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【From My Bookshelf】
Vol.18
『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命 近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景』
アンドリュー・シャルトマン(著) 樋口武志(翻訳)
ゲーム音楽の金字塔に詰まったアイデアの輝き

25 January 2024 | By Tsuyoshi Kizu

振り返って2023年はマリオの年だった。任天堂とイルミネーションの共同制作の映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の世界的な大ヒット、2Dマリオシリーズとして約11年ぶりの完全新作ソフト『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』の発表。子どもの頃ファミコンやスーパーファミコンでマリオを遊び倒したという大人が久しぶりにマリオシリーズをプレーしたという話も多く耳にしたし、文字通り世界的な存在である続けているシリーズの歴史にあらためて想いを馳せたひとも多かったのではないだろうか。

本書は《Bloomsbury》の名物シリーズで1冊まるまるアルバム1枚について論じる《33 1/3》のラインアップの1冊で、原書は2015年に刊行されたものだ。邦訳までにいささかのタイムラグがあるが、ある意味マリオ・イヤーとなった2023年のタイミングはピッタリとも言える。タイトルの通り、ビデオゲームの歴史に燦然と輝く1985年発表のゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』の近藤浩治による音楽を解析する一冊である。その偉大なる始まりには偉大なる音楽があったと。著者のアンドリュー・シャルトマンはクラシック音楽の研究者で、学術論文を多数発表しているという人物だ。

おもにふたつのセクション(“ワールド”という言葉で表現される)からなる本書では『スーパーマリオブラザーズ』というゲームが生まれた背景が前半で語られるが、やはり核となるのは楽理的な側面から同作の音楽を分析する後半の“音楽ワールド”のほうだ。あまりにもアイコニックな“バ・ダン・パン・バ・ダン・パン、パン!”(と本書では表現される)のイントロの「地上BGM」が和音やリズムにおいてジャズの影響を受けながらも近藤独自のアイデアが入っていること、おどろおどろしい「地下BGM」では不安感を演出するために休符が巧みに配置されていることなどが具体的な譜面や音楽用語とともに鮮やかに解説される。それでいて小難しい専門書といった感じはなく、むしろ実際にゲームをプレーしたひとにこそ感覚的に伝わりやすい内容になっているのが楽しい。

僕がとりわけ惹かれたのは、優雅なワルツのリズムを持った「水中BGM」について解析する章だ。マリオで育った世代としてはあまりにも肌に馴染みすぎて、とくに不思議に思っていなかった問いがここであらためて掲げられる……「なぜワルツなのか?」。た、たしかに。そしてシャルトマンは、ワルツの舞踏音楽としての歴史と同曲を接続することで、水中ステージのゲームプレーがある種の“ダンス”であることを指摘してみせる。これは、実際に『スーパーマリオブラザーズ』で遊び、そしてさらに重要なことに、同作に夢中になった経験のある人間だからこそ出てくる発想だと感じられる。音楽とゲームに対する深い敬意と愛着があるのだ。

ビデオゲーム黎明期の音楽制作において多くの技術的な制限があったことはよく指摘されることで、本書でも重要な要素として取り上げられているが、シャルトマンはその制約のなかでこそ生まれた近藤のアイデアと独創性に感服している。ここに本書の気持ちよさがある。テクノロジーとともに進化してきたポピュラー音楽が、他でもない人間の創意工夫によって刷新されることの興奮がここには詰まっていて、それはわたしたちがマリオシリーズをプレーしていて抱く喜びにとても似ている。

だから、低く見られがちな傾向のあったゲーム音楽に対してクラシック音楽の研究者が“箔をつけてやろう”というような嫌らしさがこの本には一切ない。これはゲーム文化の豊かさを音楽的な観点から解き明かそうとする試みであり、まさしく“ポピュラー・ミュージック”を巡る探求なのだ。『スーパーマリオブラザーズ』という1本のゲームソフトの“BGM”のまとまりをたんなる曲の集合ではなく、“クラシック・アルバム”として語り直そうとした気概にこそ、マリオシリーズのファンである僕は強く胸を打たれたのだった。(木津毅)

Text By Tsuyoshi Kizu


『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命 近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景』

著者:アンドリュー・シャルトマン
翻訳:樋口武志
出版社 : DU BOOKS
発売日 : 2023年7月7日
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