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【From My Bookshelf】
『忌野清志郎さん』
高橋康浩(著)

“すごく清志郎的な人物”による清志郎愛

19 February 2026 | By Ryutaro Amano

音楽産業に携わるひとびとは、言うまでもなく数えきれないほど多くいる。マネージャー、レーベルのA&R、宣伝担当、レコード・ショップの店員、レコードの流通やコンサートなどの興業に携わる者、ライヴ・ハウスのスタッフ、エンジニアなど。私のようなメディアの編集者や書き手ももちろんそのひとりだが、どのような立場であっても、ミュージシャンとの距離感はひとそれぞれである。アーティストと友人だったり、飲み仲間だったりして、近しい関係性だからこその仕事をする者もいる。一方で意識的に距離をとって、客観性を保とうと努める者もいる。

この『忌野清志郎さん』の語り部である高橋Rock Me Babyこと高橋康浩さんは、『COVERS』の時期のRCサクセションに関わりはじめ、それ以降の宣伝を担当したことに始まり、さまざまな時代の忌野清志郎の仕事に携わってきた方だ。私も仕事で何度もお話を伺っていて、その都度、淡々としているようでいて深い愛情と熱意、そして驚異的な記憶力によって、短くても2時間は語られる物語を楽しみながら聞かせてもらってきた(まさに、「話はつきない 夜がふけるまで/2時間35分」)。

高橋さんの話がおもしろいのは、このひとはほんとうに忌野清志郎という音楽家が好きなんだな、といつも強く感じるから。RCサクセションというロック・バンド、忌野清志郎というシンガーに出会い、音楽業界に飛びこみ、そして実際に清志郎と仕事をし……というふうに、清志郎という存在から大いに影響を受けた人生を歩みながらも、一貫していちファンとしての立場を貫いている。清志郎の音楽が好きだというきわめてピュアな思いが、ずっと根底にあることがこの本からもはっきりと伝わってくる。

高橋さんは、「清志郎さんとは距離が必要だと思った」と言い、事務所のスタッフとして働くことを固辞したエピソードをこの本で明かしている。もしそうしてしまったならば、清志郎のイエスマンとして働かざるをえなくなるからだと。「意識的にイエスマンを演じているのなら、確信犯的にいい仕事はできる可能性もありますが、若い頃から僕は清志郎さんの音楽を聴いて育ったので、それは難しかった。清志郎さんにとっては楽な存在かもしれないけれど、アーティストを売るには弊害になり、それはお互いにとってよくないなと」。なかでも「若い頃から僕は清志郎さんの音楽を聴いて育ったので」という部分が、やはり重要だと思う。心酔する憧れの人物に対してこれほどドライかつ冷静に距離感を保つことができたのは、高橋さんが清志郎という音楽家を心底好きだからだという理由からだろう。

高橋さんと初めてお会いしたのは『RHAPSODY NAKED Deluxe Edition』がリリースされたときで、高橋さんは、RCや清志郎の音楽の奥深さと音楽的な興味や嗜好の対象の幅広さをもっと訴えていきたい、RCや清志郎の音楽性は不当に過小評価されているように感じる、とそのころからずっと語っていた。だからこそ、この本でも第二、第三章でそのあたりのことが語られている。特に仲井戸麗市のレギュラー・チューニングの秘密や「トランジスタ・ラジオ」の転調に触れるくだりがおもしろくて、清志郎がローランド・カークに惚れこんでいたというエピソードもとてもいい。

清志郎、とりわけRCの音楽は、ザ・ローリング・ストーンズ・タイプのロックンロールというステレオタイプなイメージで語られがちで、多少は知っている者でもオーティス・レディングのようなソウル・シンガーからの影響を指摘するくらいが関の山だ。しかし当然のことながら、そんな狭い領域に留まるものではない。

たとえば「多摩乱坂」を収録した『BLUE』は、RCのディスコグラフィのなかでも特に奇妙なざらついた質感と音響で、ひりついた緊張感に満ちている。これについてはGee2woがスティッフ・レコーズの作品が好きで、「ガレージで録ったような音にしたい」との希望から倉庫を改造したスタジオで録った、という逸話が語られている。この本で語られているニューウェイヴやポストパンク、ノーウェイヴとの関係はもちろん、その影響下で勃興した東京ロッカーズと関連づけて『BLUE』を聴くことだってできるだろう。その『BLUE』と最初のアルバム『初期のRCサクセション』とオーセンティックなフォーク・ロックに回帰した美しい最終作『Baby a Go Go』を聴きくらべてみれば、RCが23年の活動期間でどれほど多様な音楽に挑んでいたかがよくわかる。

この本で高橋さんは、清志郎やRCの魅力を「かわいい」と何度か言いあらわしている。最初に衝撃を受けたのが1980年2月に見た《日立ローディープラザ》という音楽教室でのRCのライヴ、という特殊なかたちでの公演で、その際の印象も「バンド全体にちょっとかわいい感じがあった」としている。RCの作品を聴いたことがある者なら、この感覚はけっこうわかるのではないかと思う。

高橋さんが言う「かわいい」は清志郎の歌声についてのものではないが、そもそもあのちょっと高く細い声には、たしかにかわいさがあると思う。癖があって、ユニークで、そしてかわいい。「九月になったのに/いい事なんかありゃしない」など、底意地の悪さや卑屈さ、鬱々とした感覚が充満した初期の曲の言葉にも、あの声で歌われるから不思議なかわいげが宿る。私が10代のころから折に触れて清志郎の歌を再訪している理由も、その歌や音楽が軽やかでかわいいものだからなのかもしれない(清志郎がイアン・カーティスのような声の持ち主だったら、長く聴きつづけられなかったはず)。

そのかわいさに関連して、ユーモアは清志郎の音楽、清志郎という人物を考えるうえでとても重要な要素だろう。清志郎の音楽をいま聴くときに感じるのは、近年の、特に日本の音楽からはああいったユーモアを感じることはめったにない、ということだ。卑近な事柄をちょっとした洒落にひねって落としこみ、ときに権力や権威を皮肉りながら、かわいい笑いに昇華させる。大騒動を巻きおこしたとされている『COVERS』の歌詞だって、聴けばわかるように最初から最後まで駄洒落ばっかりである。『コブラの悩み』で「HELP! あ 兄さん ばあさん」と歌われるザ・ビートルズの「Help!」の替え歌には、ずっこける笑いのなかにシリアスな問題意識が潜在している。ザ・タイマーズに関しては言わずもがなだが、あの清志郎的な軽やかな諧謔は、いまの時代、どこへいってしまったのだろう? 2026年のいま清志郎の音楽を聴くということは、現代にコミック・ソングというものは成立しうるのかを考えるきっかけになる。

『楽しい夕に』や『シングルマン』、『EPLP』など、私がRCサクセションのアルバムやザ・タイマーズを聴くようになったのは、17歳か18歳の頃だった。通っていた高校は国立にあったものの、清志郎の話をするクラスメイトなんて誰もいなかった。たまらん坂は部活動中に何度も走っていたはずだが、あとから知ったので、ひとりで「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」なんかを聴きながら、「ここってそんなに有名なところだったんだ」と思って見にいった記憶がある。

モータウンの曲やニュー・ソウルの作品ではなく、オーティスやサザン・ソウルのアルバムを意識的に聴くようになった大きな理由のひとつは、「清志郎が好きだったから」という事実だった。自分がRCを初めて自覚的に聴くようになってから数年で清志郎は旅立ってしまったものの、いまも清志郎が遺した作品からいろいろな音楽を教えてもらっているような感覚がある。

高橋さんには「名物宣伝担当で、清志郎の伝説の語り部」というパブリック・イメージがあるし、実際に自分もそういった話を聞きにいく機会が多いわけだが、実際の高橋さんは現在進行形で未来を担う若いロック・バンドやアーティストを担当している。そして会うと必ずするのが、クレイロやメン・アイ・トラストがどうだとか、海外の最新のインディ・ロックに関する話だ。だから、そういった意味でも高橋さんはすごく清志郎的な人物だな、とこの本を読んであらためて思った。(天野龍太郎)



Text By Ryutaro Amano


高橋康浩

『忌野清志郎さん』

出版社 : P-Vine / ele-king books
発売日 : 2025.6.18
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