【From My Bookshelf】
Vol.19
『シカゴ・ソウルはどう世界を変えたのか──黒人文化運動と音楽ビジネスの変革史』
アーロン・コーエン(著) 夏目大(翻訳)
シカゴの住人たちの協働の記録
イリノイ州シカゴは、アメリカにおいてニューヨーク、ロサンゼルスに続いて人口の多い都市だ。音楽ファンには、シカゴ・ブルースやシカゴ・ハウスといったジャンル、《Touch & Go》や《Thrill Jockey》、《Drag City》のようなインディー・レーベル、コモン、カニエ・ウェスト、ルーペ・フィアスコ、チーフ・キーフ、チャンス・ザ・ラッパー、ヴィック・メンサといったラッパーの出身地で馴染み深いシカゴだ。そして、忘れてはならないのはシカゴ・ソウルである。
今回取り上げるアーロン・コーエン『シカゴ・ソウルはどう世界を変えたのか──黒人文化運動と音楽ビジネスの変革史』は、そのタイトルのとおり、シカゴ・ソウルの歴史を当事者への聞き取りを軸にしてつぶさに追っていく内容の本だ。原題は“Move On Up: Chicago Soul Music and Black Cultural Power”。カーティス・メイフィールドの名曲から取られている。
本書に登場するミュージシャンの一部を挙げてみよう。インプレッションズ、ジェリー・バトラー、カーティス・メイフィールド、ステイプル・シンガーズ、シル・ジョンソン、ダニー・ハサウェイ、ファイブ・ステアステップス、シャイ・ライツ、ロータリー・コネクション、ミニー・リパートン、ルーファス、チャカ・カーン、アース・ウィンド&ファイアー、テリー・キャリアー等々。
音楽史に名を残すミュージシャンを生んだ土地でありながら、ピーター・バラカン氏が「デトロイトやメンフィスより語られないシカゴのソウル・ミュージックを支えたコミュニティが目に浮かびます」と推薦文に寄せているように、《Motown》で知られるデトロイトや、《Stax》や《Hi》、《Goldwax》で知られるメンフィスに比べると、シカゴ産のソウル・ミュージックが書籍やドキュメンタリーで体系的に掘り下げられる機会はあまりなかったのかもしれない。
これはサザン・ソウルと公民権運動の関係を扱った名著であるピーター・ギュラニック『スウィート・ソウル・ミュージック──リズム・アンド・ブルースと南部の自由への夢』(シンコー・ミュージック)の舞台をアメリカ南部からシカゴに移した本と言えば内容がイメージしやすいかもしれない。著者のコーエンも『スウィート・ソウル・ミュージック』について「はじめに」で言及している。
本書は主にインプレッションズがデビューした1950年代後半から1970年代後半にディスコが世間を席巻するまでのシカゴ・ソウルの歩みが取り上げられている。黒人差別が公然とまかり通っていた時代の話である。当然、話は制作現場に留まらない。「音楽」「政治」「ビジネス」が軌を一にしながら、黒人差別の撤廃、黒人の地位や生活の向上、コミュニティの連帯をどのように目指し、いかに実現してきたのかについて当事者の口から語られる。
非当事者の音楽ファンとして、音楽のクリエイション面にばかり注目し、それをロマンティックに享受しがちである。本書にも名曲の誕生秘話がしばしば登場する。実際、チャールズ・ステップニーの俊英ぶりには興奮した。しかし、才人たちによって制作された音楽が、政治運動や連帯を鼓舞し、さらにはコミュニティに利益をもたらした事実を見過ごすわけにはいかない。本書は「音楽」「政治」「ビジネス」に関わるシカゴの住人たちの協働の記録である。いまや再生回数を伸ばすことだけがもっぱらの目的になりつつある音楽が、この世界においてどういう役割を持ちうるかについて20世紀後半のシカゴ・ソウルの例を参考に今一度考えてみようと思う。そして文中に登場する曲をその都度再生しながらじっくり再読したい。(鳥居真道)
Text By Masamichi Torii
『シカゴ・ソウルはどう世界を変えたのか──黒人文化運動と音楽ビジネスの変革史』
著者:アーロン・コーエン
翻訳:夏目大
出版社 : 亜紀書房
発売日 : 2023年12月25日
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