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【From My Bookshelf】
Vol.21
『いいなアメリカ』
ジョンとポール(著)

1970年代のランディ・ニューマン、2020年代の私たち

07 March 2024 | By Dreamy Deka

無教養、無粋の誹りを覚悟で正直に申し上げると、ランディ・ニューマンというソングライターに関する知識も興味もさほど持ち合わせていなかった。そんな私が名古屋最高のインディペンデント書店《ON READING》で見かけた『いいなアメリカ』と題された彼の楽曲を解説した本を迷わずレジに持っていった理由は、著者があのジョンとポールだったからに他ならない。

「あのジョンとポール」と言われて99%以上の人類が思い浮かべるのはリヴァプール出身のあの二人、レノン&マッカートニーのことだろう。申し訳ない。ここでいう「ジョンとポール」は広島県呉市在住のシンガー・ソングライター。二人組ですらない。その彼が2017年にリリースした『English-Japanese』という英米ロックの名曲を日本語でカヴァーしたアルバムが、私のオールタイム・フェイヴァリットなのだ。

日本語による洋楽カヴァーと言えば、中尾みえ「可愛いベイビー」(コニー・フランシス)、越路吹雪「愛の賛歌」(エディット・ピアフ)からDA PUMP「U.S.A」(Joe Yellow)に至るまで、日本の歌謡界に脈々と受け継がれたヒットソングを生み出すメソッドとも言える。

ロックの世界においても、GSからモッズ、パンクに至るまで数々の名カヴァーが存在するが、なんといってもその王座に君臨するのはポリティカル・メッセージ満載のアルバム『カバーズ』をオリコンチャート1位に送り込み、モンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」を国民歌へと生まれ変わらせてしまった忌野清志郎(ZERRY)であることに異論はなかろう。

しかしジョンとポールの歌には、こうした名曲の力を借りて一発当ててやろうという山っ気も、圧倒的な歌唱力で自分のものにしてやるぞといった野望も感じない。そのリーンな歌声と過不足のないアレンジから伝わってくるのは、原曲に対する慎み深い愛と時折しれっと差し込まれる飄々としたユーモア。粋なのである。

例えばキンクスの代表曲「The Village Green Preservation Society」はこんな風に歌われる。

 “我らはシャーロックホームズと同じ訛りをもつ民族
 救おうフーマンチュー モーリアリティとドラキュラ
 我らはオフィスビル 追放連絡評議会 
 救いたまえ個人商店 小さなカップと純潔を”


原曲の世界観に忠実で、その忠実さが醸し出すオフビートなおかしみ。「同じ訛りを持つ民族」「追放連絡評議会」というポップ・ソングには似つかわしくない直訳を大真面目に歌い上げ涙と笑いを同時に誘い出すセンス。前置きが大変長くなってしまったが、つまり私は、これがどこからくるものなのかを知りたくて、「いいねアメリカ」を手に取ったということである。

本書はジョンとポールが選んだ14曲のランディ・ニューマンに対する彼の訳詩と、その解説コラムがある、という構成。そして「ジョンとポールが歌うランディ・ニューマン」という副題の通り、各項に貼られたYouTubeのリンクから、彼の歌を聴きながら文章を読むことができる仕掛けとなっている。

まず言えることは、当たり前のことに聞こえるかもしれないが、優れた訳詩の裏には誠実な調査が存在するということである。しかしその結果として“シュールな歌詞”にしか聞こえなかった「燃えろ(原題:Burn on)」の”燃えろ、ビッグリバー 燃えろ”という歌詞。これが1969年にオハイオ州のカヤホガ川で排出された廃油に発火した実際の事件が題材となっていたことそしてそのことが現在にも続くアメリカの環境問題にも繋がっている事実を突きつけられれば当然聴こえ方も変わるし、歌い方に影響がないはずもないだろう。

そしてこうした丁寧な調査は1970年代のニューマンあるいはオーディエンスと2024年の私たちをある種の普遍性で結びつける。「最高に孤独(原題: It’s Lonely At the Top」の“凄い喝采 凄いパレード 凄いマネー膨らんで おお、寂しったらないんだなあ”というフレーズから漂う虚しさに、再生回数、インプレッション、いいねの数、あらゆる数字をもってしても埋められない現代人の不安との共通性を指摘する。

綿密な調査と丁寧な解釈。これによってニューマンの歌を、今を生きる私たちと彼自身の身に引き寄せる彼だが、一貫して抑制的な文からは、ニューマンと自分を同化させることなく一線を引いているようにも感じられる。これは音楽エリートのユダヤ人家系に生まれ、人種、政治に対しても独特の視点を持っていたというニューマンの特異な価値観に対するリスペクトなのだろう。そしてこのさりげない品性こそが、ジョンとポールの涼しげで押し付けがましさのない歌声にも現れているのだろう。

本書の発行元は京都の独立系書店《誠光社》。装丁はDJ/ミュージシャンの水本アキラ、イラストはおおきなお。リトルプレスの良さが詰まった、紙媒体として所有することに喜びを感じられる作品となっている。少しでも気になる方は早めに手に入れることをおすすめしたい。(ドリーミー刑事)


Text By Dreamy Deka


『いいなアメリカ』

著者:ジョンとポール
出版社 : 誠光社
発売日 : 2024年2月17日
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