【From My Bookshelf】
『エレクトロニカ・アーカイブス 1997-2010 サンレコ総集版』
サウンド&レコーディング・マガジン編集部(編集)
テクノロジーを巡る夢の残滓について
「テクノロジーというのはバンドでギターをやるのとは違って、いつも進行中のようなものさ。絶え間なく楽器を習い続けるようなものなんだ。だからこそ僕はエレクトロニック・ミュージックが好きだとも言えるのさ。(中略)人によっては何かのやりかたにしばらくとどまってやるのかもしれないけど、僕は即座に何か新しい方向に進んでいく。次々と新しいソフトやプログラムに移っていくよ。」(エイフェックス・ツイン、P11)
人類は、すくなくとも2000年代後半までは、似たような夢を見ていた。テクノロジーが人類の行き先を明るく照らすという夢だ。経済、文化、政治、様々な場面においてその夢は膨らみ続けて、そして2010年代に弾けてしまった。今や「テクノ封建制」なんてワードが登場している体たらくだ。いまだかつて手にしたことのない、インターネットという未知のツールを手に突き進んだその先に待っていたのは、中世ヨーロッパにおける封建制度と類似した世界だった、というのは笑い話にもならない。詳細は、ギリシャ経済危機の際に財務大臣に就任したヤニス・ヴァルファキスの『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』に詳しいが、ここで言いたいのは、ぼくたちは現在進行形でテクノロジーから快楽を得ており、それとは離れられないにも関わらず、テクノロジーに夢を見ることができなくなっているということだ。それどころか、悪いものだと感じながらも依存せざるを得ないアディクティブな状態に陥っている。生成AIの発展に、かつて見た夢の続きを見ることができるだろうか? ぼくにはできない。そんなことが頭の中を旋回しながら、『エレクトロニカ・アーカイブス 1997-2010』を読んだ。
本書は、エイフェックス・ツイン、オウテカ、オヴァル、カールステン・ニコライ、フェネス、フライング・ロータスといった音楽史に燦然と輝くエレクトロニック・ミュージッシャンたちが、1997年から2010年の間に残したインタビューを集成した一冊だ。この期間は、インターネットが軸になったテクノロジーへの夢が成熟し、それが崩壊してゆく期間を捉えている(1995年にWindows 95がリリースされインターネットが爆発的に普及し、『テクノ封建制〜』では2008年の金融危機をテクノ封建制の契機のひとつとしている)。だからぼくたちがこの本を開いて目にするのは、かつての夢の残滓だ。冒頭に引用したエイフェックス・ツインの言葉にはテクノロジーへの眩い期待を目にすることもできるし、次に引用するオヴァルやオウテカのような、シニカルな発言を目にすることもできる。
「昔の僕の音楽を聴くと、“こいつはコンピューター野郎で、超インテレクチュアルだ”と思われるかもしれないが、僕は知的な人間ではないし、エレクトロニック・ミュージックだけが好きなわけでもない。というか、電子音楽を好きだったことなんてないんだ。1990年代のオヴァルは、バンドを組まずにロクでもないサンプラーと安物のコンピューターでクリエイティブな曲を作るための手段だった。僕は、昔からローテクな人間だったんだ。」(オヴァル、P21)
「テクノロジーはどんどん発展しているけど、僕はその使い方は人それぞれだと考えている。それに、僕たちはDSPの進化を追い続けることに飽きてしまったんだよ。」(オウテカ、P29)
ぼくたちは『エレクトロニカ・アーカイブス 1997-2010』のこれらの発言を目にし、当時の空気をむせかえるほどに吸い込むことができるだろう。本書のタイトルにある「エレクトロニカ」というワードには、フライング・ロータスが含まれることからもわかるように、その該当範囲をかなり広くとっている。もはや「エレクトロニック・ミュージック」と言った方が妥当性があると思いもするが、扱っている時代を考えたとき、「エレクトロニカ」というワードには特別なオーラが宿っているから、これを使用したい気持ちもよくわかる。実際、ページをめくると本書が大雑把な内容ではないことがよくわかる。NagieによるIntroduction「エレクトロニカとは何(だったの)か?」ではこのジャンルの成り立ちを、音楽家やレーベル、ジャンルの扱いだけでなく、機材にまで焦点を当てながら丁寧に解説しており、これで本書が扱っている題材の概観を掴むことができる。その後、先述した豪華アーティスト勢のインタビューは当時の誌面を(おそらく)そのまま載せており、『サウンド&レコーディング・マガジン』のレイアウトや文字組の変遷も見られ、その辺りも興味深い。
インタビューは主にアルバムリリース時のものが多い。各作品のサウンドがどのように構成されるのかを、機材/ソフトウェアの側面からアプローチする内容は、『サウンド&レコーディング・マガジン』の仕事の真髄を感じ取れるものになっている。この媒体のトーン&マナーだからこそ聞き出せる固有名詞、特に機材名がとても重要だ。例えばエイフェックス・ツイン、スクエアプッシャー、オウテカ、カールステン・ニコライの口から「Macintosh PowerBook」という言葉を聞くと、90年代後半から2000年代初頭のMacintoshの巨大な存在感を知ることができる。オウテカやフェネスの口から「Cycling ‘74 Max/MSP」という言葉を聞くと、IRCAMが開発したシンセ音源としてのソフトウェアのデジタル・サウンドがその後のエレクトロニック・ミュージックに与えた影響を垣間見ることができる。読み手の興奮に拘らず、アーティストたちは淡々と自分たちが使用した機材について語っているだけなのかもしれないが、その言葉ひとつひとつに特別なきらめきを持つ時代性を勝手に読み取ってしまう。
「俺らのトラックには間違いなくヒップホップの要素が入ってるよ。そもそも初期のボムスクワッドを聴いてトラックを作り始めたわけだし、パブリック・エネミー、DJチーズ、キング・カット、トリプル・スレット、ポイント・ブラックMCなんかの金属的で太いビートが大好きなんだ。一時期、俺らの音楽がアカデミックで冷酷だって言われたことがあったが、現実はヒップホップ、エレクトロに影響を受けて育ってきたんだ。」(オウテカ、P26-27)
『エレクトロニカ・アーカイブス 1997-2010』を読み進めると、多くのアーティストがヒップホップの影響を受けていることに気づく。上記で引用したオウテカに限らず、プレフューズ73(Prefuse 73)、ルーク・ヴァイバート(Luke Vibert)、マシーンドラム、オヴァル、フライング・ロータス、デイダラス等、直接的/間接的にその影響を口にする音楽家のなんと多いことか。本書でもっとも頻出する機材のひとつが「AKAI Professional」であることもこの文脈と無関係ではない。フライング・ロータスが「サンプリングの魅力は本来組み合わせるべきでない音をミックスできることだね。」(P111)と言及するように、サンプリングというコラージュテクニックは、当時のエレクトロニック・ミュージックの実験性と非常に相性が良かったのだろう。
その他にも、ビョーク作品のエンジニアであり『ムーラン・ルージュ』の音楽監督であり、最近FKAツイッグスともコラボレーションしているマリウス・デ・ヴリーズ(Marius de Vries)や、オウテカのPAエンジニアであるジェイミー・ハーレイ(Jamie Harley)のインタビューが掲載されているなど痒いところに手が届いていること、電子音楽史に多大な業績を残したBBC電子音楽工房の歴史特集があること、そして南波一海によるオヴァルについてのコラムや、佐々木敦によるカールステン・ニコライのディスコグラフィーなど、本書に載っている音楽家を国内に紹介する際に大きな功績を残した音楽批評家/ライターの文章を読めることなど、史料価値の高いインタビュー集であり、『サウンド&レコーディング・マガジン』の面目躍如たる一冊だ。
「グリッチは誤解されていると僕は言いたい。確かにグリッチの生成に僕がかかわっていたことは間違いないし、いまだに僕はそれとともに語られる。でもそれは、間違った理由でだ。1990年代に僕が発見したグリッチは、音楽の流れを中断させるものではなかった。実は僕は、それとは正反対のことをやっていた。思いもよらないものを組み合わせて、連続性やスムーズな流れを作ろうとしていたんだ。」(オヴァル、P21-23)
オヴァルの言葉は正しい。結果的にグリッチが、マクロなレベルでもミクロなレベルでも音楽の流れを促進する方法論であったということは、現代では様々なジャンルでサウンドのスパイスとして定着していることに現れている。そこにはもはや実験性はなく、かつて先鋭的だった音色は、今となっては単なる風景の一部だ。アートにおいて先鋭性が大衆性に組み込まれることはよくある。反復的とさえ言える現象だ。しかし、グリッチという、テクノロジーのエラーの向こう側に我々が見た創造性とは何だったのか、と考えずにはいられない。今後もぼくたちはテクノロジーの進化の恩恵を受けることになるだろう。それでもそこから、かつて見ていた夢は剥がれ落ちてしまっている。本書を読んでいる最中に、胸を突き刺すような切なさを感じる原因は、そんな喪失感にあるのかもしれない。(八木皓平)
Text By Kohei Yagi
『エレクトロニカ・アーカイブス 1997-2010 サンレコ総集版』
編集 : サウンド&レコーディング・マガジン編集部
出版社 : リットーミュージック
発売日 : 2025.7.10
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