シャムキャッツ菅原慎一が訪ねる新たな台北の遊び場《PAR STORE》
~ex 透明雑誌・洪申豪(モンキー)が作った理想のスペースとは?
シャムキャッツのギタリスト/ソングライターの菅原慎一が、いつのまにか東アジアのインディー・ポップに夢中になっている。もともとがリスナー気質の強い菅原だが、シャムキャッツとして台湾公演を行い暖かいオーディエンスに迎えられたことも一つのきっかけに、あくまで音楽家同士、現地の親しいバンドやミュージシャンとカジュアルに情報交換をするようになったということなのかもしれない。そうした菅原たちの活動も奏功し、東~東南アジアの若いバンド、アーティストは昨今日本で次々に紹介されるようになり、来日公演も多く実現するようになった。逆にシャムキャッツのようにアジア・ツアーへと繰り出す日本のバンドも年々増えている。
そんな菅原が日本でも伝説化している台湾のバンド「透明雑誌」の元リーダーの洪申豪(通称「モンキー」)が新たにオープンしたショップ《PAR STORE》を訪ねた。菅原は菅原で、シャムキャッツとしてグッズや作品などを扱うポップアップ・ショップを不定期で開店したりしているし、そもそも自分たちのレーベル《TETRA RECORDS》を立ち上げて積極的・自由に活動するようになっている。互いに“場”を大切にするアーティスト同士分かり合えるところも多いのだろう、DIYでお店を切り盛りする洪申豪や、その彼をとりまく現地の様子には大いに刺激を受けたようだ。そんな菅原が弊サイトのためにペンをとってくれた。自ら撮影した貴重な現地の写真とともにその訪問記をお届けしよう。(岡村詩野)
文・写真/菅原慎一(シャムキャッツ)
台湾インディーという存在を世に知らしめ、現在の台湾と日本を繋ぐシーンの基盤を作った伝説のバンド「透明雑誌」。彼らは今から10年ほど前からいち早くアジアを横断し、ここ日本でも数多くのライブをこなしてきた。
フロントマンの洪申豪(通称「モンキー」)は新バンド「VOOID」やレーベル《Petit Alp Records》のオーナーとして精力的に活動しているが、「透明雑誌」のマネージャーを務めていたデザイナーのLoと共に、長年思い描いてきた理想の空間をついにオープンさせた。
その名も《PAR STORE》。
モンキーといえば、台湾のインディーシーンにおける“身近なヒーロー”というべきか、筆者が日頃関わる台湾の友人たち全ての兄のような存在であり、キーパーソンだ。その彼が、みんなの集う場所を作ったと聞き、居ても立ってもいられなくなって台北へと足を運んだ。
《PAR STORE》が店を構えるのは台北の中心地中山駅出口を出て徒歩1分ちょっとのところで、この辺りは台北で最も賑やかなエリアだ。三越デパートのある大通りを一本奥に入ると、ネオンサインがかっこいい入り口がすぐ目に入る。
《PAR STORE》の入口
ドアを開けると真っ白な壁一面にポスターが貼ってある。台湾のZINEアーティストによる『精少壞一族』のビジュアルがインパクト大。細野晴臣の台北公演のポスターも印象的だ。そして天井のスピーカーからはglobeの「FACES PLACES」が流れる。台湾にいると、異国情緒の中にかつての日本のような懐かしさを感じることがあるが、この場所では独自の時流がグニャリと曲がっているようだ。このエントランス空間からもう《PAR STORE》は始まっていた。
そのまま階段を降りると、想像以上に広々としたスペースが広がっている。まず目に映ったのは、入り口すぐのコーナー。先日来日もしていた台湾のシティ・ポップ・バンド「EVERFOR」をはじめとした現地のインディー・バンドのCDやカセットが面出しされている。
厳選されたレコードやカセットが並べられている。山下達郎やYMOのレコードも!
店主モンキーのバンド「VOOID」のクリア・ヴァイナル、(日本の)Homecomingsとのスプリット・ツアーも記憶に新しい「DSPS」のアルバム、現地レーベル《Airhead Records》からリリースされたグランジ・ロックの金字塔「Super Napkin」の諸作、インディ・パンク・バンド「午夜乒乓 Midnight Ping Pong」や台北フェス常連「厭世少年 Angry Youth」、「透明雑誌」や「湯湯水水」、「盪在空中」と共に「師大公園四大天王」と呼ばれるロック・バンド「傷心欲絶」の名盤、今や台湾のみならずアジア全土で絶大な人気を誇る「落日飛車 Sunset Rollercoaster」のレコード、そしてモンキーの古くからの盟友で、現在も最前線で活動する「SKIP SKIP BEN BEN」が本名「林以樂」名義でリリースしたテープ作品『0.5mm』など。ここにいるだけで台湾インディー・シーンの今と昔をぐるっと見渡せるよう。
台湾以外のラインナップも。モンキーによる【2019年マスト】的な手書きのレコメン用紙が添えられた、トム・ヨークによる映画『サスペリア』の劇伴のアナログ盤、「神」と書かれたフェイ・ウォンの『恋する惑星』主題歌7インチ、日本のアニメ『AKIRA』のアナログなんかもある。
モンキーによるレコメンド・コーナー。トム・ヨークやフェイ・ウォンも!
日本のバンドやアーティストのCDも新品中古問わず販売されている。今や世界的にマストアイテムとなっている山下達郎、YMO、ナイアガラ関連の中古レコードも充実しているが、とりわけ山本精一、フリクション、朝生愛などのCDが、ソニック・ユース、ブラック・フラッグ、バズコックズ、メルヴィンズといった名前と一緒になって陳列されている棚は、筆者がかつて「透明雑誌」から受けたイメージをそのまま表しているようで興奮した。
《PAR STORE》において音楽と同じくらい重要なラインナップを占めているのが、トートバッグやTシャツなどのグッズ、コーチジャケット、キャップ等のアパレル商品だ。筆者が訪れた時には新入荷商品としてNYのスケーター・ブランド《Belief》のトートやパーカーが販売されていた。モンキー自身が運営する《Petit Alp Records》や《PAR STORE》のオフィシャル・グッズも充実しているが、そのどれもクオリティが高い。用途ごとにきちんとセレクトされたボディに、非常に質の高いシルクスクリーンがプリントされていて、手に取ったり身につけるのが楽しい。
アパレル、グッズ類もゆっくりと見られる
アパレルといえば、店内の奥には古着屋のようなラインナップがずらり。この正体は自由度が高く設計されているポップアップのコーナーで、知り合いのショップに入ってもらい期間毎に企画をやるための場所だそう。この時は台北にある人気の古着屋《A・PRANK:DERRY》がポップアップ・ショップを開催していた。店のオーナーはモンキーのバンド仲間で、日本の古着屋とは少し違うセンスでとても見応えがあった。
《ストリートファイター》のネオンサインの下に設置された「ゲーセンのゲーム機」。何分でも無料プレイ可能で、このツボをおさえた場所で少年時代の懐かしさに浸る筆者。本当にここは台湾なのだろうか、異国情緒の中に、自分が一番しっくりくる郷愁を探せる場所だ。
店内の懐かしいゲームに夢中になる菅原(林以樂Instagramより)
ふと目をやると、さらに胸が締め付けられるような本棚が。1995年の『少年ジャンプ』、手塚治虫の『火の鳥』、藤子・F・不二雄のSF短編集、『ガロ』、竹久夢二、90年代のSMAPのファンクラブ会報誌(!)など、モンキー曰くこれは彼が小さい頃から収集したコレクションで、非売品だがお店に来た人が自由に手にとって楽しむことができるように置いているそう。
買い物に疲れたら入り口付近のバーカウンターに座って美味しいビールを飲みながら休むこともできる。カウンターで販売されている、モンキーと共に店を切り盛りするLo(羅宜凡)による漫画『Boring Town』を読みながら、“ああ、いっそのことここに住みつきたい”と思ってしまった。
商品ではないがモンキー秘蔵の日本の漫画や雑誌もたくさん
オーナーのモンキーはこの日、自身のバンド「VOOID」のライブを公館駅にある《The WALL》で行うとのことで、店に置いてある機材をピックアップしていた。そう、《PAR STORE》にはモンキー自前の機材やライブを行うためのPA環境が整えてあり、週末に不定期でインストア・イベントが楽しめる。ブッキングを担当しているのは主に「傷心欲絶」のギター、King Kongで、モンキー曰く「誰が今面白いとか、最新の音楽の情報は彼が一番わかってる」とのこと。
オープンから今までの間に、アメリカで作曲を学んだ台湾人ビートメイカー「Linion」、ネオアコ風のメロディを爆発的なバンド・サウンドで奏でる「海豚刑警」、ソウル、ジャズ、アンビエント、シューゲイザー、ノイズ等の多種多様な音楽要素をふくんだ「林以樂」のアクトをはじめとして、たくさんの台湾ミュージシャンがライブを行った。近いうち、日本のミュージシャンのライブもここで観れることができるだろう。楽しみだ。
台北にはたくさんのレコード・ショップや書店があり、日本でもカルチャー系の雑誌で特集が組まれるなど注目を浴びているが、モンキーが特にリスペクトしているショップはどこかと聞いてみた。まず最初に名前が挙がったのは、やはり《WAITING ROOM》。理由は「いつもカッコいいから」。黒縁メガネの愛すべきキャラクター、Ablueら数人で運営しているこの店は、今や世界中からカルチャー・スポットとして注目されている。人気店になってもずっとブレない姿勢、DIY精神と独自のセンスが、いつまでもリスペクトされる所以だろう。
モンキーおすすめのショップ《WAITING ROOM》を訪ねた菅原
次に挙がったのは《荒花書店 Wild Flowers Bookstore》。世界中から集められたアート系のジン、シルクスクリーン作品、一風変わった雑貨が並ぶ美しい書店だ。書店とカフェ、ギャラリーが一体となった《朋丁 Pon Ding》も素晴らしいとのこと。ここは良質な写真集が充実していて、時間がいくらあっても足りない場所。
モンキーは長いこと、友人たちの遊び場《WAITING ROOM》や《荒花書店》のあるこのエリアに自分の理想のスペースを作ろうと考えていたが、理想の物件になかなか出会えなかった。しかしある日、たまたま道端で散歩中に友人のバンド「RAMDON」のメンバーと、彼の店がクローズするタイミングで再会し、この場所を引き継がないかと声をかけてもらい、今に至ったそうだ。このように、オープンのきっかけは「偶然だった」と笑顔で語るモンキーだが、みんなの「身近なヒーロー」はきっと、自らの強い眼差しと理想をもってその運命を引き寄せたに違いない。
《PAR STORE》の店内にて。洪申豪(モンキー)と菅原慎一
PAR STORE
台北市大同區赤峰街3巷1號B1
No. 1號, Lane 3, Chifeng Street, Datong District, Taipei City, Taiwan
https://www.instagram.com/par_store
営業時間: 14:00~22:00
■菅原慎一 Instagram
https://www.instagram.com/sugawarashinichi
■シャムキャッツ Official Site
http://siamesecats.jp/
Text By Shinichi Sugawara