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【From My Bookshelf】
Vol.31
『音楽雑誌と政治の季節
――戦後日本の言論とサブカルチャーの形成過程』
山崎隆広(著)
音楽雑誌における“他者”との葛藤/反省/受容の軌跡

25 July 2024 | By Yasuyuki Ono

本書は、その書名にもあるように音楽雑誌、特に1969年に刊行された『ニュー・ミュージック・マガジン』を分析対象とし、同雑誌が1980年に『ミュージック・マガジン』と誌名を変更するまでの約10年間、誌面内に現れる「〈他者〉――最も端的には戦後の日本にとっての〈アメリカ〉の存在」(p.17)の表象や言説の変容を追いながら、同時代的に生じていた文化・社会の変化を論じたものである。

本書における最大のキーワードである“他者”について、山崎隆広は多様な意味付与をあらゆるところで行う。むしろあえて固定化された定義を拒否するかのように、本書のいたるところに“他者”は姿を現す。「戦後の日本にとっての〈アメリカ〉」(p.17)、文化に対する「真正性」を生み出す存在(p.24)、自らの身近にありながら徹底的に異なるもの(“他者の音楽”としてのジャズやロック!)(p-117-118)、自らの外部にシンボルとして存在していたが時代の流れとともに内部を侵食しシステム化されているもの(p.135)、文化的教養の卓越化ゲームにおける指標(p.188)、在日米軍基地(p.280)といったように“他者”は様々なかたちと説明をまとって読者の目の前に現れる。そのある種とらえどころなく、けれども確かにそこに存在している感覚を持った“他者”という存在は、本書が対象としている1969年から約10年間の時代における、主にアメリカを中心としてもたらされた物質的、精神的な“他者”の存在感をまるで蘇らせているようである。

本書の内容を至極簡単に整理するならば、第二次世界大戦の“敗北”後、日本社会へと入り込んできた上述したような“他者”に対する魅力と違和のせめぎ合いのなかで、いかにしてその“他者”を日本に「〈土着化〉(内部への取り込み)」(p.28)させていくかという命題をポピュラー音楽という対象について、時にそれをめぐる政治/社会との関係において思考し、実践したのが『ニュー・ミュージック・マガジン』であった。しかし、その後の歴史が証明しているように1970年代半ば以降、その“土着化”が進行するなか、日々膨れ上がる経済成長とともに“他者”たるアメリカとの距離感の中で構築された様々な文化や制度が、政治、経済、社会へと浸透していき、人びとは目の前に現れる“他者”との葛藤や反省を徐々に意識下へと沈み込ませ、忘却していった。本書での表現を借りればその(文化的)「大衆化」(p.170)、「大衆消費社会」(p.167)に『ニュー・ミュージック・マガジン』も巻き込まれ、折り合いをつけながら時代を生き延びていった。本書の魅力はそのような社会とポピュラー音楽と音楽雑誌が否応なく関わらざるを得なかった時代に、“他者”をめぐって生じていた葛藤や反省のダイナミックな過程を、丁寧な筆致で丹念に記述していくところにある。

本書の最後で山崎は以下のように述べる。「「敗北」は新たな言説の始まりの契機でもある。繰り返されてきた歴史の規則に従うならば、今はまた新たな言説が始まろうとしている前夜でもあるのかもしれない。」(p.321) 2024年に音楽について読み、語り、記述する私たちにとっての比喩的な意味での“敗北”とは、“他者”とはいったいどのようなものであり、それは音楽ジャーナリズムにとっていかような意味と機能を有するものであるのか。本書から投げかけられたその問いに対する答えのきっかけを見つけるため、社会の、自己の奥底へともぐりこんで行きたいと思う。(尾野泰幸)

Text By Yasuyuki Ono


『音楽雑誌と政治の季節――戦後日本の言論とサブカルチャーの形成過程』

著者:山崎隆広
出版社:青弓社
発売日:2024年6月28日
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