【From My Bookshelf】
Vol.17
『あなたの聴かない世界 スピリチュアル・ミュージックの歴史とガイドブック』
持田保(著)
新たな世界を音で手繰り寄せる
語るまでもなく、ある音楽が本来備えていた文脈や思想は作り手/聞き手の両方から、切断や再接続を繰り返す。例えば、本書で登場するニューエイジ・ミュージックもリバイバルを果たした一方、極端な例にはなるが、本来的な意味に沿って「新しい真理を感じる…」と噛み締めて向き合うリスナーは多くはないだろう。この本は、そんなスピリチュアルやオカルティズムといったキーワードを軸に歴史を読み解くことで、音の先にある霊的/神秘的な意志やコンテクストをあらためて積極的に見出し、ここではない新たな世界を探究するため、音楽に再びマジックを手繰り寄せる一冊だ。
1848年、アメリカでとある姉妹がラップ音を介して霊と意思疎通をとったとされる「ハイズビル事件」を導入に、エジソンの蓄音機開発から続く霊界との通信への関心(スピリットフォン)や、サマー・オブ・ラブにおけるヒッピー・ムーヴメント、ニューエイジ運動、ジェネシス・P・オリッジ(スロッビング・グリッスル)とオカルトの関係、その後のインダストリアルやダンス・ミュージックへの影響、果てはヴェイパーウェイヴ等々……。エリアや年代を横断した多種多様なトピックは眉唾物も含みながら、この世には不思議なムーヴメントに満ち溢れていたことを再確認できるだろう。そんな感覚とチューニングを合わせるディスクガイドも、既存ジャンルを完全に越境したセレクト。宗教やファシズム、ドラッグ等と密接すぎるテーマ故、ここに書くのもやや気が引けるディープな選盤も少なくなく、読み進めるほど逆に霧に包まれていくような気さえするかもしれない。
個人的に興味深かったのは、冒頭で紹介される「スピリチュアル」の語源についてだ。私はその意味をいわゆる魔術やオカルトと混同していたのだが、少なくとも起源は明確に区別される。そもそもは19世紀中盤の科学技術の発達と、その他社会運動と絡みつつ生まれた言葉であり、それは当時のアメリカ/キリスト教の弱体化とも無関係ではない。つまり、元々は科学を起点とした思想だったわけである。その背景をここで網羅することは難しいが、サマー・オブ・ラブにてサイケデリックな神秘体験から既存の文明社会に対する運動が巻き起こり、さらにその衰退の反動がニューエイジに繋がるように、精神的な変革による挑戦が、新時代を見出そうとしたカウンターカルチャー的な要素とも繋がっていたことは間違いないだろう。
また、余談となるかもしれないが、ジョン・C・リリーの『E.C.C.O.』という作品がディスクガイドで取り上げられる。大脳生理学者でもある彼のアシッドな精神実験のなかで、“高次の存在者”と接触した経験をベースに音源化したという(文字に起こすだけでトリップしそうな)本作は、アートワークや音ネタにイルカのイメージが使われる。ここにニューエイジやヴェイパーウェイヴと点線を結べるのではないか、とやや強引な妄想も許されそうな懐の深さもジャンルならではだろうか。
最後に、本書は世界的パンデミックと加速する陰謀論を迎える前に書き上げられている。私たちが生きるこの世界もまた、そんなスピリチュアルな歴史ときっと今も地続きなのだろう、と思わずにいられない。(寺尾錬)
Text By Ren Terao
『あなたの聴かない世界 スピリチュアル・ミュージックの歴史とガイドブック』
著者 : 持田保
出版社 : DU BOOKS
発売日 : 2023年3月24日
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