来日直前企画! 対談:渡辺裕也×岡村詩野 フューチャー・アイランズの肉体派ダンス・ポップを紐解く
まもなくニュー・アルバム『ザ・ファー・フィールド』をひっさげて来日公演を実現させるザ・フューチャー・アイランズ。80年代ニュー・ウェイヴからの影響や、エレクトロ~シンセ・ポップとのシンクロを指摘されつつも、その源泉にはヒップホップへのシンパシーも見え隠れする。そこで、来日直前企画ということで、最新作の国内盤ライナーノーツを執筆している渡辺裕也と岡村詩野との対談を急遽お届けする。先月にはロンドンのブリクストン・アカデミーで3夜連続ヘッドライナーをつとめるなど世界規模で高い評価を集める彼らの、あまり踏み込まれることのないその音楽的なルーツを紐解いてみた。
岡村「メディアではザ・フューチャー・アイランズの魅力として、サミュエル・T・ヘリングのヴォーカリストとしてのおおらかさやユーモラスなパフォーマンスについて言及されることが多いですが、渡辺さん自身は彼らのどういうところにそのチャーム・ポイントを感じていますか?」
渡辺「やっぱりサミュエルの豪快な歌いっぷりに尽きるのではないでしょうか。あの暑苦しいまでのパフォーマンスを《レイト・ショー・ウィズ・デヴィット・レターマン・ショー》で目の当たりにしたときは、とにかく圧倒されましたね。確かにキャラクターとしてはユーモラスなんですけど、ものすごく真摯なヴォーカリストだと思ってます」
岡村「そのユーモラスで人間味あるパフォーマンスのルーツはどこにあるのでしょうね。誰からの影響を受けているとみますか?」
渡辺「パフォーマンスのルーツは正直まったくわからないんですが、あのステージをめいっぱい使ったアクションとか、伸びやかな美声からデス声を行き来していくエクストリームな歌唱法も含めて、すごくシアトリカルなものは感じます。実際、彼ら3人は大学でアートを専攻していたらしいので、案外そういう影響もあるのかも。何にせよ、サミュエルはただ演奏することだけに意識を集中するタイプのミュージシャンではなさそうですよね。よりオーディエンスに訴えかけるようなパフォーマンスを追求してきた結果が、あの動きと歌唱スタイルには現れているんだろうなと」
岡村「彼の出身地であるボルチモアには特有のパンク~ロウ・ファイ系の土壌があるのと、もともと私がザ・フューチャー・アイランズを知ったきっかけというのがシカゴの《スリル・ジョッキー》から作品を出していたことなんですけれど、あのレーベルには茶目っ気あるボビー・コンやハードでテクニカルな演奏が魅力のトランズ・アムのように、いわゆるポスト・ロックの規範からハミ出るような逸材も多かった。近年、《スリル・ジョッキー》はドゥーム・メタル~ドローン的側面も持つポンティアクやアシーセのようなバンドをリリースしていますが、私はこのザ・フューチャー・アイランズも音楽的背景にはそうした硬派なロックの熱っぽさを感じたりするんですよ。シンセ・ロックとかエレクトロの要素はあっても。サミュエルのあのパフォーマンスからはそんなルーツを想像したりします」
渡辺「たしかに。特に初期の作品はすごくプリミティヴでチープなテクノ・ポップだし、直線的なビートの反復はクラウトロック的でもあるというか。案外それを洗練させていった流れで現在のスタイルに行き着いたのかもしれないですね」
岡村「そもそもサミュエルはソングライターとしてはどういう人の影響を受けているのですか?」
渡辺「バンド結成時の最大のインスピレーションはクラフトワークだったみたいです。ただ、そこはウィリアム・キャッション(ベース)とゲリット・ウェルマーズ(キーボード)の指向性に寄るところが大きいんじゃないかな。サミュエルに関しては、どちらかというとリリシストとしての役割に力を入れているイメージです。そもそも彼自身、このバンド結成前からヘムロック・エルンスト名義でラッパーとして活動してきた人なんですよね。現在の身なりからはとても想像できないけど、元々はB-BOYっていう(笑)」
岡村「本国ではヘムロック・エルンストという名前での活動の方が知られているフシもありますね。マッドリブと組んだユニット=Trouble Knows Meとして作品を出していたり。個人的には、そのヘムロック・エルンストの名前が、マックス・エルンストからとられているという事実に惹かれたりするのですが、ともあれ、そういうラッパーとしての活動がサミュエルの表現者としての幅の広さに繋がっているとは確かに感じます。そうしたサミュエルの資質、魅力と、サウンド部分との関連について、このバンドが何かお手本にしている先達はどういう存在だと感じますか?」
渡辺「よく言われるニュー・オーダーとの類似性については、ウィリアムのベースに寄るところが大きいのではないでしょうか。特にこのバンドはギターがいないぶん、彼の弾くベースラインがすごく歌っているんですよね。それがピーター・フックを彷彿させるというか、ダイレクトに影響を受けているんだろうなーと」
岡村「サミュエルはヒップホップの影響をあくまで表層的な部分において中途半端にバンドに持ち込んではいないですよね。ただ、ビートにおいては00年代以降の、ヒップホップを通過した耳によって形成されたファットなダンス・ミュージックとの連携を感じることはできます」
渡辺「フューチャー・アイランズといえば、高速で16を刻んでいくハイハットのリズムが特徴的なんですが、恐らくこれは《DFA》が生み出したダンス・パンクがヒントだったんじゃないかな、と個人的には思ってます。というか、サミュエルのちょっと哀感のある低い声の歌い方にもLCDサウンドシステムのジェームス・マーフィと若干重なるところはあるかも。どちらにしても、サミュエルはバンドの時とラップをやるソロの時ではアウトプットの仕方をはっきり分けているみたいですね」
岡村「フューチャー・アイランズの、サウンドではなく、あくまでライヴ動画を観て思い出したのも実はニュー・オーダーなんです。ただ、それは近年のニュー・オーダー。ステージで結構マッチョにさえ動くようになった今のバーナード・サムナーのパフォーマンス……あれにはもちろん賛否もあって古くからのファンの中には抵抗を感じる人も少なくないと思うのですが、サミュエルの動きはあの現在のちょっとダサいくらいのバーニーに似ている感じがする。つまり、ニュー・オーダーにフィジカルな要素をうんと持ち込んだら……というのがフューチャー・アイランズの根っこの一つかなと感じますね。尤も、そのニュー・オーダーは初期からヒップホップの影響を受けてアプローチもしていたし、クラフトワークとアフリカ・バンバータの関係性とかを考えても、フューチャー・アイランズはむしろ極めてポップ・ミュージックの歴史に忠実な、体系的な存在であるような気もします。80年代のニュー・ウェイブって本来すごくブラック・ミュージックの影響を受けているものというのが大前提としてあったと思うんですけど、その点では正しい後継者と言っていいかもしれない」
渡辺「デペッシュ・モードみたいな80年代のニューウェイヴをルーツとしつつ、プロダクション的にはヒップホップも通過しているという点では、案外チャーチズあたりとも比べていいのかもしれないですね。どちらも現代的で訴求力の高いエレクトロ・ポップを鳴らしているという点では共通していると思います。まあ、サミュエルを可憐なルックスのローレン・メイベリーと並べるのはちょっと無理がありますけどね(笑)」
