フィンランド発・《フジロック》に降り立つ黒き天使たち
アス(Us)に訊く、ボブ・ディランのカバーや「ロック」の現在のこと
フィンランド・ヘルシンキ出身のロックバンド、アス(Us)。昨年1月のデビュー・アルバム『Underground Renaissance』をリリース当時聴いたときは、そのレイドバックしたガレージロック・サウンドに正直戸惑いを覚えていた。英語圏での反響はまだ少なく、日本でもほぼ無風状態だった。しかし、2024年《フジロック》出演や渋谷WWW Xでの単独公演を経たおりにふとアルバムを聴き返して、圧倒された。パンデミック後、オリヴィア・ロドリゴやマネスキンらがポップシーンに呼水を起こし、“ギターロック復活?”とまことしやかに囁かれた(そもそもギターロックは死んでいないけど)昨今の雰囲気に、大胆に肩入れすることも反対することもしない半端な態度で俯瞰していた自分だが、いつの間にかチューニングは書き換えられていたようだ。
弾丸みたいなロックバンドが好きだ。13歳の少年が初めてアンプから音を鳴らした瞬間のようにプリミティブな、あるいはジミ・ヘンドリックスやジャック・ホワイトを彷彿とさせる良質な、エレクトリック・ギターの鳴り。それ自体への快楽の拡張。ゼロ年代のガレージロック・リバイバルの影響下に立脚せず、ラモーンズ的な縦型のリズムの概念ではなく、60年代のトーンあるいはインディー誕生以前の大文字のロックを直接参照したような楽曲群は、意外にも時代錯誤を感じさせない。ボーカルのハーモニック志向や、ブルースハープ専任のメンバーが吹きまくる独特なフィーリング。「While You Dance」のリズムやサウンドには、『A Hard Day’s Night』ごろの初期ビートルズを思わせる折衷性があり、「Hop On A Cloud」のオルガンが響くスウィートなソングライティングは、ザ・ハイロウズの『HOTEL TIKI-POTO』の愛聴者にぴったり。
日本語圏でもじわじわと支持を集め、先日の5月来日公演は大きな話題に。開場SEにミッシェル・ガン・エレファントの「スモーキン・ビリー」が流れたという(アスの楽曲のカッティングを効かせたリードギターやブルドーザーのようなベースラインには、初期ミッシェル「世界の終わり」や「キャンディ・ハウス」と同じ感触を聴き取れる)。このインタビューは、その来日公演時にフィンランド大使館で行われたもの。残念ながら筆者は同席できなかったが、フォトグラファーの中野道さんが送ってくれた写真を見た瞬間思った。「ああ、Maxの髪ってまるで天使のようにキレイだなあ」。アスに宿る“天使”性として、Teoのスター感溢れる掠れた声質(踊ってばかりの国の下津なみに!)や、泥水やニコチンで染まった黒い羽根を引きずるような気だるいハーモニカの響きを挙げてもいいが、うまく論理づけることができないのでやめておきます。ともかくアスの音楽にはそんな色気がある。
メンバー5人に訊いたのは、ライブでのボブ・ディランやスライ・ストーンといったカバー曲の選曲背景、50〜60年代の音楽や映画の“渋い”趣味のルーツや距離感など。訊ききれなかったことも多いが、それは明日出演の《フジロック》以降、アスがさらにグレートなバンドに成長してからのお楽しみということで。ちなみにアスは昨年の来日時のライブ音源を収めた『We’re Us! Live in Japan 2024』もリリースしている。今からでも遅くない、彼らの飛ばしまくり焦げ付くようなステージングの熱をぜひ予習してほしい。
(質問作成・文/髙橋翔哉 通訳/松田京子 写真/中野道 協力/フィンランド大使館)
Interview with Us (Leevi Jamsa, Teo Hirvonen, Rasmus Ruonakoski, Pan Hirvonen, and Max Somerjoki)
──昨年も日本を訪れていましたよね。日本の雰囲気やオーディエンスにはどんな印象を持っていますか?
Teo Hirvonen(以下、Teo):最高だね。曲をよく聴き込んでくれるので、日本の観客の皆さんの前で演奏するのはすごく満足度が高い。新しい曲を演奏しても、2番のサビに入るころにはもうサビを歌ってくれるみたいな感じで。だから日本で演奏するのは楽しいよ。
──先日リリースされたライブ・アルバム『We’re Us! Live in Japan 2024』にも収録されているように、あなたたちはライブではカバーをよく演奏しています。ボブ・ディラン、スライ・ストーンといった歴史的なアイコンや、ジム・ペンブローク(Jim Pembroke)、Dave Lindholmといったフィンランドのベテランまで多彩ですが、このあたりの選曲について聞かせてください。
Teo:まずは歌詞だな。自分が言いたいメッセージをすでに誰かが歌詞にしていたら、作り直すことがないなって思う。だからカバーをやっているかな。もう一つは、あまり知られていないマイナーな曲だけど「何か特別なもの」を感じる場合。例えばボブ・ディランの「I Wanna Be Your Lover」とか。この曲はディランがアルバムに収録していない曲だからね。スライ・ストーンの「Help Me With My Broken Heart」も彼が若いころリリースしたレアなシングル。これらの曲はもっと注目されるべきだと感じるから、それが演奏する理由にもなっている。
Rasmus Ruonakoski(以下、Rasmus):そうだね。あとはカバーする曲に、自分たちのオリジナリティを付け加える要素があれば良いと思ってる。
──カバーする選曲については、メンバー同士で話し合って決めるのでしょうか? それとも誰かが提案している?
Pan Hirvonen(以下、Pan):普段の会話から始まることもあるけど、ほとんどはTeoがアイデアを出すことが多いよ。もし誰かがいやだと言ったらもちろんNGになるけれど。僕たちは音楽の趣味が似ているから、全員興味を持つことが多い。でも決めては結局、歌詞に戻ってくるんだ。自分が歌詞に共感できたり引っかかるものがあるからこそ、みんなに披露しようと感じる。個人的にはカバー曲もオリジナルと同じくらい思いを抱いていて、やっぱりカバーも自分の気持ちが乗っかるような曲じゃないとできないよね。
ジミ・ヘンドリックスやエルヴィス・プレスリーのようなクラシックなロックンロールバンドはカバー曲をよくやっていた。だからカバーをやること自体が過去の偉大なアーティストを称賛する、オマージュ的な要素もあると思ってる。
Max Somerjoki(以下、Max):確かに、それは良い指摘だね。
──「I Do Not Need No Motor Ride」はアルバム未収録の曲ですが、比較的新しい曲でしょうか。この曲はツアーやライブでの経験を活かして、みんなが歌えるような「アンセム」にチャレンジしたんじゃないかと感じたのですが、どうですか?
Teo:あれは次のスタジオ・アルバム用の曲。ほかにも未発表曲として演奏してた曲はあるけれど、「I Do Not Need No Motor Ride」は本当に次のアルバムに入れたいと思ってる。実は渋谷と新代田のライブでも演奏しようと思ってたけど忘れちゃった(笑)。
──あなたたちにとって「理想のライブアンセム」とはどのようなものですか?
Teo:まず、これまで誰もやったことのないものだと思う。一方で、なんらかの親しみやすいフォークソング的な要素も必要かな。というのも、多くのアンセムソングは民謡のような感覚があって、中世から歌い継がれてきたみたいなメロディを持っていると思うからね。同時にすごくユニークで新しいものを持っていて、特定の世代のアンセムになりうるようなもの。そういう共感性のあるものがいいと思う。
──ガレージロックのクラシックといえば、リンク・レイ(Link Wray)やThe Kingsmenのような60年代のサウンドを思い浮かべます。一方で、私はおそらくあなたたちと同じで、ザ・リバティーンズなどを通じてガレージロックと出会った世代です。
全員:わかる。そうだよね。
──皆さんにとって、60年代のオリジナル・ガレージロックの魅力はどこにあると思いますか?
Rasmus:やっぱり、聴いた瞬間に足が動いて乗ってしまうくらいの、稲妻に打たれたようなパフォーマンスだと思う。気持ちがそのまま持っていかれるような。あと感情豊かで曲自体が本当に素晴らしい。
50、60年代って、2分半の短い曲の中にあらゆるものを詰め込んでいて、それで完結しているから2分半で短すぎると感じさせない。1秒ごとにいろんな感情や、技術的なミュージシャンシップが詰まっているから、そういうところに共感するな。
──アスの楽曲ではほとんどの作曲にはTeo一人がクレジットされています。作曲の際にはどのような過程で進めることが多いですか? 例えばコード進行から始めるのか、メロディやリフから始まるのか、あるいはジャムセッションから生まれるのか……。
Teo:基本的にどれも書き方は似ていて、一例として「I Do Not Need No Motor Ride」がいいかな。まず歌詞は常に書いていて、それを一番楽しんでる。で、そこからギターで曲作りを始めて、コード進行からギターの練習から始めるときもある。練習している間にちょっと指づかいがおかしくて「変な音だな」と思って、そこから指を動かしてみたら新しいコードが起きてるっていう。そこからコード進行に思考が行ってしまって、そんな調子でなかなかギターの練習ができないから、ギターの技術はあまり上達しないんだけど、曲作りとしてはそれが正しい方向だと思ってる。
コード進行ができてくると、今度は書いていた歌詞を当てはめたくなる。「I Do Not Need No Motor Ride」に関してはこうやって(手を動かしながら)ダウンコードを考えた。すると頭の中でそのコードが「Hop On A Cloud」と言っているように聞こえるんだよね。そこからフレーズが生まれて、変えたり削ったりして、まるで自分は編集者のような気持ちになってくる。
なので時々違う方向に行ってしまうこともあるけど、それでも途中でダメだなと思ってもとりあえず最後まで作るようにしている。なぜなら、自分は編集を続けていかないと作り終えられないタイプで。コーラス一個分だけ作って「これは良い」と思ってしまうと、気持ちが切れて残りを考えられなくなってしまう。だからいつも演奏できる完成形を作ってから編集する。時にはレコーディング直前にメロディを変更することもあるよ。トラックに合わない歌詞があればカットするだけ。だって、頭の中で曲は完成していて、ここは合っていないとかここは良いとかがわかるから。そういう意味でもライブ・アルバムって良いなと思うよ、写真みたいにその時々の自分たちが残されているから。
というわけで実際の、「I Do Not Need No Motor Ride」の作曲について話したよ! 去年夏に演奏したときは未完成だったけど、ついに完成したんだ。
Pan:いい質問だったね。というのも、メンバーだってTeoのやり方を知らなかったから。いつも空からアイデアが降ってくるのかと思ってた。
──ライブ・アルバムのCD特典に載っているQAによると、Teoがもっとも影響を受けた演奏家として、メンバーのMaxの名前を挙げていたのが印象的でした。たしかに『Live in Japan』に収録された「While You Danced」のMaxのソロは最高でしたね。具体的にどんなところに影響を受けましたか?
Teo:人生のあらゆる面において。それに、Maxが僕たち3人の中で最初に音楽を始めたんだ。2歳くらいだったっけ?
Max:2日目で始めたよ。
Teo:僕は楽器を弾くまでに少なくとも10年かかったから。
Pan:僕も一緒だね。そういう意味で、僕らはMaxにすごく影響を受けたと思ってる。あと曲作りの大きな影響としてはボブ・ディランとヴァン・モリソン。それとフィンランドには、先ほど言及されたDave Lindholmとジム・ペンブロークもいる。個人的にはジム・ペンブロークの曲に「A Better Hold (And A Little View)」というのがあって、それが僕には「こんな曲を書きたい」と思った最初の曲だった。今回のツアーでも毎回演奏しているけど、実はこの曲はレコーディングもしている。もしかすると次のアルバムに入っているかもね。
──同じくライブ・アルバム特典のQ&Aでは、Leeviはアキ・カウリスマキの映画をフェイバリットに挙げていますね。日本でもカウリスマキは人気があって、最近も東京の映画館で彼の旧作が上映されていました。皆さんの音楽や映画の好みには、世代を越えた渋いセンスがありますが、どういう経験や影響から育まれてきたのでしょうか? 印象深いエピソードがあれば教えてください。
Leevi Jamsa:もしかしたら自然とそういう要素が僕たちの間で共鳴して、惹かれあったのかもしれないな。それが他のバンドとは違う、僕たちを特徴付ける要素だと思う。具体的な経験や影響というのはなかなか思いつかないけど、僕たちの影響が混ざり合うことで何か面白いものは生まれてると思う。
Pan:僕たち、50年代や60年代の映画を観るのが好きで。もちろん最近の映画も観ているけど、それ以外にも頻繁に美術館に行ったり、城や自然を訪れるのが好きなんだ。そうしたすべてのものが影響を与えているかもしれない。
Teo:だけど一番は、ここ1年の自分たちのツアー生活から受けた影響が大きいんじゃないかな。ツアーでは移動で歩き回ったり、友達の家で寝たり、夜行バスや夜行列車に乗らなきゃいけない。そこでは変わった出会いも多いわけだし、そういう体験は全員で共有しているものだから。
正直、映画よりずっと大きな影響を受けていると思うな。1ヶ月間ずっとライブがあるときは、しっかりした作りの衣装や靴が必要になるし。やっぱりそういうものって50、60年代のものが本当に良いよ。だから僕たちのスタイルもそこから影響を受けてるってわけ。
Pan:君の革ジャンだって1930年代のものなんだろ?(笑)
Teo:いやいや、これは1週間前に買ったけど管理が悪いだけ(笑)。冗談だけどね。
──アスの音楽には、パンデミック以降における「(インディー・ロックと区別された)ロックの再来」の潮流を強く感じます。あなたたちはサウンドに非常に自覚的かつ意欲的なバンドだと思います。あなたたちにとって「ロック」や「ロックンロール」という音楽はどのような可能性を感じますか?
Teo:可能性は無限だと思うよ。以前はロック・ミュージックは良質な音楽でユニークなものだったはずだけど、どのジャンルにもありがちなことに一定の時間が経つと、既存の音楽の繰り返しやコピーが増えていく。つまり本質的にはここ10年、15年ほどは人々の心の中にしか存在しなかったんじゃないかな。だからロック・ミュージックにはすごく可能性を感じている。
でもロックってそういうジャンルだから、ロック的な曲を一つの方程式みたいな形で決め込んで作っていくのは危険なのかなって。それがみんなが聴かなくなってしまう理由になりそうだから。
Pan:やっぱりロックこそ一番良質なダンス・ミュージックだよ。
Rasmus:あと、ロックをあまりに真剣に捉えすぎた人たちが多かったと思う。だから「鬱になりそう!」とか「深いものを書かなきゃ!」みたいに気張らなくていい。そういった意欲は必要なんだけど、ただ聴いて楽しくなったりリラックスできるようなロックもあっていいじゃないかって思うよ。
<了>
Text By Shoya Takahashi
Photo By Michi Nakano
Interpretation By Kyoko Matsuda
Us
『We’re Us! Live in Japan 2024』
LABEL : Sony Music Japan International(SMJI)
RELEASE DATE : 2025.4.23
https://usjp.lnk.to/LiveInJapan2024WE
Us
『Underground Renaissance』
LABEL : Sony / Lorbag
RELEASE DATE : 2024.5.22
https://usjp.lnk.to/URENAISSANCEWE
