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アイスランド・トラベログ 〜極北の秘宝の音楽・環境・人種・女性<Part.1>

01 June 2020 | By Nami Igusa

この記事は、TURN編集部・井草七海が2020年1月下旬にアイスランドを訪れた際のトラベログだ。「音楽メディアで旅行記?」と思う方も多いかと思うが、その懐の深さ、広さもまたTURNの魅力。社会、人種、性別、気候変動…すべてが密接に絡み合い、作品として産み落とされるのもまた、現代の音楽の少なからぬ側面だということを否定する人はいないだろう。

地政学的には北欧に位置付けられながらも、いわゆるスカンジナビア3国やデンマークとは歴史を異にする、どことも似つかないユニークな極北の国「アイスランド」。そこには、ありのままの地球のすがたを守り共存し、謙虚に大らかに暮らす、格差や性差の少ない、均質で成熟した社会があった(もちろん、その事実には裏表があることも)。そして、そこで育まれる荒削りながらも表現への渇望が溢れる豊かな音楽の土壌。映画『JOKER』の劇伴を担当したアーティスト、ヒドゥル・グドナドッティルもアイスランド出身だ。

もちろん、この年始の頃から世の中はすっかり変わってしまって、もはや旅行どころの騒ぎではないし、そのことに改めて驚きも隠せない。今回の記事では、わずかな人口ながら決して無視できない存在感を放つ隠れた音楽大国であるアイスランドという一国にフォーカスを当て、現地で体験した肌感覚を通じて「環境、人種、女性」というキーワードを、井草が考えてみた…という内容なのだが、まあつまるところは、純粋に、まずは疑似旅行気分でゆるりと味わってみてほしい。それが、少しでも日々を暮らすみなさんの刺激になれば幸いだ。

まずは、連載第1回目。アイスランドの概要と、首都レイキャビクの様子をレポート。現地で撮り下ろした写真とともにお届けします。

※本記事は、Spotifyで楽しめるプレイリストプログラム《TURN on The Mixlist》#1「極北の音楽大国、アイスランドを往く」を補完する内容になっています。ぜひ、こちらのトークと楽曲のプレイリストも聞いてみてくださいね。

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TURN on The Mixlist #1 極北の音楽大国、アイスランドを往く

(Photo by Nami Igusa)


北北西に進路を

旅が苦手だった。誤解がないように言っておくが、旅が嫌いなのではない。なにぶん旅行となると手をつけなくてはいけないことが多すぎるので、単に億劫なのだ。土地勘のない場所のリサーチから宿泊先のブッキング、荷物のパッキング…等々。それらに手をつけ始めて日常生活が回らなくなるストレスを思い、「面倒だからやっぱり行かなくていいや…」という結論に落ち着くのがいつものパターン。いや、こんなことを臆面もなく言えていたのもまた、「コロナ以前」の特権だったのだろうが。

そんな私が今年1月下旬、これからもこの先もあまりないであろう1週間の休みをにわかに得、一念発起、短い旅に出ることにした。行き先は、アイスランド。日本からの行き先としては、比較的マイナーだと思う。アイスランドを選んだ理由はいくつかあるが、兎にも角にも、メディアや地学の勉強なんかで見聞きしていた、「地球の割れ目」とも呼ばれる途方もない自然のスケール感を一生に一度は体験したいと思っていたのは大きい。思えば、奇遇なタイミングだった。これ以上遅ければ、ヨーロッパ渡航どころではなかっただろう。

アイスランドは意外にも、音楽の国である。もちろん、ビョークやシガー・ロスといった名前は誰でもすぐ頭に浮かぶだろうが、よくよく考えれば、ムーム、アウスゲイル、オブ・モンスターズ・アンド・メン、ヨハン・ヨハンソン…といったアーティストたちも、アイスランド出身。そのごく少ない人口に対して、ここ日本でも名の知られたアーティストが、わりあい多く感じられはしないだろうか? 今回の旅行は取材旅行ではなく完全に私個人の余暇旅行であるので、実際にはさほど音楽にフォーカスした旅程ではなかったものの、とはいえこの隠れた音楽大国の空気に触れてみたいという裏テーマも一応は設けつつ、現地へ飛んだ。

ここで、アイスランドの基本情報に軽く触れておこう。アイスランドは、人口36.4万人(日本で言えば和歌山市程度)、面積は北海道程度の、小さな島国だ。現地のガイドによると、「知り合いの知り合いくらいまで辿れば国中のだいたいの人を網羅できる」くらいのこぢんまりとした共同体が築かれている模様。また、その国土の多くは氷河と火山に覆われている、まさに「火と氷の国」だ。人口のほとんどは沿岸部に住んでおり、さらにそのほとんどが首都レイキャビクに集中している。今回の旅の拠点もこのレイキャビクだ。

いかにも氷に閉ざされたような国名ではあるが、実は一般的な想像より冬場の気温は低くない。私が旅行した1月下旬の気温は、同緯度の北欧諸国が-10℃くらいまで下がるのに対して、アイスランドは最低・最高気温ともに0℃前後で、だいたい札幌の同時期の気温と同じ程度。近くを暖流が流れていることが原因のようだ。そんなわけで、レイキャビクの街ブラも今回のお目当てのひとつだった。


笑うしかない、コントロール不能な自然

今考えれば奇跡的なタイミングであったBon Iverの来日公演を観た翌朝、すぐさま羽田空港を飛び立ち(強行スケジュール…)、ロンドンでの乗り継ぎ時間5時間強を挟んで、およそ23時間かけてアイスランドに到着したのが、現地の翌0時ごろ(時差-9時間にして翌日着なので、いかに時間がかかったかがわかると思う)。元来、地形的に風が強いアイスランドだが、到着時は猛吹雪。辺りの様子を見る余裕もなく、何が何だかわからないままもみくちゃの状態でその日は終了。

首都とはいえ、レイキャビクはかなり小さな街だ。端から端までが、ほぼ徒歩圏内。バスを使えば全て1日で回りきれるほどだそう。その街中でひときわ目を引くのが、高い時計塔が街のランドマークにもなっている、ハットルグリムス教会だ。実は到着時に空港連絡バスで降ろされたのもここだったのだが、あまりの吹雪と辺りの暗さに、全くもってそれを確認するどころではなかった。改めてじっくり見ると、北欧らしく洗練されたデザインの建物ではあるものの、縦のラインをとりわけ強調した佇まいの猛々しさは、他の北欧諸国にはあまり見られないように感じた。シンプルで小綺麗ながら、「剛」を感じさせるはっきりした骨格の建造物。溶岩と雪山に形づくられたアイスランドの自然の無骨さを感じさせるその存在感に圧倒された。

8F相当の時計塔からは、レイキャビクのダウンタウンが一望できる。おもちゃ箱をひっくり返したようなカラフルな家々、高い建物はほとんどなく、すぐ向こうには海。このコンパクトな街が、一国の首都の市街地なのだ。その日のあまりの風の強さに吹っ飛ばされそうになりながらも、とにかくかわいらしい街並みを必死でカメラに収める。

その風の影響で、文字通り10分おきに吹雪と晴天を繰り返す恐ろしく気まぐれなこの日の空模様。晴れ間が出た隙に外に出ようと思った途端に、顔に当たって痛くて歩けないほどのあられ混じりの暴風に晒されて、屋内に再退避…などという嘘のような天候に出くわしたのも、人生初だ。そんな天気の繰り返しに延々付き合わされてあたふたとする自分が妙に滑稽にさえ思えて、なんだか笑えてきてしまった。これはどうしようもないと腹をくくったら、その日は、もうそこからあっけらかんと笑うばかり。

謙虚さ、そして同時に、肝の据わった大局観のようなものを、この国の人たちからは確かに共通して感じ取っていたところではあったが、思えばそれは、人間には全くコントロール不能なこうした自然の中では、なすすべなく慎ましくあるしかない、その時その場で対応するしかない、というような、特殊な風土ゆえのある種ポジティブな諦観からくるものだったのかもしれない。


それは地球の果てで待っていた、宝石のような

さて、街の南東部に位置するハットルグリムス教会からダウンタウンに抜けようと歩き始めると、早くもいきなりアイスランド音楽シーンの聖地が現れた。レイキャビクで最も有名なレコードショップ=12 Tónarだ。日本の音楽系メディアでも、アイスランドといえばここが真っ先に紹介されるので聞き覚えのある人もいるかもしれない。ここでの取材は、Part.2以降の回で追い追い紹介するとして、足早にもう1つの街のランドマークへ歩を進める。

歩くこと約10分、街の北の沿岸に建つ奇妙な風貌の建物「ハルパ」に到着(レイキャビクは本当に小さい)。一見ここがなんなのか、すぐには見当がつきづらいと思う。正式名称は「ハルパ・レイキャビク・コンサートホール&カンファレンスセンター」。そう、ここはコンサートホールなのだ。

ちなみに、このハルパは街の北側の海岸線に建っているのだが、ここもまだれっきとした市街地、なんなら一番の大通りである。…が、そのつもりで何の気なしに歩いてきたところ、すぐ目の前の海に、雪をかぶった荒削りの壮大な島が突如として出現。突然のことに呆気にとられる。確実に現実なのだが、どうにも非現実感が強すぎる遠近感につい、「すごい…」以外の語彙を失う。そうだ、ここは地球の北の果ての国だったんだ…

話をハルパに戻そう。2011年に完成した建物内には大小いくつかのホールやカンファレンスルームが入っている。ホール手前のロビー部分には複数のレストランや、土産物店もあるため、コンサートの客でなくても自由に出入りすることができる。この建物の魅力的なデザインの全貌をぜひとも見てみたいという衝動に駆られたのも、実は私がこの国を旅行先に決めた理由の一つだった。実際対峙してみると、六角形のガラスをペタペタと貼り付けたような幾何学的なファサードは、モダンでありながら、宝石のようにも、巨大な黒曜石のようにも見える。シャープさとともに、プリミティブな優美ささえも匂い立つような、不思議なデザイン。この時期の現地のとても短い(1日の日照時間は6時間ほど)貴重な日の光をここぞとばかりに乱反射させキラキラと輝く表情を、いろいろな角度から捉えるのもまた面白かった。

内側はどうなっているのだろう、と気になって建物内から確認してみると、六角形だと思っていた構造は、蜂の巣のようなと言えばいいだろうか、十面体(だろうか?)の立体が組み合わさってできていて、壁の外と内の間に空間のある、厚みのある構造だということがわかった。このファサード部分のデザインは、アイスランド系デンマーク人のアーティスト=オラファー・エリアソンによるもの。自然現象や光、幾何学を再構築する作風と、アートを介したサステナブルな世界の実現への活動が評価されているアーティストだが、このハルパのデザインはアイスランドの沿岸部で見られる柱状節理の岩肌をモチーフにしたものだそうだ。ちなみに、このオラファー・エリアソンについては、日本では10年ぶりとなる個展が6月から東京都美術館で開催されるとのこと。コロナ流行第二波の状況も気になるところなのだが、できるならば足を運びたいものだ。

そういえば、ハルパの入り口付近の土産物屋では、アウスゲイルがかかっていたのだった。私が現地を訪れたのが、彼のニューアルバムのリリースと偶然重なっていて、なおかつちょうど数日後に市内でのライブも予定されていたこともあって、街中でポスターをいくつも見かけたりした。国民の10人に1人がアルバムを持っている、というアウスゲイルは、ただ国際的に知名度があるから国を代表するアーティストとして認識されている、というだけでなく、現地の人々の心にとってもちゃんと響き寄り添う音楽性のアーティストなのだろう。そもそも10人に1人って、日本で言ったらミスチルクラスじゃないか。逆に、ビョークなんかは一度も耳にしなかったのだが、彼女はどちらかと言えば、現地の人の聴くポピュラー音楽としては相当異質なのではと思う。

(市内の老舗カフェ。カウンター下右から三番目にアウスゲイルのポスターを発見)



驚くほどスマートで穏やかで親切な人々の国で思うこと

この日、ふと周りを見渡して気づいたことがある。旅行客が、白人ばかりなのだ。ハットルグリムス教会や、アイスランドいち有名な屋外温泉「ブルーラグーン」など、著名な観光地ではアジア系もちらほら見かけたが、街中ではあまり見かけない(とはいえ、春節を過ぎたあたりからかなり増え始めたが)。アジアからは相当遠いのでその点はある程度頷けたものの、黒人や他のカラードの人々も少ない。これは推測に過ぎないが、ここアイスランドは、観光地としては、比較的裕福な白人層に好まれる目的地なのではないだろうか。実際、アイスランドは物価が高い。ものすごく高い。体感でいうと、日本の2倍程度。ヨーロッパのハブ空港からは日本ーグアム間のような距離感で、渡航費もわりあいリーズナブルなのだろうが、現地での出費は想定以上に高くつく。アイスランド旅行は、気温だけでなく、懐も寒い。もちろん、エンターテイメントを体験するというよりは、自然を鑑賞するのが主な目的になってくることも、裕福な中高年の旅行客が好みやすいという点で、旅行客層の偏りにある程度関係しているように思う。

現地に住んでいると思われる人々も、多くの北欧諸国のイメージ通りほとんどが白人。現地で働いていた人の中では、カナダやイギリスから移住してきたという人もいたのだが、アジア人はやっと1人見かけただけだ。「クリーン・公平・平等」を地で行く共同体という印象を受けたアイスランドだが、その背景には住まう人種の流動性の低さも関係していそうだ。いや、実際のところはわからない。これもあくまで肌感覚の話だ。ただ、コロナ流行の折も、いち早く全ての国民の検査を迅速に実施したことが注目されるなどまさに成熟した国家の鏡のような国である事実のバックボーンには、この社会の均質性の高さがあるのかもしれない。もちろんそれは、裏返せば、多様性が薄いという意味もはらむ。

現地のアイスランド人は、誰も彼も、驚くほどスマートで穏やかで親切で、この人柄の良さも私を大いに感激させたのだけど、実際住むとなったら、話は別だろう。人種も言葉も異なる日本人なんかは特に、この国の社会システムに溶け込めるのか極めて怪しいところだ。それもまた、この国への憧れと羨望を増幅させるのだが。

余談だが、泊まっていた宿泊先の食堂で、白人の子どもがまるで初めてアジア人を見たかのような物珍しそうな顔でこちらを見ていた。日本にやってきた外国人に驚く日本人は、きっとこの子どもと同じ顔をしているんだろう…などと思いつつ、よく思い返せば、日本人観光客の多い国にしか行ったことがなかった私にとって、自分が現地で完全にマイノリティになるのは初めてだったことに気付かされた。最終日になって、ついにその宿泊先で初めてアジア系の宿泊客を目撃し、なんだかほっとしたのを覚えている。同じ文化を共有する人間が周りにいないことがこんなにも心細いものか、と感じるとともに、マイノリティが自分たちのルーツをアイデンティティとして大切にしたくなる気持ちを図らずも疑似体験することになったのだ。

…いや、そんなことは頭ではとうにわかっていた。口では綺麗事を言ってみたりもする。でも、正直なところ、やっぱりどこか他人事だったのだ。図らずもそのピントが急に合い、解像度までも唐突に上がったことは、今回の旅の貴重な副産物だったように思う。(井草七海)

<Part.2へ続く>


ポッドキャストと音楽を組み合わせたプレイリスト・プログラム
《TURN on The Mixlist》がスタート!!

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Text By Nami Igusa

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