【From My Bookshelf】
Vol.22
『サウンド・アートとは何か 音と耳に関わる現代アートの四つの系譜』
中川克志(著)
歴史を整理し系譜学を打ち立てた画期的な書
ずいぶんと前に、金沢21世紀美術館でカールステン・ニコライの《リアリスティック》を鑑賞したことがあった。当時の私はカールステン・ニコライについて全くの無知だったし、音楽家名義であるアルヴァ・ノトについても知る由はなかったのだが、空間に生まれる音を録音しアーカイヴしていくという試みが面白く、そこに自分が参加した事実がサウンドとして残り蓄積されることにわくわくした記憶がある。といった情報を、昨年とある出来事をきっかけに調べていたら、同館の企画展「コレクション展2:電気-音」で15年ぶりに披露されていることを知った。なんという偶然だろう。恐らく、《リアリスティック》は私が「サウンド・アート」というものに初めて意識的になったきっかけの作品である。当時「カールステン・ニコライという人のこういった試みをサウンド・アートと呼ぶのだろう」とぼんやりと考えたし、サウンド・アートなるものについて「美術や映像といったさまざまな領域を横断しながら音を表現したもの」といったゆるやかな定義を自分なりに描いていた。
恐らく、多くの人にとってサウンド・アートとはその程度のぼんやりした解釈で受け止められているだろう。当時私が自分なりに描いた定義もあながち間違ってはいないだろうし、それぞれがそう遠くない輪郭で理解しているはずだ。しかし、だからこそサウンド・アートとはやや曖昧で、どこからどこまでを指すのかが難しい。そうなると、はっきりとした語れることばを持ち合わせていないがゆえに、その意義深さと面白さについて深く理解していくことも困難である。なにより、視覚芸術が中心のアート領域において、サウンド・アートというものがどの程度体系立てて論じられてきたかは疑問でもある。
そんなことを考えていた時に刊行されたのが、本書だった。音響文化論の領域で研究を重ね、数多くのサウンド・アートを体験してきた著者は、先述したような点に同様の課題認識を抱いていたようだ。「サウンド・アートの系譜学に向けて」という意欲的なタイトルが第一章で掲げられているが、そこでは「音楽とは何か、美術とは何か、という回答困難な問いを立てるのではなく、ある種の作品がそれらの領域から出現してサウンド・アートと呼ばれるようになった経緯を、サウンド・アートとされる複数の系譜において記述するという方針をとる」スタンスが宣言される。設定された系譜は四つの領域に渡り、それぞれ「視覚美術」「音楽」「音響再生産技術」「サウンド・インスタレーション」といった 形で、具体的な作品を豊富に挙げながら緻密に論じていく。
数多くの事例とともにサウンド・アート史を一望できる情報量には舌を巻くが、とりわけスリリングなのは、ジョン・ケージらに代表される実験音楽に対してサウンド・アートが“何か新しい音響芸術”としての存在可能性を志向してきた歴史について論じている「音楽を拡大する音響芸術」の章だろう。そこでは、サウンド・アートなるラベルが<何か新しいもの>を探し求めるための目印として機能していたことが指摘されるが、それは、芸術と言葉の関係性を本質的にあぶり出してもいる。本書がサウンド・アートの領域を超えた次元で、広く示唆を与えるであろう箇所である。
全体を通して、論立ては極めてアカデミックな冷静さの元で進められているが、豊富な註釈含め、随所で著者の見解が入ってくる点が非常に面白い。理知的な研究の中に批評性が入り混じることで、どこかサウンド・アートを生きたものとして生々しく捉えられる。概観の整理はもちろんのこと、芸術論についての読み物としてもお薦めしたい、画期的かつ快楽的な書籍である。(つやちゃん)
Text By Tsuyachan
『サウンド・アートとは何か 音と耳に関わる現代アートの四つの系譜』
著者:中川克志
出版社 : ナカニシヤ出版
発売日 : 2023年12月28日
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