りは彼が担当しているよ。

きっとキミは僕がプロデュースした別のアルバムとはミックスが違うことも気づいてくれたんだろうな。このアルバムに関してはミキシングはレスであって僕じゃない。僕も立ち会って意見を言うけどね。

――リード・トラックの「Blood and Rockets : Movement I, Saga of Jack Parsons – Movement II Too the Moon」はアメリカのロケット技術者ジャック・パーソンズをテーマに作られたそうですね、彼は有名なロバート・ゴダードやコンスタンチン・ツィオルコフスキー、ヴェルナー・フォン・ブラウンといったロケット技術者たちに引けをとらない研究成果を残した人物でありながらアレイスター・クロウリーの作った新興宗教に夢中になり、自身が築き上げた研究の資産をほとんど失い、ロケットのオフィシャルな歴史からも抹殺され、最後には若くして爆発事故で亡くなった悲劇の天才です、彼がなぜあなた達の作品のインスピレーションとなったのでしょう?

S:友だちに『Sex and Rockets』という本を貰ったんだ。ジャック・パーソンズの伝記本だった。本当に素晴らしい伝記本だったから、ものすごくお勧めだよ。

僕は昔から科学、特に宇宙探索に興味を持っていたんだ。同時に、カルトの必要性についても興味がある。と言っても僕がカルトを信じている訳ではなくて、ただ魅力を感じるんだよね。興味があるんだ…そんな訳で、友だちに貰った本がとても良かった。信じがたいストーリーでね。天才児が基本的に独学で液体燃料のロケットを飛ばす会社を作るんだけど、そのJPLという会社がのちのNASAになって、彼のテクノロジーのおかげで人間は月に行くことができた。だけどその一方で彼はアレイスター・クロウリーとセックス・マジックにいそしんでいたんだ。クレイジーな話だよ(笑)。ドラッグを摂取して、砂漠のど真ん中でクレイジーな儀式をやってもいた。そういうクレイジーな話がいっぱいあったから、曲にしたらいいだろうと思ったんだ。彼は最終的には自爆しちゃうんだよね。僕は事故だと思うけど、本当のところは誰も知らない。化学実験中に爆発が起こったらしいんだけど。すごく奇妙な話だよね。彼は鉄から金を生み出そうとしていたのかも知れないし。でも彼が何をやっていたかは誰も知らないんだ。ロケットの燃料についての実験をやっていたのかも知れないけど、ロケットの研究はもうやっていなかったみたいだしね。ともあれ彼は自爆したけど、その理由は分からない。まるでミニチュアのオペラみたいな話だなと思ったんだ。

――確かに!

S:だからこの本を読んだとき、これについて曲を書かずにはいられなくなったんだ。フル・スケールのロック・オペラを作ろうかなと考えたけど、結局それはやらなくて、1曲に収まったんだ。

――でもこの曲自体がオペラ的な展開をしていますよね。

S:その通りだね。ミニチュアのオペラみたいな感じ。でもストーリーは実話なんだ。このアルバムのテーマのひとつ、あるいはこのバンド全体のテーマかも知れないけど、それは夢や物語やファンタジーみたいに聞こえても、実際は単に現実世界を描写しているだけという感じのものにすることだった。そういう方が興味深くなると思ってね。

――日本からアメリカの音楽シーンを見ていると、今はエネルギーが強烈にある人間が求められると同時に、チルアウトした軽い逃避のような心地の良い音楽が求められているように感じます。マリファナが至るとこで合法化されて来ていたり、トランプ大統領に毎日振り回されて疲れてしまったようにも見えます。

S:(笑)

――しかし今作のあなた達の音楽はそのどちらでもなく、サイケデリックなフィールをまとっていますが、意識はしっかりとしていて逃避ではなく意思がある音楽だと思います。さっきの話にもありましたが、有機的で血の流れや肉体の躍動を感じるものでもあります。どうして今このような音楽、あえて言わせてもらいますが、“意思のあるサイケデリック・ミュージック”を作るのでしょう?

S:興味深い意見だね。言われてみて考えてみると、ピンク・フロイドの音楽にもそんなものが流れているような気がする。

――確かにそうかもしれませんね。

S:音楽はドリーミーな感じだけど、例えば「Comfortably Numb」は決して解釈が簡単な内容ではないよね。ものすごく鬱になったり悲しくなったりしたときのことを歌っている。何て言うのかな…僕たちは間違いなくピンク・フロイドの影響を受けていると思う。そういう風に考えたことはなかったけどね。でも、シリアスなアイデアをドリーミーな音楽のコンテンツとして込めるというのには間違いなく先例があったと思う。

「A Day In The Life」なんかもそうだよね。リラックスできるすてきな曲だけど、歌詞をよく読めば世界のクレイジーさが露になるというか。「信号が変わったのに気づかなかった」とか、なかなか激しい曲だよ。

だから、サイケデリックミュージックが現実逃避や夢見心地になるための音楽だというのは理解できるしそう思われていると思うけど、よくよく分析してみたら、最高のサイケデリックミュージック、あるいはサイケデリックミュージックの多くは、今ふと考えてみただけでもコンテンツが充実しているし、実体のある考えを内包していると思う。

ロジャー・ウォーターズの歌詞は第2次世界大戦について書かれているものばかりだと言う人たちがいるけど、彼の言っていることの多くは…大抵は社会批判だったり、世界の複雑さを分析していたりするんだ。あるいは人生がどれほど大変なものになり得るかとかね。だからそういう文脈で歌詞を書くというのは、この手の音楽の伝統みたいなものなのかも知れない。唯一今と違うのは、今世界で起こっていることを歌詞で表現しようとすると、昔よりいっそうクレイジーになったように聞こえてしまうということだね(苦笑)。

――(苦笑)

S:もしかしたら、変わったのは世界であって、スタイルは変わっていないのかも知れないね。

――今まで古今の素晴らしいアーティストについての話をしてきましたが、あなたが音楽を作る時は、いつもご両親の面影みたいなものが常につきまとうと思うんですけど、周りの人が色々言って来たり、そういう偏見や己の葛藤といったものとあなたはどうやって向き合って音楽を作っているのでしょう? 自然に受け入れられた? 何かを乗り越えるプロセスがあった? 今も戦っているのでしょうか?

S:そうだね…アーティストとしての自分と、ジョンとヨーコの息子でいることを両立するプロセスというのは、一生かかるものなんじゃないかな。ある意味逃げ場がないというか。大半の人たちは僕のことを両親の文脈の中でしか見てくれないからね。僕のことを見て、僕のことだけを考えてくれる人っていうのはとても珍しいんだ。

それに対する僕のリアクションはというと、初期のアルバムをとってみても、声のオーバー・ダブはほとんどしていなかった。スタジオでそれをやると、自分的にはすごくいい音になるけど、みんな「Oh my god! お父さんそっくりになるね」とか「そっくりになっちゃうからだめだよ」なんて言われてしまうんだ。だから初期のアルバム数作は聴く気になれない。声の処理がしっくりこないし、僕には当時からひどい音に聞こえていたからね。立ち戻って考えてみても「どうして自分の声をいい音にしなかったんだろう」と思ってしまうんだ。父に似た声にしようとしているとか言われることを恐れて、やらなかったことを後悔している。

あと、例えば僕の歌い方もそうだよね。僕が息をたくさん使って力強い歌い方をすると、声がますます父に似てくるんだ。それを避けるために、すごくソフトな歌い方をしていた時期がある。しかも声のオーバー・ダブもしないでね。だけどその結果、自分でも気に入らない声が録音されてしまった。我ながらひどいよ(苦笑)。

それから何年も経って、やっと気づいたんだ。「声のオーバーダブは必要だ。いい音にするためにも」ってね。もっと力強い歌い方をしないといけない。その方がいい声に聞こえる。そりゃ人は「お父さんみたい」と言うかも知れないけど、それはどうにもならないことだから、とにかくやることだ。そう思うようになった。

基本的に勝ち目はないんだ。いい声にしようとしたり、思い切り息を使って歌ったら父に似てしまうし、みんなにもそう言われてしまう。かと言ってそれをやらなかったらいい音楽にはならない。そういうことだよね。

まぁ今のは単なる一例だけど、そういうのは他にも色々あるんだ。例えばコードの選び方、メロディの選び方。言葉の選び方。プロダクションのやり方。父を避けるか、人々に思い出させるかしかないんだよね。あるいは僕がそのことは忘れて、自然体の自分から出てくるものに従えばいいんだ。そして自然体の自分から出てくるものというのは、明らかにビートルズやジョンやヨーコの影響が大きいんだ。それが僕の出自だからね。

と言いつつ、この問題は完全には解決していないし、一生しないと思う。僕の両親の名声は素晴らしいものだから、それを忘れてもらうことを期待するのは無理だと思うしね。というか、通常はみんなそっちを先に考えるから。で、僕がラッキーであれば、その後で僕自身に対しての感想を持ってくれるかも知れない。自分が思いついた最善の解決策は、あまり心配しなさすぎないことだね。

――今はご自分の音楽性がご両親とたまに似てしまうことについて以前より気楽に考えられるようになったということでしょうか。

S:そうだね。というかそうする必要があるんだ。でないと…うまくいくものと関係ないところで選択や判断をしてしまうから。

メガネだってそうだよ。色んなタイプのメガネをかけていたけど、いつも誰かに「お父さんに似せようとしているの?」「お父さんに似せようとしてるな」なんて言われてしまうんだ。でも父は色んなタイプのメガネをかけていたんだよね。最終的にそう言われなさそうなタイプのメガネを見つけたけど、それだって父が一時期かけていたことがあるタイプなんだ。’60年代の初期にかけていたレイバンとかね。

難しい話だよ。簡単な選択には決してならないからね。過剰反応して「この選択で良かったのか」と迷い続けるか、受け容れて「そっくりだ」と言われるかなんだから。でもどっちにしろ、みんな僕自身を見ている訳じゃないからね。彼らが僕の両親について思ってくれていることを僕に投影しているような感じ。そういう人たちが僕を見るときは、ひとりの人物を見るんじゃなくて、ビートルズへその人の思いを投影した状態で見ているんだ。それには慣れるしかないよ。でも正直言って、完全に慣れたことはない。僕のことをひとりの人間として見てくれない人がいるって状態によく驚かされるよ。

――真摯に話してくださってありがとうございます。デリリウムをやっているときに色んなプレッシャーから解き放たれていると言っていましたが、そういう場があることがいいことなのだと思います。あなたとしてのあなたを出せているところがこのアルバムの魅力なのではないでしょうか。親御さんの面影があるないに関わらず、あなたらしさが出せているのがいいと思います。

S:ありがとう。もう昔ほどは気にしていないし、現実と折り合いをつけているよ。それに自分でも分かっているんだ。多くの人にとって、自分は両親を代表する記号のようなものに過ぎないってね。それは自然なことだと思う。ただ、僕自身が理解するのに時間がかかっただけなんだ。

――あなたが音楽、アート作品づくりに向き合う時に一番大切にしていることはなんでしょう?

S:実は最近そのことを考えていたんだ。どうして自分は音楽を作っているのか。そうしたら、あるフィーリングを得るために作っているということに気づいたんだ。自分が録音したものを聴いていて、それを気に入ると、そういうフィーリングになるんだけど…それはすごく難しいことなんだ。僕はたくさん曲を書くけど、聴き返してみて「何だかなあ…好きになれないなぁ」なんて思うことも結構ある。最終的に満足いくものができたときのフィーリングは、手に入れるのがすごく難しいことだけど、実際達成できたら本当にすてきな気分になれるんだ。それを自分は生き甲斐にしているんだなって思う。

僕のモチベーションのすべては、そのハイな気分に辿り着くことなんだ。自分で気に入れるものができたときのあの気分だね。難しいプロセスだけど、そのハイな気分を味わいたいという気持ちが、トライし続けるモチベーションを与えてくれているんだ。

――このアルバムにはそんな「ハイ」が詰まっているんですね。みんな楽しみにしています。春にはツアーも始まるそうですね。またツアーをしながら様々なプロジェクトに参加するのでしょうか?

S:そうだね、色んなことをやるよ。最近取り組んでいるボーンスというバンドを僕のスタジオで手がけたり、ソロ・プロジェクトをやったりするんだ。それから最近映画のスコアを書き上げたばかりなんだけど、数ヶ月以内に別のスコアに着手するよ。それから…キメラ・ミュージックでも色々プロジェクトがあるし、それからニューヨークのジャズ・ミュージシャンのジョン・ゾーン関連のプロジェクトのキュレーションもやる予定なんだ…今ぱっと思い浮かぶのがそのくらいかな。他にも色々あるよ(笑)。

――相変わらず多忙で勤勉ですね(笑)。日本に来る時間ができればよいのですが。

S:僕もそう願っているよ。でも正直な話、日本ツアーはいつも狙っているんだけど、最近は実現がすごく難しいんだ。日本もそうだけど、全世界的にインディーズのシーンが’90年代みたいにはいかなくなっているからね。僕たちみたいなバンドがツアーをするのはすごく難しい。オーディエンスがものすごく縮小されてしまったからね。悲しいけど。

日本だけじゃなく世界中で流行っているのはバブルガムやキャンディみたいなラップやポップ・ミュージックだからね。そっちの業界はすごくうまくいっているけど、インディーズはね…昔はしょっちゅう日本に招聘されていて、小さなインディーバンドでも日本中をツアーすることができたけど、今は僕たちにとってはとても大変な状況なんだ。日本にはいつも行きたいと思っているけど、ツアーをやるにはファンが足りなくてね(苦笑)。もっとアルバムを作ってファンを増やさないと。そうしたらすぐに日本に行くよ。その機会を待っているんだ。行けるものなら毎年だって日本には行きたいよ。大好きな場所だから。もっとファンベースを強固なものにしていかないといけないよね。それにはみんなの力が必要なんだ。(そのためにも)僕たちの新しいアルバムを楽しんでくれますように。日本に行ってみんなに会って、みんなのために演奏する機会が近いうちにあることを心から願っているよ。アルバムを気に入ってくれたら、ぜひみんなに広めてほしいな。そうしたら日本をツアーする機会がもらえるから。ありがとう!

■Chimera Music Official Site
https://chimeramusic.com/#

■ソニー・ミュージック・ジャパン内アーティスト情報
https://www.sonymusic.co.jp/artist/theclaypoollennondelirium/

Text By Masaya Mifune


The Claypool Lennon Delirium

『South Of Reality』

CAT.No : SICX-121
RELEASE DATE : 2019.02.22
PRICE : ¥2400 + TAX

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