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特別対談
豊田道倫とは何者か?

「彼はいつも蛇口が開きっぱなしなんだよね」(直枝政広)
「僕にとって豊田さんは永遠のポップスター」(澤部渡)

31 January 2026 | By Shino Okamura

豊田道倫がパラダイス・ガラージ名義でファースト・アルバム『ROCK’N’ROLL1500』をリリースしたのが1995年のこと。そこから、30年以上が経過した現在も、豊田は異端児、異分子であり続けている。登場した頃からそうだったが、今も彼の領域には誰も近寄れない。だが、確かにスカムで殺気だっているが、人間臭く優しく、チャーミングでエロティックで……ポップアイコンでもある。フォークだのパンクだのロックだの……それがどうした? とばかりにすべて飲み込んでしまえる繊細なのにタフな胃袋は50代半ばになった今も健在。それどころか、弾き語りとバンド・サウンドを行き来させた最新アルバム『sexy』を聴けばわかるように、より濃度の高い表現を目指している。

ゑでぃまぁこん、ほたるたち、三沢洋紀(LABCRY) & yagihiromi、曽我部恵一、XOXO EXTREME、MISSING HEADS(ヤマジカズヒデ+田畑満+吉田達也)、川本真琴、七尾旅人、どついたるねん、3776、直枝政広、友部正人、リンダ&マーヤ、太宰ちゃん、後藤まりこアコースティックviolence POP、澤部渡(スカート)(以上、収録順)……という計16組が参加した、そんな豊田のトリビュート・カヴァー・アルバム『移動遊園地~パラダイス・ガラージ/豊田道倫トリビュート』が《HELLO FROM THE GUTTER》と《なりすレコード》の共同でリリースされた。そこで、参加アーティストの中から、直枝政広と澤部渡に豊田道倫について語ってもらったのでお届けしよう。豊田より年上でキャリアもある直枝、豊田の影響を受けた世代の澤部、それぞれが考えるその魅力とは……?

今回、さらに、同トリビュートでとりあげられたパラダイス・ガラージ/豊田道倫名義のオリジナル楽曲をコンパイルした記念盤も同時発売されている(2枚セット販売もあり)。ジャケットには両作共に美少女漫画家・内山亜紀による描き下ろしイラストがあしらわれているので、ぜひこの機会に聴き比べてみてほしいと思う。現在は大阪に暮らす豊田の最新インタヴューもぜひご一読を。
(インタヴュー・文/岡村詩野 撮影/宇壽山貴久子)

Interview with Masahiro Naoe(Carnation), Wataru Sawabe(Skirt)

──お二人が豊田道倫さんのことを最初に知ったのはいつのことだったのでしょうか。

直枝政広(以下、N):92年、カーネーションのアルバム『天国と地獄』をリリースした時にハバナエキゾチカとカーネーションで、大阪の《ミューズホール》でライヴをやったんですよ。その時に、お客さんが帰って誰もいなくなった玄関ロビーに豊田くんが一人で残ってて。それで声をかけられたの。いろいろ話したんだけど……なんていうか、もう早口で何を言ってるかわかんなくって(笑)。『天国と地獄』が好きとか、一応そういう話はしてくれたんだけど、ふっと笑って、また話し始めたり。で、確か、カセットを多分その時もらったのかな。豊田くん、その頃(難波)《ベアーズ》とかのライヴ・ハウスに出てる人たちの音源を録音してあげてたんですよ。それで、僕にも「住所を教えてほしい」って言ってきて。そしたら、家にどんどんテープが送られてくるようになったの。その中に山本精一さんのライブ・テープとかもあった。ちゃんと自分でデザインしたカセットテープのラベルでね、それをちゃんと包んで、しかも丁寧に手紙が添えられていて……すごい律儀な感じだった。で、確かその後くらいに豊田くんが最初に自分の作品として僕にくれたのが(パラダイス・ガラージの)『ROCK’N’ ROLL 1500』(95年)だったと思う。

澤部渡(以下、S):その頃、多分、豊田さんまだちゃんとステージにも立ってない時期ですよね、きっと。

N:そうだよね。でもすごい情熱はあった。彼、佐野元春さんが好きなのよ。当時は手紙に佐野さんがいかにすごいかが書かれてて。豊田くんはそのあとに大滝詠一をどんどん掘り下げるようにもなっていった。自分なりのブームがちゃんとある人なんだよね。そういうところも面白い。

S:豊田さん、すごいいろいろ聴きますよね。その頃からポップなものも聴いていた。

N:でもね、その後に高円寺《20000V》でライヴをやるっていうんで観に行ったの。92年か93年。対バンがエアブリでね。坂田律子さんのバンドの。

S:ああ、関西スカム・シーン……。

N:うん、まさにそうだった。すごかった、そのライヴは。生ギターにコンビニの袋をぶら下げてきてて。ステージではそのコンビニの袋をバンバンバンバン! って叩くの。観ていても「なんだろうこれ……」って(笑)。スカム・シーンって、僕はその状況が掴めてたかどうかもわからないんだけど、豊田くんからの手紙には「そういう面白い場があるんです」っていうことは書いてあったの。僕はその頃《Shimmy-Disc》周辺……クレイマーを聴いたりもしていたんで、近い感じがあるのかもってくらいは思っていたかな。でも、豊田くんには山本精一さんのことも教えてもらったりもしてね。その頃はまだ山本さんに出会ってないんですけど、でも、その8年後くらいに羅針盤と僕のソロで大阪の心斎橋で対バンするんです。豊田くん、なんか預言者的なところがあったなって。ていうか、山本さんと僕を繋いでくれた人でもあるんだよね。そうそう、豊田くんと松本亀吉さんが僕らカーネーションのレコーディングを東京の《音響ハウス》まで見学に来たこともありました。『GIRL FRIEND ARMY』(96年)の時だったかな……スタジオでずっと録音を見てた。で、そういう感じで交流が続いて、カーネーションの『LOVE SCULPTURE』(2000年)で僕らは豊田くんの「Forever Love」のカヴァーをやったというわけなんです。

でも、僕とカーネーションのことは本当に丁寧に聴いてくれていた。さっき話したハバナエキゾチカとの対バンの時、僕のデモテープを会場で販売したんだけど、そこに「I LOVE YOU」という曲が入っててね。当時カーネーションのアルバムになかなか収録されなかった、いわゆるボツ曲なんだけど、その曲を褒めてくれたのが唯一豊田くんだけだった。で、時を経て、2012年の『SWEET ROMANCE』でようやく収録できたの。

直枝政広

S:いい話だなあ……。僕の場合は、豊田さんのライヴを最初に観たの2005年じゃないかな。高校3年生の時だったと思うんですけど、最初は難しい音楽だなって思ったんですよ。きっかけは、それより前に、yes, mama ok? の金剛地(武志)さんが立ち上げた《ETIQUETTE RECORDING co.》のファースト・コンピレーション・アルバム(『a Breach of etiquette vol.1』00年)だったと思います。パラダイス・ガラージやキップソーンとか、あと渋谷系のちょっとアートみたいな人たちも入ってた。そのコンピの最後の曲がパラダイス・ガラージの「LOVE BREAK」だったんです。で、なんだろう、これは、もう人間の声じゃないなって最初思ったんですよ。なんかね、すごい不思議で、不気味でもあったんです。

N:偶然だよね、ちょうど僕もその金剛地さんのコンピが出た頃に、さっき話した豊田くんの「Forever Love」のカヴァーを収録した『LOVE SCULPTURE』を出しているし、僕はウエケン(上田ケンジ)や金野(篤)たちと《Bumblebee Records》ってレーベルもやるようになっていた。しかも、そこにはもう一緒に作業をする仲間としての豊田くんもいたわけだからね。僕はもうすっかり「こいつは俺たちに持ってないものを持ってるな」って改めて思うようになっていた。豊田くんの歌って、そもそも俺たちがちょっと避けて通る言葉を全部使う。恥ずかしいことって意外に書けないでしょ。照れちゃう。それを彼は全部出すの。

S:わかる! コンピに入っていた「LOVE BREAK」って曲も、“君の下着に生まれ変わりたい”っていう歌詞とかが、すごいロウな感じで歌ってる曲で……。僕もちょうどその頃、宅録を始めていたんで、MTRで速度変えてみたらこういう声になってるんだろうなって思ってたんですけど、あとから聞いて、実は加工してなかったっていうのにすごい衝撃を受けました。単純に低い、ボソッとした感じの歌だったんですよね。そこから遡って『実験の夜、発見の朝』(98年)を聴いて、「あ、違う、全然違う!」ってなってたんですよね。

N:カーネーションも90年代後半はある程度のわかりやすさとか、ポップなものが求められる時代だったの。で、どうしても文学性に逃げていったり、比喩に逃げたりとかしてたんだけど、でも豊田くんは現実のことを全部歌詞にすると言ってた。そこも本当にすごいって思ったよ。

S:「なんでこんなこと歌っちゃうの? でもそれってロックだもんな」って感じですよ。豊田さんはソロ名義でもアルバムを結構出してますけど、最初の『sweet 26』(97年)なんか、弾き語りの一筆書きみたいな超シンプルなあのアルバムだけど、あれを最初に聴いた時に、やっぱすげえ変だなと思ったんです。でも、あの感覚を僕はいまだに言語化できないんですよ。

N:澤部くん、大好き過ぎて、豊田くんの付き人みたいなこと、一瞬やってたよね?

S:やってました。20歳くらいの時ですね。2007年に《ネイキッドロフト》でお手伝いして。でも、僕が付き人っぽいことをやったのはそんなに回数多くないんです。あと、久下(惠生)さんがリハに出られないからってことで、代わりにリハだけ僕がドラム叩いたこともありましたけど。あれは、『しあわせのイメージ』(07年)が出た時の《nest》でのライヴだったと思います。当時の自分としては、尊敬してるミュージシャンには会って直接話をしてみたいと思うタイプだったんでね。その頃、インターネットを通じて集まった、豊田さんをすごい好きな若者が4人いたんです。今でも映像作家やってる岩渕弘樹くん、昆虫キッズの高橋翔くん、あと、その後々その昆虫キッズのマネージャーやることになる熊谷(耕自)ってヤツ……今じゃ僕の義理の弟になったんですけど(笑)、そして僕。豊田さんファンのコミュニティーみたいなのができてたんですよね。で、僕はまだ学生だったんで目立ったんでしょうね……普通に制服着てライヴに行ってたりしてたんで。それで、なんとなく手伝ったりするようになって。あと、昆虫キッズのギターの冷牟田(敬)くんもその頃周辺にいました。豊田さんってなんか妙に若いお客さんがずっといるんですよ。 あと妙にかわいい女の子が絶対常にいる(笑)。

N:確かにね(笑)。

S:この間久しぶりに豊田さんと対バンした時に、やっぱり若いリスナーが何人もいて、「あぁ、なんなんだろう、この力は」って思いましたね。変なパワーを豊田さんは持ってるんですよ。で、それを一言で言うんだったら、やっぱり“色気”だと思います。 豊田さんが持つ色気に男女問わず吸い寄せられて。

N:頭の中めちゃくちゃにされたいって感じで。

S:そうそうそうそうそうそう。で、それで勝手に失望して帰っていく、みたいな。ロックは失望もセットですから。

N:この前、豊田くんに聞いたのよ。「お客さん、女の子ばっかりじゃないの?」って。「いや全然来ないんですよ」って言ってたけど。

澤部渡

──基本的に豊田道倫さんは多作家ですよね。常に作品を出している、現役感がある一方で、00年代中盤は評価も分かれやすかったかもしれないですね。

S:特に僕が聴き始めた頃は多作な時期だったから、作品が出るたびに一喜一憂して議論の的になってましたね。僕、『しあわせのイメージ』で一回変わったっていうイメージがあって。豊田さんのファンとしては「子供ができて変わっちゃったね」っていうの、あれ一番言いたくないんですけど、でもそう思わざるを得ない感じもあの時はしました。『しあわせのイメージ』も、すごくいい好きなアルバムなんだけど、なんか録音も相まって、どう捉えていいか結構わかんなくなった最初のアルバムでした。でも、昆虫キッズとアルバム作って、豊田さんまだまだやれんじゃんって思ったんですよね。あと、パラダイス・ガラージ名義で出した『愛と芸術とさよならの夜』(2018年)は、すごい印象的でしたね。豊田さん帰ってきたなって。ただ、僕のリアルタイムの最初のリリースは『東京の恋人』(05年)なんですけど、あれ以降、アルバム単位でどうこうっていう存在じゃもうなくなった感じがしますね。もちろん、『東京の恋人』自体は最高のアルバムなんです。1曲目が「新宿」っていう曲ですけど、ちょうど自分が新宿とかに遊びに行くようになった時期とも被るので、個人的にはそういう思いもパッケージングしてくれたみたいな気持ちがどこかでありました。

N:うん、あのタイトル曲はやっぱすごいね。

S:いやあ、すごいですよね!

N:サウンドのエディット感、切り口がもう最初からできてる人なんで、曲の持つ空間性を一瞬にして掴むんだなと。僕も澤部くんじゃないけど、イメージが変わった時期があってね。『mtv』(2013年)、確かコメントを書かせてもらったんだけど、あれを聴いて随分変わったなって思ったの。バンドっぽくなって。しかもマイ・ブラ(ディ・ヴァレンタイン)なんだ……って思って。

S:豊田さん、あの時すごい凝ってましたからね。

N:でも、最近の作品、またいいよね。去年(2024年)の『戦争と痴態』とかめっちゃいいじゃんって感じ。 MVもすごくいい。しかも、デザイン性もすごくいい。おそらく小西(康陽)くんの影響もすごくあるような気がしていて。それを自分なりに咀嚼してやってる人だと思う。ロゴとか書体もそうだし、写真の切り取りとかも本当にうまい。

S:写真も昔からすごくこだわってますよね。フォトグラファーも佐内正史さんとか徐美姫さんを起用してきていて。そういうのは昔からブレてないんだけど、音楽としての作品も最近はまたすごく良くなっている。

──つまり、お二人にとっても豊田さんに対して、すごくいいタイミングで今回のトリビュート・アルバムに参加することができたというわけですね。

S:そうなんです。でも、豊田さんをトリビュートするっていうのは本当にめちゃくちゃ難しいんですよ!

N:しかも、今回トリビュートへの参加のお話をもらった時、全く制限なかった。どの曲をやるかって、澤部くんは割とすぐ決まった?

S:僕はもうとにかく「雨のラブホテル」をやらせてほしいって一択だったんです。僕の中では、あの曲をやるのが長年の密かな夢だったんで。弦楽四重奏でこの曲をやる! って昔から考えてたんですよ。だから、今回はまず自分でストリング・アレンジを書いて、それを徳澤青弦さんに預けてブラッシュアップしてもらって……って流れだったんです。しかも自分のニュー・アルバム(『スペシャル』)を作りながらだったので大変でした。

N:どれがいいかなって曲は迷ったんだけど、『東京の恋人』に入っている「River」でいこうって決めたら、普通にダビングして、ひらめいたまんまにやっただけ。

S:いやあ、めっちゃクールでかっこよかったです! 豊田さんの曲じゃないみたいと思いながら聴いて。あのメロウさはやっぱり直枝さんですよね。豊田さんの曲にもこのメロウさがあったんだっていう衝撃があります。

N:澤部くんの「雨のラブホテル」を聴いて思ったのは、あれは澤部くんが普段使えない言葉をまず歌いたかったんだろうなあってことでね。“乳首をかみしめたい”ってあの箇所をちゃんと歌うってことへの思いみたいなのが……。

S:はははははははは! でもそれってやっぱポップスの醍醐味じゃないですか。 どんなに自分が思ってなくても、歌えちゃう、みたいな。だから思い切ってあんな感じで歌ってみたんです。僕は自分の作品でセックスを歌えないっていうコンプレックスが常にあるんですよ。書こうと思っても結局セックスの歌にならないんですよね。多分そもそもそんなに興味がないのか、それを歌うってことに対して興味が持てないのかわかんないんですけど。たぶんそれって、ちょっと豊田さんの歌が強力すぎた結果ってことかもしれないって思ったりしますね。どうしたって豊田さんの歌うセックスは超えられないっていうか。

N:豊田くん、この前カーネーションの大阪のライヴを観に来てくれたんだけど、澤部くんが歌った「雨のラブホテル」のこの話をしたら、嬉しそうに笑ってたよ。

S:ほんとですか? よかった~! 感想、怖くて聞けてないんですよ。

N:俺は弾き語りで「River」をやってるじゃない? で、豊田くんに感想聞いたよ。そしたら「上手すぎます」って(笑)。確かに、豊田くんのオリジナルの方が全然いいんだよ。すごい空気が澄んでて、川沿いの匂いがやっぱするんだよね。そういうの取り込むんだよね、豊田くん。情景のデッサン力がすごいんだよ。

S:しかも、あの音でそれをやれるんですよ。歌詞でもやってんのに。

N:それぐらい歌詞がシンプルだから……隙がある隙間があるから、伝わってくるんだろうね。あのリアルさはちょっとかなわない。

S:いや、かなわないですね、本当に。今回、曽我部(恵一)さんの「Forever Love」もすごいなあって思いましたよ。

N:曽我部くん、オリジナル曲でも豊田くんっぽいなって思う時あるよね。

S:ありますね(笑)。でも、曽我部さんは豊田さんからの影響を受けていて、それをストレートに出している。それをちゃんと自分のものにして表現できる、数少ないミュージシャンですよね。豊田さんの影響を受けたら、たいてい真似になっちゃうけど、曽我部さんはさすがにそうじゃない。豊田さんをただ神格化するといいことないんだなって気づいたのが僕の20代最初のつまづきだったんですけど(笑)、でも、それに気づいたミュージシャンたちはいて、ちゃんと育っていってるって感じですね。大森(靖子)さんとかもそうですけど。

N:そうそう、大森さんといえば、僕、彼女の『絶対少女』(2013年)をプロデュースしたじゃない? その時に「レコーディングでドラムは誰にする?」って相談したら、「久下(惠生)さん」って言うの。ああ、やっぱり、豊田くんの影響強いんだなって。で、僕もPungo(向島ゆり子を中心として80年代初頭に短期間活動していたユニット。久下、篠田昌巳、今井次郎、佐藤幸雄、鈴木惣一朗らがメンバーとして参加していた)が好きだったから、それだったらフリー(インプロヴィゼーション)ができるミュージシャンをってことで、梅津和時さんはもちろんだけど、レピッシュのtatsuとかに声をかけて参加してもらったんです。

S:00年代半ばくらいに、豊田さん、久下さんとのデュオで信じられないくらい素晴らしいライヴをたくさんやっていましたよね。僕もその頃多く二人のライヴを観てきましたけど、いまだに思い出すと鳥肌立ちますよ。「人間・豊田道倫なんだ」って思うようにしましたね(笑)。

N:久下さんとのつながりも、もともとは《Bumblebee Records》から久下さんのソロを出していたのがそもそものきっかけじゃないかな。

S:豊田さんの影響をちゃんと受けて巣立っていくミュージシャンは、いったん豊田さんを尊敬しながらも、軽蔑して離れていく……みたいなところがあると思うんですよね(笑)。もちろん、それが自分にできているかはわからないですけど。

N:(大爆笑)わかるわかる。でも、豊田くんの音楽ってそういうところあるよね。離れたとしても、本当に心震わすような瞬間に立ち会えればまた必ず戻るような。そして、その可能性はいつもあるっていうか。

S:直枝さんは、レーベルも一緒にやっていたけど、一定の距離を保っていたのかな? っていう感じもするんです。そのあたり、実際はどうなんですか?

N:そうかもね。特に「Forever Love」をカヴァーして歌ってからは、そういうところはあるかもしれない。これ、鈴木博文さんに対してもそういうところが僕はあるんだけど、親しくしていても敢えてある程度の距離を置く時期とかは絶対にある。豊田くんに対してもそうかもしれない。

S:なんかわかるっていうか。僕も豊田さんがやってることと距離を取るっていう方法を取ってるんです。男女の機微とまでは言いませんけど、そういうリアルなものはなるべく歌わないとか、フォーク・シンガー的ではないところで活動する、みたいなのは割と決めていたりします。スカートのファースト・アルバム(『エス・オー・エス』2010年)ができた時、金剛地さんに聴いてもらったら、「俺とパラガの子ができた」って言ってくれたんですけど(笑)、一定の反面教師という感覚でレコードを作ってどうやって生きていくかってことをやっぱ最初に考えましたね。

──影響を受けたからこそ、の決意。

S:そうです。実際、本当に豊田さんには影響を受けましたし、カーネーションをちゃんと聴くきっかけの一つはやっぱり豊田さんでしたから。『ROCK’N’ROLL 1500』が出た頃の豊田さんが好きな作品としてカーネーションの『天国と地獄』とピチカート・ファイヴの『フリーダムのピチカート・ファイヴ』が書いてあって。それで《ジャニス》で借りて聴いたんですよ。カーネーションのことは犬上すくねさんという漫画家さんの作品が高校の時すごい好きだったんですけど、すくねさんがカーネーションがお好きってこともあって、ずっとどれから聴こう? って思っていたところだったんです。じゃあ『天国と地獄』からだ、みたいな風になったんですよ。

──かえすがえすも豊田さんは人と人をつなぐ人なんですね。

S:そうだと思います。僕が夢中になって聴いてた頃は、豊田さんは毎日日記を書いてたんですよ。サイト上で。それにもすごい影響を受けましたね。文章うまいでしょ。何を何を観たとか、何を聴いたとか。

N:俺も豊田くんの影響で知ったり聴いたりしたアーティストいるよ。フレーミング・リップスがそう。売れる前のサイケデリックな作品。自分と感覚が近いようで、俺の持ってないもの、聴いてないものちゃんと聴いてるんだなって。そういうのも送ってくれた手紙に書いてあったんだよね。

──真面目だし優しいですよね。しかも、ミュージシャンとしてのオーラもある。

S:そう。僕にとって豊田さんっていうのは本当にポップスターなんです、永遠の。ギター本で歌っていようが、フォーク的な表現にならないっていうのが僕の好きな豊田さんの魅力なんです。そういう意味でもやっぱりポップスターなんですよね。しかも、好調も不調も全部見せてくれる。そんな人ってなかなかいないんですよ。 本当に得難いアーティストだなって思います。

N:多作だから波もあるけど、そこが面白いよね。

S:どう見られたいかとかっていうのを気にして、それじゃあんまり良くないなとか思ってると、どうしても寡作になったりとかしちゃう。そうなると守りに入っちゃったりしますけど、やっぱ豊田さんにはそういうところが一切ないんです。そこもすごいところで、やっぱり芸術家だなって思いますね。

N:蛇口がずっと開きっぱなしなんだよね。

S:そうそうそうそう。で、そこから何が出ていようが関係ない。だから、僕も「こういう豊田さんを聴きたい」みたいなのとか「今後はこういうことをやってほしい」みたいなのはないんです。もちろん自分の好きな豊田さんっていうのはあるんだけど、それを求めるのは違うんですよね。

N:今度出る新作も聴いたんだけど、『sexy』ってタイトルのアルバムね。腹抱えて笑うところがあるし、息子さんの歌もあるし。でも相変わらずすごくいいのね。それに、今の彼のバンドが面白いから、ライヴではスタジオ・ヴァージョンと違うテイストも出してる。頭を使う部分と、そうじゃない部分、それが整ってないない良さがあるっていう感じ。それをちゃんと空間で見せてくれるバンドが今の彼にいるっていうのは彼にとってすごくいいことだなと思う。一方で、やっぱり昔の『ROCK’NROLL 1500』のドラッギーなコラージュとか、ああいう根っから持ってるカッコよさっていうか、凝ったサウンド作りみたいなものを徹底してやってみたらどうかなっていうのも今後に期待したいところではあるんだよね。彼はフォークっぽいものは割とスッとできちゃうと思うの。でも、もっとガラクタみたいな、何かわかんないけど、音になるものをどんどん使って遊んでいったり、またいろんな人を巻き込みながらやったりすると、すごいものができるんじゃないのなんて思ったりもするよね。


<了>


Text By Shino Okamura

Photo By Kikuko Usuyama


VA

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