映画『テレビの中に入りたい』
幻想的に描き出されるセクシュアリティの目覚め
思春期に出会った音楽や映画から大きな影響を受ける、というのは誰にでもあること。時として、その作品が呪いのように人生に取り憑いて離れないことがある。映画『テレビの中に入りたい』の主人公、オーウェンとマディにとって、それがテレビ番組「ピンク・オペーク」だった。1996年のアメリカ。友達がいない孤独な少年、オーウェンは、偶然知り合った年上の少女、マディを通じて毎週土曜日の夜に放映されている「ピンク・オペーク」のことを知り、次第にハマっていく。母親が癌に冒されて闘病するようになると、重苦しい家の中で「ピンク・オペーク」だけが現実逃避できる場所になった。そんなある日、マディは「私は女の子が好き」とオーウェンに告げて失踪。その直後、「ピンク・オペーク」が最終回を迎えて終了してしまう。そして8年後、映画館で働いているオーウェンの前に突然マディが現れて、「私はずっと『ピンク・オペーク』の中にいた」と謎めいた告白をする。

郊外の静かな街を舞台にして、次第に交差していく現実と「ピンク・オペーク」の世界。監督のジェーン・シェーンブルンは思春期の若者が抱える疎外感を描き、そこにはジェンダー・アイデンティティの問題が見え隠れしている。「ピンク・オペーク」は2人の少女、イザベルとタラが月に住む〈ミスター・メランコリー〉の送り出すモンスターと戦う物語。番組を見ているうちに、オーウェンは自分と同じ黒い肌のイザベルに、マディはタラに感情移入するようになる。マディがオーウェンにドレスを着せたり、一緒に街を出ようと誘うのは、オーウェンに自分と同じセクシュアリティを感じとったからだろう。マディがオーウェンの首筋にタラと同じ印を描くシーンは秘密の儀式のようだ。退屈な日常や生きづらい社会がもたらすメランコリー(憂鬱)と闘い、若者が自分の本当の姿を見つけようとする2人の姿には、トランスジェンダーであるシェーンブルンの体験が反映されているのではないだろうか。そして、映画で重要な役割を果たしているのが音楽だ。
「10代の頃、自分にとっての『ピンク・オペーク』は音楽だった」と語るシェーンブルンは、音楽を使って10代の空気感を映画に再現しようとしている。サントラのスコアを担当したのはシンガー・ソングライターのアレックス・G。シェーンブルンは90年代の雰囲気をスコアに反映してもらおうと、スマッシング・パンプキンズ『Mellon Collie and the Infinite Sadness』(1995年)の曲を音楽編集のソフトウェアを使って解体/再構築した音源をアレックス・Gに送った。アレックス・Gのスコアは映画に溶け込み、マディが自分と「ピンク・オペーク」の関係を長ゼリフで語るシーンでは、ひとつの曲のように彼女の声と音楽が一体化している。

さらにシェーンブルンは〈もし、「ピンク・オペーク」が90年代に実在したら、どんな音楽が使われただろう?〉という発想のもと、コンピレーション形式のサントラを制作。みずからアーティストを選び(その多くがクィアだった)、彼らに自分が編集したミックステープを参考資料として送ることで映画の雰囲気に沿ったサントラが生まれた。
劇中で度々流れて、オーウェンのテーマ曲のようになっているのがユールによるブロークン・ソーシャル・シーンのカヴァー「Anthems For A Seventeen Year-Old Girl」。謎めいたライヴハウスで演奏しているのは、フィービー・ブリジャーズをフィーチャーしたスロッピー・ジェーン「Claw Machine」やキング・ウーマン「Psychic Wound」だ。登校するオーウェンの後ろ姿を延々とカメラで追いかけて、学校で孤立している姿を描くシーンで流れるキャロライン・ポラチェック「Starburned and Unkissed」。マディと街を出ることを諦めたオーウェンが日常生活に戻っていくシーンで流れるフローリスト「Riding Around In The Dark」は、しっかりと曲を聴かせる。そのほか、「ピンク・オペーク」はコクトー・ツインズが1986年に発表したコンピレーションのタイトルだったり、スネイル・メイルのリンジー・ジョーダンがタラを演じて、サントラにスマパンのカヴァー「Tonight, Tonight」を提供したり(劇中には使用されずサントラのアナログのみに収録)、リンプ・ビズキットのフレッド・ダーストが役者として出演したりと音楽ネタには事欠かない。

物語を包み込む90年代(思春期)に対するノスタルジー。「ここは自分の居場所ではない」という違和感。そういったセンシティヴな感覚が不思議な映像空間を生み出し、孤独という繭の中から孵化しようとする2人の姿を幻想的に描き出している。テレビ・ドラマのイメージの再利用や蛍光色を使ったヴィジュアルは、『ノーウェア』(1997年)などグレッグ・アラキの作品のようだし、『ドニー・ダーコ』(2001年)のゴス的な不気味さも漂っている。そして、アウトサイダーの2人の出会いと別れを描くところは『ゴースト・ワールド』(2001年)に通じるものを感じた。そういったアメリカのインディーズ青春映画の系譜のなかで、『テレビの中に入りたい』は新たなクラシックスになりそうだ。(村尾泰郎)
Text By Yasuo Murao
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Various Artists『I Saw the TV Glow (Original Soundtrack)』
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『テレビの中に入りたい』
9月26日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中
監督・脚本 : ジェーン・シェーンブルン(『We’re All Going to the World’s Fair(原題)』)
キャスト : ジャスティス・スミス(『名探偵ピカチュウ』)、ジャック・ヘヴン(『ダウンサイズ』)、ヘレナ・ハワード、リンジー・ジョーダン(スネイル・メイル)
共同製作 : Fruit Tree(エマ・ストーン制作会社、『リアル・ペイン〜心の旅〜』)
尺 : 100 分 レーティング : PG12
公式サイト : a24jp.com Xアカウント : @A24HPS
配給 : ハピネットファントム・スタジオ
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