モーゼス・サムニーの清くダークな歌世界、それは誰の胸にも宿る天国と地獄~ サンダーキャット、ジェイムス・ブレイク、スフィアン・スティーヴンスまでもを魅了したシンガー・ソングライター、ついにファースト・アルバムをドロップ!
本人と思しき男性が体の後ろで手を組み、飛び込むかのように前方にジャンプしている後ろ姿。前かがみになっているため頭は見えない。その様子は、例えがよくないかもしれないが、まるで捕らわれの身となった囚人のようでもあり、十字架に磔になった黒人のようであり……。ビリー・ホリデイの「奇妙な果実(Strange Fruit)」のエピソードを思い出してしまったのは筆者だけだろうか。
しかしながら、トランプが大統領になってからの昨今、アメリカで再び激しく顕在化してきている白人至上主義による黒人ヘイト問題への抵抗のようにさえ思える、極めて象徴的なこのジャケット写真、一方で、かつてロバート・メイプルソープが撮影した黒人のポートレイトがそうだったように、男性の凜とした肉体の美しさを伝えてもいる。ただ、いずれにせよ、本人らしきこの黒人男性が両手の指を絡めていることからもわかるように、ここでは“祈り”という行為が中心。そして、それはゴスペルという音楽につながっていくのではないかと思うのだ。
モーゼス・サムニー。その性差を超えた淀みのない声、ありきたりなビートやリズムに一切頼らない真性フィジカルなメロディ…そこからニーナ・シモン、ジミー・スコット、あるいはアノーニ(アントニー)といった数々の稀有な歌声の持ち主たちを連想する人もいることだろう。だが、ネット上にあげたジェイムス・ブレイクの「Lindisfarne」のカヴァーが注目されたことを最初のきっかけに、ベックの楽譜アルバムの再現盤『Song Reader』のトップバッターに抜擢されたり、ハンドレッド・ウォーターズのリミックスにチャンス・ザ・ラッパーらと共に参加したり、スフィアン・スティーヴンスとステージで共演したり…といった経歴を経て、ボン・イヴェールの成功で一躍世界規模で知られることとなったレーベル《Jagjaguwar》と契約した彼は、必然的に産み落とされた時代の賜物と言ってもいいと思う。それは、カニエ・ウエストがボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンと繋がり、チャンス・ザ・ラッパーがジェイムス・ブレイクの曲をリミックスしたり、ロバート・グラスパーがレディオヘッドの曲をカヴァーしたり、ソランジュがダーティー・プロジェクターズやグリズリー・ベアのメンバーと交流したりする越境……それも明らかに起点がブラック・ミュージック側にあるような現在のシームレスな時代の賜物だと。
実際、リリースされたばかりのファースト・アルバム『アロマティシズム』には、サンダーキャットやラシャーン・カーターら新世代ジャズ・プレイヤーたるべき逸材や、キングのパリス・ストローザーやミゲル・アトウッド・ファーガソンらLAのR&B、ソウル、ヒップホップ人脈も多数参加している。そんな時代の寵児でもあるモーゼス・サムニーとは一体何者なのか? 彼のアイデンティティの彼方には何があるのか? 2017年最大のデビュー・アルバムを放ったモーゼスへのインタビューをお届けする。(取材/文:岡村詩野)
Interview with Moses Sumney
――1990年カリフォルニアのサンバーナーディーノで、ガーナ共和国出身のご両親のもとに生まれたそうですね。お父様は牧師だそうですが、具体的にどのような環境で育ったのでしょうか。
Moses Sumney(以下、M):宗教的な家庭ではあったけど、うちはそんなに厳しくなくて、もっとゆるい感じだったね。でも、子供の頃は毎日教会に行って、帰ってきてテレビを見るっていう毎日だったよ。すごく大人しくて痩せていたんだ。痩せすぎを母親が心配して、病院に連れて行かれたこともあったくらいさ(笑)。医者はもっと外に出て友達と遊ぶべきだと言ったけど、僕はあまり友達がいなくてね(笑)。それくらい大人しかったし、読書が大好きだったんだ。でも、音楽は物心ついた時から聴いていた。7歳とかかな。曲を書き始めたのは12歳だけど。
――ええ、7歳で初めて「One Night Stand」というとても大人びたタイトルの曲を作ったと聞いています。その曲はどういう音楽で、どういうアーティストや作品からインスパイアされたものだったのでしょうか。
M:ああ、そうそう、最初に書いた曲は7歳の時だったよ。もちろんまだあのフレーズの意味は知らなくて、映画を見てて知ったんだ。で、自分には出来なそうなことだなっていう印象だけがあって、それをタイトルにしたんだよ(笑)。当時はカントリーを聴いていたから、その要素が入っていたかな。カントリーは親が聴いていたとかそういうのじゃなくて、多分ラジオとかで聴いて好きになったんだと思う。ただ、楽器は20歳まで演奏してなかった。曲は書いていたけど、楽器に関しては習う機会もなかったから、ただ曲を書いただけなんだ。
――楽器も機材も使わずに?
M:そう。機材も使ってないし、ノートとペンだけ。メロディを暗記して、それを歌っていたんだ。もちろん、レコーディングなんかまだまだしてない。暗記してただけさ。ただ、曲を作り始めた時期には、もうカントリー以外の音楽も聴き始めていたね。だから、ポップ、ロック、フォーク、R&Bとか、色々な曲を書いていたよ。
――お父様はアメリカで教会をつくるためにアメリカに住んでいたそうですが、10歳であなたはガーナに引っ越しをし、子供心に、そこで文化や言語の違いなどに苦しんだと聞いています。そういう環境でも曲を作ったり音楽に親しんだということであれば、その頃の体験で、現在のあなたの作品を形成している重要なファクター、アイデンティティはどういうものだと考えますか?
M:そうだなあ……みんながみんな英語を話す環境ではあったんだ。でも、同じ英語でもローカルのリズムというか文化があって、それはなかなか理解するのが難しかった。そういう自分の全ての経験がアイデンティティに関係していると思うけど、あの頃の経験は自分をより強く、そして賢くしてくれたと思う。
――ガーナには16歳まで暮らしていたと聞いていますが、ガーナにはハイライフという素晴らしい地域の音楽がありますよね。
M:ああ、でもハイライフは聴いてなかったね。アメリカに遅れを取りたくなかったのか、ウェスタン・ポップ・ミュージックばかり聴いていたよ。デスティニーズ・チャイルドとか、ジャスティン・ティンバーレイク、アッシャーとかネリー・ファータド、ノラ・ジョーンズとか……。僕が12歳とか13歳の時に流行ってたポップ・ミュージックばかりだよ。ガーナにインターネット・カフェがあってね、僕はそこで週に1時間だけネットを使うことが許可されてたんだ(笑)。別にそこで音楽をダウンロードしていたわけじゃないよ(笑)。週一回のそのチャンスにネットで音楽を見つけて、聴きたい作品をメモしてね。父親が結構仕事でアメリカに行っていたから欲しい音楽のリストを渡してCDを買ってきてもらっていたんだ。だから、どうしても現地の音楽じゃなくてアメリカやイギリスの音楽ばかりだったってわけさ。
――では、今のあなたを形成しているような音楽に出会ったのは、何がきっかけで、どういうアーティストからの影響だったのでしょうか? UCLAに進学する前には再びアメリカに戻ったそうですが。
M:そう、ある時期からブラジリアン・ミュージックとかはたくさん聴くようになったよ。カエターノ・ヴェローゾとかね。あとはアメリカのフォーク・ミュージック……といっても、インディ・ロックやソウルが混ざった感じのものだね。アメリカに帰ってきた頃は、もっとフォークにハマっていたし、ジャズにもハマってた。17歳の時はニーナ・シモンをよく聴いてたな。そこから実際に人前で歌ったり演奏したりするようにもなったんだ。大学の時だね。キャンパスでプレイしていた。バンドに入っていたから、よくキャンパスとかカフェで演奏していたよ。最初に自分の音楽を出したのはSoundcloud。それしかやり方を知らなかったんだ(笑)。で、2013年に最初にアップロードして、誰かが聴いてくれるのを待っていたってわけ(笑)。
"人間だから、自分に正直、誠実である限り、もちろんダークな部分は出てくる。二層というのは、人間である限り誰もが持っているものだよね。"
――ええ、実際にSoundcloudを通じてアップしたジェイムス・ブレイクの“Lindisfarne”のカヴァーが大きな話題になり、徐々にリスナーが増えていきましたからね。では、当初から多重録音や自宅での音源制作に注力したのはどういう理由からなのでしょうか。多重録音をするにあたり、技術面で参考にした作品、スキルとして向き合った作品があればそれもを教えてください。
M:それも、それしか方法がなかったから(笑)。自分一人だからライブで演奏するには多重録音は必須だった。だからEbayで機材を買って、自分で使い方を習得したんだ。ほぼライブショーのためだね。そこから多重録音をするようになった。学校で聖歌隊に入っていたから、元々ヴォーカルを重ねるというアイディアは好きだったし、結構向いていたんだと思うよ。
――結果として、若い頃にヒット・ポップスを、大学の頃に様々なルーツ・ミュージックやエリアを超えた音楽を吸収したことで、今のあなたの作風は自然と形成されたのだろうと思いますが、その後、同じようなリスニング体験をしてきたであろうハイブリッドなアーティストと自然とつながっていきますよね? 例えば、グリズリー・ベアのクリス・テイラーのレーベル=Terrible Recordsから7インチ・シングルを出すことになったきっかけをおしえてください。また、チャンス・ザ・ラッパー、スフィアン・スティーヴンス、ハンドレッド・ウォーターズ、ジェイムス・ブレイクといった大先輩たちと次々と共演をしていくことになりますが、あなた自身の作品のどういうところが新鮮で魅力的に伝わったのだと自分で考えますか?
M:クリス・テイラーやその周辺の仲間とはニューヨークのパーティーで知り合ったんだ。そこでパフォーマンスをしたんだけど、そのあと、彼らがリリースが決まっているのかとか色々質問をしてきた。それで会話していくうちに自然と出すことが決まったんだ(笑)。僕の何が魅力的だったのかはわからないなあ(笑)。僕の音楽じゃなくて、一緒にいて楽しかったからじゃない?(笑) 少なくとも、僕はリアル。人間的で正直ではあるから、もしかしたらそこは伝わったのかもしれないね。僕は専門知識を持っているわけでもないし、経験が豊富なわけではない。全てが独学だから、自分自身を信じるということが一番大変なこと。自分よりもベターなプロデュース、レコーディングが出来る人がいるという考えを振り払って、自分がやっていることに自信を持たないといけないんだ。それはすごく難しいことだね。でも、そこがカギになっているのかもしれないと思うよ。実際、今回のアルバムには本当にたくさんの人が関わってくれててね。レコーディングのメインはLAとモントリオール。でも、その他でもちょこちょこ色々な場所でレコーディングしたんだ。自分のベッドルームとかね。自分のこれまでの作品でも作業してくれたジョシュア・ウィリング・ハルパーンとか、Ludwig Göransson、Matt Otto……みんなもともと自分がプレイしていたバーで会ったり、皆知り合いだったんだよ。友達で、自然とコラボすることになったんだ。彼らが製作陣のメインだけど、参加してくれた人は沢山いる。ストリングとかベースとか、とにかく色んな人に協力してもらったから、全員の名前はとてもじゃないけど言えないよ(笑)。そういうサウンドには聴こえないかもしれないけど、沢山の人が参加してくれているんだ。だから……やっぱりこの質問の答えはそうした仲間全員に聞いてみないとね(笑)。
――そんなあなたの作品は、しかしながら、多数の仲間が関わってるとは思えないほど、一人の人間による祈り、贖罪、救済などの思いをはらんだソウル、ゴスペルとしての側面を持っています。と同時に、最終的に、あなたがティーンの頃に聴いてような、広がりのあるポップ・ミュージックに着地させたものになっている。制作する際、あなたの音楽家としての一番のモティヴェイションはどこにあると言えますか?
M:天国だな(笑)。ホントだよ。天国にいるんだというのがモティヴェイション。
――では、歌詞を作る上でのモティヴェイションは?
M:地獄(笑)。その二つのバランスをうまく取っているんだ(笑)。
――はははは。確かに、あなたの音楽もそうですが、あなた自身も二極化と二層との間とを行き来している気がします。すごくピュアで純潔な部分と、そこから滲み出てしまう、誰でも一度は自覚するだろうダーティーな部分。あなたは人間の中に潜む、そうした二層と戦い、それをどのように結晶させていくのかに挑んでいるようにさえ感じるほどです。自分の音楽、作品の中の、どういうところに、それぞれ清潔でピュアな部分、大飯隠したくなるダーティーな部分を持っていると感じていますか?
M:そうだな…意識しているわけではないけど、自然とそうなる。人間だから、自分に正直、誠実である限り、もちろんダークな部分は出てくるからね。時々他人から指摘されて自分の音楽のある一面に気づいて驚かされることもある。二層というのは、人間である限り誰もが持っているものだよね。その話とも少し繋がるけど、今回のアルバムのテーマは”Lovelessness”。愛の欠如なんだ。アルバム全体にストーリーがあるわけではないけど、全ての曲においてそれは共通のテーマでね。そのテーマについて、制作当時はすごくたくさん考えさせられていたんだ。『Aromanticism』というアルバム・タイトルに対しても同じで、ロマンスの欠如ってことが主題なんだ。人と真剣に交際することや、愛そのものの大切さと、でも、それが欠落していることの事実……つまりロマンティック・ラブを恐れている、そしてそれが出来ない状態をテーマにしているんだ。それこそが”Aromanticism”の意味ってことだよ。
■ Moses Sumney OFFICIAL SITE
https://www.mosessumney.com/
■Hostess Entertainment HP内 アーティスト情報
http://hostess.co.jp/news/2017/07/014467.html
Text By Shino Okamura
Moses Sumney
Aromanticism
LABEL : Jagjaguwar / Hostess
CAT.No : HSE-6484
RELEASE DATE : 2017.09.22
PRICE : ¥2,400 + TAX