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フジ・ロックで異次元体験できる?!
グラス・ビームスの不明瞭な、でも聴き手に純度を問う魅力

05 July 2024 | By Tsumugi Nishimura

この春、2021年にオーストラリアはメルボルンで結成された3ピース・バンド、グラス・ビームスの約3年ぶりの新作EP『Mahal』が《Ninja Tune》から移籍第一弾としてリリースされた。クルアンビン、YĪN YĪN、Tō Yōなどを連想させる彼らは、既に南米とオーストラリア約20ヶ所でのツアーも敢行、まもなく《フジ・ロック・フェスティバル 2024》のステージにも立つ予定。世界的に熱を帯びながら広がっている彼らのその演奏に触れ、苗場でどこか異次元に飛ばされることを心待ちにしている。

そもそもグラス・ビームスのデビューは、インドの《Magnetic Fields Festival》だったという。メンバーの一人、Rajan Silvaの父親がインド出身(つまり、Rajan自身がインド系オーストラリア人)という縁から実現したようだが、それはまるでオーストラリアからルーツがあるインドへ帰郷したような格好だったと言える。

実際に、彼らの音楽を聴いた人たちの多くは、「サイケ! エキゾチック! 古典的なインド!」といった、長い歴史を携えた伝統を言い表す言葉で表現されている。確かにそのサウンドはエレキ・ギターにシタールのような音のエフェクトをかけ、スプリングリバーヴのかかったような音が特徴。使用楽器は、Maton EG75 GoldlineのギターとMaton Big Benのベースで、60年代のサウンドを再現しているかのようだ。オーストラリアにはテーム・インパラ、ベイブ・レインボーなどのサイケデリック系のバンドが輩出されているイメージがあるのだが、このグラス・ビームスのような、ロックでもフォークでもない「東洋の湿気入りサイケデリック」とでも表現したくなるサイケのイメージは多くはない。もちろん、イギリスの植民地であったことを踏まえると、様々な音楽が混在しているのも十分考え得る。オーストラリアには現在、インドからの移民に加え、総人口の2.8%ものインド系オーストラリア人が在住しているということなので、もしかするとこれは、インドのエッセンスが入った新しい流れとも考えられるだろう。決して単なる懐古主義/ノスタルジアに留まっていないのだ。

古典や歴史を踏まえた上で未来を感じさせるのは音だけではない。事実、彼ら3人は、国籍・性別・出身といった詳細が公表していないのだ。さらに、顔を布のようなもので覆っていて、異質な外見にはインパクトもある。公式のMVだけでなく、ライヴでも一貫して顔が覆われており、手元を見ることやアイコンタクトを取る必要もあるだろうに、そのスタイルを一切変えていない。顔を覆うというよりは、見せないことによる主張があり、それこそがこのバンドを知る上で最も重要な部分であると考えられる。顔を覆うと、どのような顔なのかが見えない。顔を判断できないということは、国籍や性別やルックスによるイメージをなくすことを意味する。確かに、それらが曖昧になっていることで、リスナーたちは想像して聴くしかない。

その道具として着想を得ているのが、「インドラの神の網*」という、インドの神話に登場する神の網だという。「世界にあるすべての存在は、互いに障害なく影響し合って、素晴らしいものとなる」という意味を持つインドラの神の網目の部分は、複数の接続線を持つ結節点のこと。これは現代社会でも様々な問題点の衝突点と言えるのではないだろうか。

私には、このグループは、強い言葉を発するのではなく、無言で社会から距離を置いているような存在に写る。インドラの神の網と同じく、社会と接続を持つ部分、意見が衝突する場所を無くすことにより、純粋に音楽を楽しむことができる。国籍や性別やルックスなどの具体は、どんどん滲んで……ただ「あ! 糸と糸が交差する部分がきらきらと輝いている!」と。隠れていることでより際立っている、グラス・ビームスの放つ“きらきら”は、網目の隙間から覗く、本来の姿の輝きとさえ思えるのだ。本能と想像で聴くということは、音そのものに対する姿勢は純粋であるべきだと問われることでもある。これこそが新しい解釈を求めていかねばならない社会に必要な音楽の聴き方なのではないか。(西村紬)



*インドラの神の網(因陀羅網)【名】 (indra-jāla の訳語) 仏語。因陀羅(帝釈天)が住む宮殿を飾っている網。その無数の結び目の一つ一つに宝珠があり、それらは互いに映じ合って、映じた宝珠が更にまた互いに映じ合うとされるところから、世間の全存在は各々関係しながら、しかも互いに障害となることなく存在していることに喩えられる。
譬喩尽(1786)「因多羅網(インダラマウ)梵語」華厳五教章

Photo by Sulaiman Enayatzada

Text By Tsumugi Nishimura


FUJI ROCK FESTIVAL 2024(画像をクリックするとページに飛べます)



(グラス・ビームスは7月27日(土)のレッド・マーキーに出演)


Glass Beams

『Mahal』

LABEL : Ninja Tune / Beatink
RELEASE DATE : 2024.5.17
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Beatink / Tower Records(限定CDシングル) / HMV(日本限定カラー・ヴァイナル) / Amazon(日本語帯つきオレンジ・ヴァイナル) / Apple Music

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