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初来日公演直前!!
日常の中のラディカルさを歌うフォーク・ビッチ・トリオについて

30 March 2026 | By Shino Okamura

オーストラリアはメルボルン/ナームを拠点とするフォーク・ビッチ・トリオがまもなく初来日を果たすが、今年前半、最も注目すべき来日公演の一つと言っていいだろう。なぜなら、この3人組は、フォーク・ミュージックの歴史的価値観を尊重しつつ、何かとコンプライアンス云々と指摘されがちな現代においてエッジーな再定義をかけようとしている重要グループだからだ。公演はちょうど一週間後の4月6日に東京渋谷の《WWW》で開催されるが、フォーク音楽……というだけでなく、ある種のレヴェル・ミュージックに興味があり、新年度、何か来日アーティストを観に行きたいと思っている方は、ぜひ迷わず足を運ぶことをおすすめする。

2020年頃に結成されたフォーク・ビッチ・トリオのメンバーはグレイシー・シンクレア、ジーニー・ピルキントン、ハイデ・ペヴェレルの3人。高校時代の友人同士という3人はいずれもヴォーカル、ギター、ソングライティングを担当していて、柔らかなメロディと美しいハーモニーが大きな特徴だ。フォークはフォークだが心地よいコーラス・グループと言うこともできる。しかし、バンド名にはこのワードも含まれているのだ。

“Bitch”

少し話を膨らませてみよう。アニマルズやボブ・ディランで知られる「朝日のあたる家」(The House of the Rising Sun)という曲を知らない人は、少なくともこの『TURN』を読んでいる人の中にはおそらくほとんどいないと思うが、あの曲の歌詞は初めて知った誰もが衝撃を受ける内容だ。4分の3拍子で切々と歌われるあの曲は世界で最も知られている伝統的なフォーク・バラッドの一つだが、その歌詞は売春婦の女性が自らの半生を振り返り懺悔するもので、特に、ディラン、アニマルズより先に録音していたニーナ・シモンの歌で聴くと、胸が抉られるような思いに駆られる。作者不詳のこの曲が“発見”されたのは1930年代のこと。当時、アメリカは国力を増進させる目的で様々な文化を発掘していた頃で、いわばディスカヴァー・アメリカの時代にこうしたアパラチアン・フォークと言われる曲がいくつも陽の目をみることとなった。そして、その多くはのちにアメリカーナ/ゴシック・アメリカンとして再評価されるダークで深い情動を伝えるものだが、これには実は明確な理由がある。発祥の地とされるアパラチア地方は、古いイギリスの文化が英国人の入植とともに入ってきたことで、旧いプロテスタント教会の多くがこの地に由来を持つとも言われていて、そうした保守的な環境の中で生きる人々の苦しさ、辛さが叫びにも似た心情吐露的な歌になったと言われているからだ。ゆえに、アパラチアン・フォークにはイングランドやアイルランドの古い伝承曲の影響と、アメリカの土着文化がミックスされている。

「朝日のあたる家」がニューオリンズの売春宿に落ちた女性の歌なのも、そうした保守的な地盤の背景がある。長くなるので「朝日のあたる家」についてはこのあたりにとどめるが、紆余曲折を経て、アフリカン・アメリカンのニーナ・シモン、ユダヤ系のボブ・ディランが歌い継いだのは大きな意味を持っていた。ディランにこの曲を教えたとされるデイヴ・ヴァン・ロンクはアイルランド系アメリカ人フォーク・シンガーだが、筋金入りの社会主義者であり、ゲイの解放運動であるストーンウォールの反乱の際に逮捕された一人だ。つまり、人種、民族、思想においてマイノリティの立場をとるミュージシャンがこのバラッドを女性目線のまま歌う──それがフォーク・ミュージックのラディカルさの一端を証明しているのである。

オーストラリアはメルボルンを拠点とするフォーク・ビッチ・トリオの3人も、そうした系譜上でフォーク音楽を継承しているグループだ。そこで改めて認識をしておくと、Bitchというのは日本語の感覚の尻軽というような意味は本来ない。「性格の悪い女性」という侮辱的なニュアンスはあるが、文脈によっては厄介、面倒、陰険、あるいは愚痴をこぼすという意味もある。もちろん非常に攻撃的な言葉であることには違いないが、怒りや反抗、弱者の目線を多分にはらんでいることが実は重要だ。一つには、このグループの公式バイオグラフには、Melbourne/Narrm(Naarm)出身と記されているが、気づいている人も多いだろう、アーティストやアナーキストの中にはあえて「メルボルン」ではなく「ナーム」と綴る人も少なくない。ナームとはメルボルンの伝統的な先住民たち(ウォランダリなど)が使っていた土地の名前だ。つまりヨーロッパ人の入植以前から使われてきた誇り高き呼称であり、単に「Melbourne」と書くだけでなく「Narrm/Melbourne」とすることで、植民地化以前の歴史と先住民の継続的なつながりを認識させようとする意図をそこに見ることができるのである。ちなみに、シドニーはWarrane、ケアンズはGimuyと表記される。

という小さな事実一つをとってみても、フォーク・ビッチ・トリオが気骨あるバンドであることがわかるし、実際にメンバーの一人、ハイデ・ペヴェレルはノンバイナリーであることを公言していて、クィア・フレンドリーなオーストラリアのインディー・シーンで歓迎されている。そういえば、同じメルボルンを“心のホーム”としていて(LAに拠点を移しているが)、つい先ごろニュー・アルバム『Creature Of Habit』をリリースしたコートニー・バーネットも、セクシャル・マイノリティであることを公言していて、その地盤と人脈を生かしたレーベルも長きに渡り運営していた。

フォーク・ビッチ・トリオが昨2025年に《Jagjaguwar》から発表したデビュー・アルバム『Now Would Be A Good Time』の収録曲は、主に20代の個人的な惨めさ・失恋・性的欲求・自己嫌悪・関係の破綻といったテーマを、皮肉、ダークなユーモアを交えて描いているものが多い。オーセンティックなフォーク音楽の優しいハーモニーとは裏腹に、歌詞は生々しく内省的で、時に自己破壊的・反抗的なポジションを感じさせるものもある。彼らのスタイルは「社会運動的な反抗」ではなく、個人的な怒り、フラストレーション、規範への静かな抵抗、あるいは恋愛の幻想崩壊、メディア依存の恐怖、感情の暴力的な表現などをエッジーな言葉で吐き出す点にあると言っていい。例えば1曲目「God’s a Different Sword」は、依存的な悪い習慣・関係を「神の剣(違う剣)」に喩え、「もう一回だけ(just one more time)」と繰り返す葛藤を、苛立った疑問形で吐露している。ポスト・ブレイクアップのユーフォリアと存在論的な疑問が混ざり、伝統的な神や運命への盲従を、別の「剣(武器・手段)」に置き換えるような反抗的なニュアンスをそこに見てとることができるのだ。シュールで不穏な雰囲気が幻想的なギター音とともに広がる「Foreign Bird」は、突発的な暴力衝動や疎外感がハーモニーの合間から滲み出てくるような重い歌詞が実に痛々しい。

そういうわけで、Bitchというワードには本来、厄介、面倒、陰険、あるいは愚痴をこぼすというニュアンスがあるわけだが、それに準えるなら、『Now Would Be A Good Time』は彼らの日常の反抗的な本音が垣間見える赤裸々な1枚と言えるだろう。そして、アルバムの後半に向かうにつれ、最終的にはそんな自分達を「遠くから見る」という静かな自己肯定や諦めの美学に移行する。「完璧な恋愛や自分」を期待しつつ、現実の惨めさ、ちぐはぐさに直面する20代らしいフラストレーションをユーモアで包んだような、そんなアルバムだ。それは売春婦として生きざるを得なかった女性の心境が綴られた「朝日のあたる家」の持つ、ある種内面的な規範崩壊の歌を現代の日常に継承した作品と言ってもいいのではないかと思う。

ところで、楽曲はメンバーによるオリジナルだが、唯一「I’ll Find a Way (To Carry It All)」がテッド・ルーカスのカヴァーというのには正直驚いた。テッド・ルーカスは“デトロイトのヴェルヴェット・アンダーグラウンド”とも呼ばれたバンド、スパイク・ドライヴァーズの元メンバーで、その後ソロに転じたシンガー・ソングライター。オリジナルはちょっとコズミックなフォークだが、ここでは3人のハーモニーだけによるあっと驚くアカペラで仕上げられている。この曲をとりあげた理由をぜひ聞いてみたいものだ。彼らは他にもパンク、オルタナティヴ・ロックの影響も多分に受けているという。

ジャケットのアートワークには、露出の多い格好で挑発的なポーズをとる3人が描かれている。“今こそちょうどいい時”と誘っているようなタイトルだが、不気味な含みさえ感じることができるだろう。その背後にある思惑については……来日公演のお楽しみにしよう。なお、『Now Would Be A Good Time』はオーストラリアのアルバム・チャートで19位を獲得。昨2025年のARIAミュージック・アワードでは最優秀グループ賞、最優秀インディペンデント・リリース賞など多くの部門にノミネートされている。(岡村詩野)


Text By Shino Okamura


Folk Bitch Trio

『Now Would Be A Good Time』

LABEL : Jagjaguwar / Big Nothing
RELEASE DATE : 2025.7.25
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フォーク・ビッチ・トリオ来日公演


2026年4月6日(月)東京 WWW
開場:18:00 開演:19:00
詳細はSMASH

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