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Grimm Grimmに訊く、誰もいない未来に残るもの──ロンドン在住コウイチ・ヤマノハが新作『Eternalise』を語る

13 March 2026 | By Shoya Takahashi

1.
ぼくはどうにも、普段からものごとを記号的に捉えてしまう癖がある。頭で記号を組み合わせ、説明しようとする。リアルの人間関係の揺らめきも、音楽に興奮するときの心の動き(rateyourmusic.comがその記号化を手伝っている)も。けれどそれとは関係なしに、外界からは他人のため息や期待、産業車両のバック音や、煌々とひかる駐車場の電灯が、つねにぼくの注意をひきつづける。わかりました、わかりましたよ。もう疲れました。世の中には、多動症とかドーパミン中毒とか、この気分をうまく看破してくれる用語があるらしい。でもそれらはきっと、ぼくの心配を「解決すべき課題」としてTo Doリストに追加してくれるだけだ。けっして治ることのない人間関係のむずかしさや社会不安は、これからもつづいていく。どんなに不安をあおるホラー映画も130分間で身体を解放してくれるのに、この人生はおわってくれない。

2.
グリム・グリム(Grimm Grimm)は、東京出身・ロンドン在住のコウイチ・ヤマノハによるプロジェクトだ。初期のインディー・フォーク然とした生楽器と意欲的な音処理から、徐々に変化をつづけてきた。昨年にはゲーム『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』に音楽を提供している。新作『Eternalise』にはLori Goldstonや石橋英子、山本達久、Josephine Foster、Paz Maddioらが参加。ヤマノハが得意とするどこか懐かしさをおぼえるメロディーに、シンセサイザーやチェロの響きが加わる。センチメンタルなシンセウェイブ「Lets Not Say Another Word」、スーサイドを思わせるシンセパンク「Zoning」、深海のように冷たいアンビエント「Hyperlocal Miracles」と、サウンド的にも幅広い。アルバムの半分ほどがボーカルレスで、アンビエント色の強い楽曲が占められているのも印象的だ。

だがしかし、ヤマノハがこのインタビューで話しているとおり、ジャンルや住んでいる場所といった記号はさほど重要ではない。記号がざわめきだすきっかけを与えるのは、いつも言葉である。ヤマノハは、友人との会話が重要だったと言う。会話というのは、結論に向かうための手段ではない。相手を“理解した”と言い切るための装置でもない。むしろ、理解しきれなさを抱えたまま、それでも同じ部屋にいるための方法だ。ラベルを貼って回収するより先に、声の距離や、残響の形や、音量を絞ったときに生まれる親密さがある。だからこの音楽は、刺激を引いてニュートラルへ戻す、ドーパミン中毒のための解毒剤と言ってもいい。グリム・グリムは、最小限の説明と最低限の刺激で、すべて(のようなもの)を語ろうとする。きわめてシンプルな物語が、何か真理や普遍的なもの(そんなものはありはしないのだが、おそらくそれに近いもの)に、じわじわとかたちを与えていく。きわめて優しい声と言葉が、それでも相手に届けてしまう何かを残している。

アルバムのリリースに先駆けておこなったこのインタビューでは、過去に語られてきたことや新作の音楽的な解釈を繋ぎあわせながら、ヤマノハの思考、インプットとアウトプットの過程などについてを聞いた。音楽の話でもあるし、私たち一人ひとりという記号をざわめき立たせるための会話でもあった気がする。だがそれも、このプロジェクトの音楽を知るうえでは意味のあることだと思う。
(インタビュー・文/髙橋翔哉 協力/高久大輝 写真/Takaaki Sano)


Interview with Koichi Yamanoha (Grimm Grimm)

──ヤマノハさんはもう20年以上イギリスにお住まいなんですね。2020年のインタビューでは、「拠点をどこに置くかというより、フレキシブルに移動する感じがいいな」と話していましたが、現在はロンドンに住んでいるのが自身にとっていちばんしっくりきているということでしょうか。

Yamanoha(以下、Y):そうですね、ライブがイギリスとヨーロッパでやることが多くて、それがロンドンにいる大きな理由になってます。作業しやすいっていうのもありますね。

──作曲のインスピレーションに建造物や訪れた場所をよく挙げていますが、刺激を受けつづけられる土地といった感覚はありますか?

Y:結構ツアーとかではひとりで電車やバスで回ることが多くて、そういうときにインスピレーションを得ることがあったんですけど、最近はまた違っていて。どちらかというともっと人間的な、友人との会話とかが重要になっている感じがあります。

──新作『Eternalise』で、参加ミュージシャンとしてカフカ鼾の石橋英子さんや山本達久さんの名前が目をひきますが、彼女たちの参加の経緯を教えてほしいです。

Y:パンデミックの直前に、ケイト・ル・ボンのサポート・ツアーでヨーロッパを回っていたんですけど、そのときのベルギーの《Sonic City Festival》でケータリングのところにいたら、たまたま山本達久くんが座っていて。日本語が聞こえてきたので話しかけたら、共通の知り合いもいたからけっこう話が弾んで、その横にいた英子さんとも話が合って。それが最初ですね。そこから流れで「いっしょにやろう」ということになりました。

──石橋さん、山本さんは音楽的にはエクスペリメンタルで、とくに石橋さんはかつてはハードコアな音楽もやっていたと思うのですが、そんな彼女たちと音楽的なところでシンパシーを抱いたり、刺激をもらったりということはありましたか。

Y:そうですね。そのときの《Sonic City Festival》で観たライブもそうだったんですけど、すごく自分をチャレンジしている感じがあって。かれらの音楽的なジャンルや音の質の輪郭も好きなんですけど、チャレンジしてるところがいちばんで、そういう音楽が昔から好きなんです。

──新作タイトルの『Eternalise』、日本語で「永遠のものにする」という意味ですが、このタイトルの理由や、アルバムのコンセプトにつながるものがあれば教えてほしいです。

Y:タイトルについては、ドゥーム・バンドのアースにもいたLori Goldstonというシアトルのチェリストと共演したことがあって、ロンドンの楽屋で話をしたんです(Loriは『Eternalise』にも参加)。ジャズ・ミュージシャンのドン・チェリーが言っていた「この瞬間に永遠がある」という話、過去・現在・未来の3つが凝縮されていて、そこに不朽のものがあるという話をして。そのときに書いた「Eternalise」という曲があるんです。ドローンの曲なんですけど、それがアルバム全体の感じとか、住んでいるヨーロッパのいまの雰囲気にも合っている感じがして、アルバムのタイトルにしました。

──「Eternalise」はすごくヘビーなドローンの曲ですよね、その曲以外にもアルバムには、長い時間が同時にあるようなイメージを感じます。それとはべつにグリム・グリムの音楽には70年代のブリティッシュ・フォークや教会音楽にも似た、メロディやサウンドの普遍性や永遠性みたいなものがあります。だから「Eternalise」とは、グリム・グリムのキャリアを通じたキーワードでもあるのではと推測していました。この言葉は昔からヤマノハさんの中にあったのでしょうか。

Y:たしかにもともとあった言葉だと思います。以前に亡くなった友人がいて、その友人を称える音の作品をみんなで作ろうという企画があって、その企画は実現しなかったんですけど、そのときのタイトルに「Eternalise」とつけようかなということがありました。

──このアルバムにはメロディアスな曲もありますが、半分ほどは音響を強調したドローン〜アンビエントの曲が占めていますよね。このふたつは別々のチャンネルで制作されているのでしょうか? それとも同じ情景やムードをもたせている?

Y:自然とでてきたテクスチャーですね。金属っぽい音なんですけど、メタルのうえに低空飛行でメロディがある、みたいなイメージ。いっしょに演奏するひとたちにそのことを最初に説明してから演奏していましたね。

──そういう金属的な音響から、私はこのアルバムにディス・ヒートを感じました。過去作にもアンビエンスを強調したプロダクションはありましたが、今回はとくに濃密で贅沢な音像に聴こえます。今回のミキシングなどの際に意識したイメージや雰囲気はありましたか?

Y:じつはミキシングは何人か、何パターンかやったんですけどうまくいかなくて。昔仕事した友人が入ってくれて2人でいっしょにミックスしました。マスタリングも最初、ドイツに住んでいるラシャド・ベッカー(Rashad Becker)というカッティング・エンジニアにやってもらったんですがうまくいかなくて、Amir Shoatというコーンウォールに住んでいる方にもやってもらったりして。プロダクションはそうやってあちこち行き来しているうちになんとかたどり着いた感じです。それと同時に、ビデオゲームの『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』のサウンドトラックに使っていただいたんですけど、その期限もあってギリギリで間に合ったところがあります。

──初期のアルバムでは自分の部屋で限られた機材でレコーディングしていたとのことでした。最近の作品では楽器のパートが増えたり音色が多彩になっていますが、いまは録音スタジオでレコーディングすることもあるのでしょうか。

Y:曲によってまちまちですね。達久くんや石橋さんと演奏した曲は日本の両国門天ホールで録音したり、Loriが参加している曲は近くのカトリックの教会で録ったり。友人の家でたまたま録音したものもあって、コンピレーション的な感覚もあります。

──ヤマノハさんの楽曲にはメロディアスな要素が強くて、作曲方法も「頭に思い浮かんでくるメロディを携帯に入れて」いくところから始めるというふうに過去のインタビューで読みました。同時にヤマノハさんはギタリストやシンセ奏者でもありますが、メロディではなくて、リフやビートから曲を作りはじめることもあるのでしょうか?

Y:去年のいまごろに作りはじめた曲があって、それはサウンド・コラージュというか、自分が思いつきでフィールド・レコーディングした音なんですね。近所の路上で寝てるひととか歌とか、その中であとから聴いて「いいな」と思ったものをつなぎ合わせて、カセットテープで出しました。そういう、音からインスピレーションを得て肉付けしていくみたいなことをやって楽しくて、またやりたいなって思ってます。だからビートから書いたりもしますね。

──アルバム4曲目の「Tottenham 14:58」が、フィールド・レコーディングやミュジーク・コンクレート的な作りかたをされている曲ですよね。

Y:そうです。あれは自宅からバスで10分くらいのスーパーマーケットでやっていたローカルのミュージック・コンテストがあって、そこで録音した音ですね。

──そういう屋外の音から得られる親密さとか自然体な印象って、聴いているとメンタルが整体されていく感覚があるのですが、ヤマノハさんはそういう音楽を作っていく中で自身のメンタルウェルネスに繋がっているところはありますか?

Y:サウンド・コラージュのときもそうでしたが、昔から鳴っているか鳴っていないかわからないような音というか……学校にいたときに遠くの視聴覚室で吹奏楽部で練習している音とか、最初からそこにある、みたいな音は好きですね。

──グリム・グリムの音楽は、フォーク的なメロディの叙情性に、アンビエントや室内楽的な音響への意識が複雑に組み合った音楽だと分析しています。そういう音楽性ってイギリスよりもむしろ(GrouperやFrikoなどに代表される)北米圏で実践されてきたと思っていました。ヤマノハさんはグリム・グリムの音楽がイギリスのシーンに接続されているという感覚はありますか?

Y:あまりそれを感じたことはないですね。昨日も南ロンドンの《Ormside Projects》に友人のイベントを観に行ったときに、いまシーンで起きていることと自分のやっている音楽がけっこう違っていて、それがむしろ面白かった。ショーケースで演奏したときに大きく括ってシーンの中に自分がいる感じはあったし、根底にある雰囲気みたいなものにはロンドンに住んでいて影響を受けるんですけど、昔からこのシーンの中にいるとは思っていませんね。

──たしかに、グリム・グリムはロンドンのシーンからはむしろ意図的に逸脱しようとされているのかなと感じていました。

Y:そう意識していたわけではないんですけど、気づいたら「あれ?」みたいな感じで(笑)。

──とはいえ、ヤマノハさんとも距離感が近い、Mica Leviやティルザも近年は作風がどんどんアブストラクトになっているというか、グリム・グリムの活動と少なからず並走している部分を感じとって興味ぶかく聴いていました。

Y:ありがとうございます。それこそ昨日行った南ロンドンのシーンなんですけど、彼女たちのシーンも独特なんですよね。作ろうと思って作ったというよりも、ローカルで友達どうしでずっとやってきたのがたまたまシーンになったみたいな。自然で強い感じがあるし、同時に音も険しくて、すごくいいなと思います。

──先ほど、過去・現在・未来が凝縮されているという感覚について話がありましたが、近い考えとして、以前から仏教由来の死生観についてインタビューで話していましたよね。今回のアルバム制作の過程でも、生と死にかんする課題について考えることはありましたか?

Y:制作時というよりも、普段から考えてはいますね。ネガティブな意味ではなくて、100年後にはみんないなくなるじゃないですか。そこから逆算して普段から生きているから、音とか思考も自然にそういうふうになるというか。その考えの背景にあるものをあえて挙げるとするなら、そういう死生観があるのかなと思います。

──いま言ったことにつながるのですが、私はグリム・グリムの音楽をはじめて聴いたときに、SF映画のクライマックス──やがて誰もいなくなるようなディストピアをイメージしました。ただそうはいっても、グリム・グリムの音楽はダークなわけではなくて、そこにユーフォリックな期待を抱くような明るさがあると思います。ヤマノハさんも、未来の世界にたいする期待を持ちつづけているようなところはある?

Y:そうですね。「いなくなる」んですけど、本当にいなくなるのかな?って思ったりします。目に見えないものが、見えないまま世界が動いてるというのは実際にあると思ってて。みんないなくなるんですけど、その中で意識みたいなものだけが繋がっていたとしたら……と考えることはあります。

──そういう感覚って、それこそグリム・グリムが音楽を提供したゲーム『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の世界観にも通じると思います。先ほどサウンドトラックの期限についての話がありましたが、そのほかゲーム音楽を手がけたことで、制作方法や楽曲の作りかたに変化したところはありましたか?

Y:もともと音楽はゲームと同時進行で作っていたんですけど、そのときにゲームの制作過程を見せていただいたことがあって。ちょうどパンデミックの最中、品川にあるコジマプロダクションのオフィスの中で、ゲームの監督の小島秀夫さんが見せてくれた映像が──鯨かイルカか海の中の生物が空に浮いていて、それが炎に包まれている。主人公がそこを進もうとするけどうまく動けない。その厳しい雰囲気でゲームのミッションをクリアするという内容なんですが、「なんで燃えてるんですか」と監督に訊いたら「いや、わからない」って(笑)。でも、SF作家のJ・G・バラードの世界にもあるような内側の精神世界みたいだと思って、それがインスピレーションで書いた曲が2曲ありました。そこでパンデミックが起きて、ゲームで描いていた内容の世界に本当になってしまって、小島監督が「もうこんな予言みたいなことはしないで、希望のある作品にする」って内容をぜんぶ書き換えるんです。そのあいだに自分もアルバムの制作過程で紆余曲折があり、締め切りギリギリに間にあって。そんな流れでした。

──ヤマノハさんの「頭に思い浮かんでくるメロディ」から曲を作っていくという制作スタイルだと、どちらかというと何か作ろうとしてというよりは、「無意識でやった曲の方が正直な思いが表現できる」と過去のインタビューで話していました。先にテーマやコンセプトが与えられたうえで作ったことによって、難しかったとか、もともとやろうとしていたこととは違う形になったとか、そういうことはありましたか。

Y:映画音楽とかもそうだと思うんですけど、ある意味そういうインスピレーションがあった方が作りやすい部分もあると思います。アルバムだと作りかたは人によって違うと思うんですけど、僕の場合は自分の体験──生活で起きたこととか、人が言ったことから曲を書くんですけど。今回はコラボレーションというか、そのときに一緒にいた人とやったみたいな感じ。だから難しいというのは感じなかったですね。

──このアルバムは3月にリリースされますが、そのあとライブの予定や、日本に来られる予定は決まっていますか?

Y:イギリスとヨーロッパでツアーがあって、夏くらいに日本に行ってライブしたいなと思ってます。

──制作中や、最近よく聴いていた曲やアーティストがあれば教えてほしいです。

Y:アメリカのシンガー・ソングライターでノーマ・タネガっていう人がいるんです。犬が飼えないアパートに住んでて猫を飼ってたっていう曲があって(「Walkin’ My Cat Named Dog」)、その後イギリスに移って、数年前に亡くなった人なんですけど。その人のコンピレーションを友人からもらって、それを聴いてました。声も良くて。60、70年代の人ですね。

──ヤマノハさんは日本とロンドンを行き来していて、ロンドンも東京も、ずっと前からの話ではありますが、再開発やジェントリフィケーションがすごい勢いで進んでいますよね。そうやって景色が変わっていくことをヤマノハさんはどう捉えていますか?

Y:政治もそうですけど、いつ何が起きてもおかしくない、すごい世界にいるなというふうに思っていて。このあいだロンドンに戻ってくる飛行機の中で観た映画のワンシーンで、「家というのは心の中にある」みたいなシーンがあって、印象に残っているんです。世界がこんなことになっているけど、みんな自分の心の中に家があるから、音楽であれ何であれ、自分のできることをするしかないなとすごく感じています。ロンドンである必要もないし東京でなくても、どこに行っても自分のクオリティを生かして貢献していきたい。

──自分のできることに集中するって、特に若い世代のあいだではハードルが高いんじゃないかと感じることもあるのですが、ヤマノハさんがご自身のことに集中するためにしていることはありますか?

Y:周りにいる人の話を聞くみたいなことですかね。自分はセッションや即興音楽がそれほど得意なわけではないですけど、あれってその人の音を聴くことなんだと思います。ほんとうに、自分と全然違う考えの人の話が聞けないみたいな方向に、世界がなっている感じがして。だから納得いかなくても何回も受け入れて、っていうのをやりたいし、そうしようと思ってやっています。

──なるほど。言語であれ音であれ、コミュニケーションによって、自分のやることをよりしっかり認識できると。

Y:それしかなくって、近道はないなと思いますね。



<了>

 

Text By Shoya Takahashi


Grimm Grimm

『Eternalise』

LABEL : MAGNIPH
RELEASE DATE : 2026.3.13
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