FEATURES : 27 April 2018

Loyle Carner

Capacity Brought By Drift Of Identity 〜 Warm New Sensitivity Of Loyle Carner With No Area Or Scene On The Back

By Nami Igusa

FEATURES : 27 April 2018

Loyle Carner

Capacity Brought By Drift Of Identity 〜 Warm New Sensitivity Of Loyle Carner With No Area Or Scene On The Back

By Nami Igusa

初来日決定! アイデンティティの漂泊のもたらす包容力~エリアもシーンも背負わない、ロイル・カーナーの温かな新しい感性

2018.5.17(Thu)渋谷WWWにて初来日公演

ロイル・カーナーを初めて聴いて、イギリスの新進気鋭のラッパーだと即座にイメージするのは至難の業かもしれない。なにせ彼の楽曲は、現行のラップ・ミュージック・シーンのそれとは別の次元に存在しているのだ。サウス・ロンドン出身と言ったって、今イギリスのラップ・ミュージックを盛り上げているグライムとは明らかに違うし、他方トラップをはじめとするアメリカの現行シーンに直結しているかというと、そうでもない。にもかかわらず、昨年初頭にリリースされたデビュー・アルバム『イエスタデイズ・ゴーン』は数多くのメディアの年間ベストに軒並み選出され、ビッグ・アーティストたち、そしてグライム・アーティストのストームジーをも押さえ今年の《NMEアウォード》でブリティッシュ・ソロ・アーティスト賞を受賞するなど、今のラップ・ミュージックを見渡す上で無視することのできない存在にもなりつつある。そんな不思議なポジションに置かれているロイル・カーナーについてただ一つはっきり言えるのは、彼の音楽は特定のシーンや地域をレペゼンする性格のものではないということであり、しかしだからこそ包容力に溢れているということだ。

小さな頃からグライムを通じてラップを体得してきたロイル・カーナー。だが、彼の出自は必ずしもストリート・シーンではない。低く芯の通った声で繰り出される引き締まったフロウに知的な冷静さをも感じさせる彼はそもそも、ブリット・スクールで演劇を学んだ英才。ちなみにブリット・スクールでの同級生にはキング・クルールもいるという。シェイクスピアもこよなく愛する彼は、言葉によるアートの一つとしてラップを選んだというわけだ。

ルーツ・マヌーヴァをはじめイギリスのヒップホップも好きなのだそうだが、彼のルーツは自国だけに縛られているわけでもない。ファースト・アルバム『イエスタデイズ・ゴーン』のジャジーかつ、ヴィンテージ感のある音作りに強く想起させられるのはやはり、デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストといったネイティブ・タン界隈とその後継者たちだ。生っぽい質感で煙たく、それでいて音圧の抑えられたスムースなトラックが、まずはとにかく耳に心地よい。特に32分の拍も混じった有機的なリズム・トラックはJ ディラ直系のスタイルだ。さらに言ってしまえば、その延長線上としてのネオ・ソウルが、ディアンジェロの『ブラック・メサイア』(2014年)を契機にその再評価を得た今ならではの楽曲、と言うこともできるかもしれない。

だが彼の楽曲は、さらにそれ以上の広がりも感じさせるのが面白いところだ。それは時折ロック的な要素を垣間見せるところが大きい。例えば、先人へのリスペクトを込めた「ノーCD」では、意外なことにレッド・ツェッペリンとジミ・ヘンドリクスの名前も挙げている。それを象徴するようにこの曲で最も耳に残るのは、まるでハードロックのような、とも言えそうなオールド・スタイルのロックテイストのギターやベースのフレーズだ。もちろんこうした要素が直接的には感じられない楽曲も多いものの、メロディアスなフレーズはほとんどの曲で聴くことができる。ヒップホップに明るくなくともトラックだけで十分楽しめるポップネスが貫かれているのだ。

国や時代、ジャンルも混ざり合ったこうした音楽性は、彼が白人と黒人のハーフであることも影響しているのかもしれない。ただ、同時に彼は「白人には“黒人だ”と言われ、黒人には“白人だ”と言われてきた」*。だから彼の人生は「そのどちらでもなく、どちらでもある」という感覚と常に隣り合わせでもある。また彼がカミングアウトしているADHD、ディスレクシアという側面…それら全てをひっくるめて、“自分は周りと違う”という戸惑いを抱いてきたことも想像に難くない。

そんな彼の不確かに漂うアイデンティティの寄る辺こそ、家族であり友人なのだろう。彼の母と弟も白人だが(父と継父は他界)、そんなことは関係なくただただ母の息子であること、自分が何者であれそばにいてくれる友人や弟がいることーーその事実そのものが彼を規定している。それは、前作において、家族や友人との会話で曲をつなぎ合わせ、亡くなった継父の遺した曲に母の歌を重ねた素朴な曲を最終曲に収め、そして彼らに囲まれた自分の写真をジャケットに用いていることが、何よりも雄弁に物語る。そんなごく身近な者達から受け取る肯定感が、彼の“自己の不確かさ”をポジティブなパワーに反転させているに違いない。

だからこそ、彼は近視眼的な枠組みを自由に飛び越え、さらにそれらを呑み込んでしまう包容力を持ち得ているのだ。楽曲についてはすでに述べてきた通りだが、他にも、MVに目を向ければ、料理をしたり赤ん坊を抱くという慣習的に“女性的”と捉えれてきた行為をあえて自ら表現して見せたりもしている。彼のこうした“枠”をするりと抜け出ていく自由さは、自らがそうであるように、紋切り型の枠に収まりきらない他者をもしっかり受けとめることのできる優しさへも繋がっている。アイコニックな存在としてなにかをレペゼンするわけでもない、ごく普通のTシャツ・ジーパン姿で彼が繰り出す抑揚の少ない朴訥としたラップには、他を煽り立てるような強烈さはない。むしろ人間味溢れる温もりを私達に与えてくれるのだ。

自らの属するシーンや地域あるいは環境を背負い、時に他を攻撃することもあるヒップホップにとって、そんなロイル・カーナーの感性は異端かもしれない。だがその彼が今注目を浴びていることこそ、その感性が今まさに世に希求され始めていることの証左なのではないだろうか。(井草七海)

■amazon商品ページはこちら

◾️Loyle Carner 来日公演情報
http://ynos.tv/hostessclub/schedule/20180517.html

◾️Hostess Entertainment HP内アーティスト情報
http://hostess.co.jp/artists/loylecarner/

◾️Loyle Carner OFFICIAL SITE
http://loylecarner.com/

Text By Nami Igusa


Loyle Carner

Yesterday’s Gone

LABEL : Virgin EMI UK / Hostess
CAT.No : HSU-10186
RELEASE DATE : 2018.04.04
PRICE : ¥2,400 + TAX


MORE FEATURES

  • INTERVIEWS : 17 September 2019

    川本真琴&山本精一

    対談:川本真琴 × 山本精一
    「いろいろな曲がたくさん聴ける雑誌のようなアルバムにしたかった」

    By Shino Okamura

    悪いけど私はデビューした時から川本真琴のファンだ。だからわかる。彼女は決して衝動だけのアーティストなんかじゃないってことが。 それに気づいたのは、もう今から20年くらい前、彼女の正式なライヴとしてはお

  • INTERVIEWS : 16 September 2019

    Give me little more / MARKING RECORDS

    感度の高いショップが密集する城下町・松本のインディー文化
    カギを握る2軒の人気ショップ店主に訊く

    By Dreamy Deka

    サブスクリプション・サービスの普及と巨大フェスの定着によって、ぱっと見では隆盛を極めているようにも見える音楽シーン。洋楽・邦楽のメインストリームが盛り上がるのはもちろん素晴らしいことだけど、クラウドサ

  • FEATURES : 13 September 2019

    Belle And Sebastian

    映画と漫画と音楽から届いた手紙、私たちが過去を物語る理由

    By Koki Kato

    2020年公開予定の映画『Days Of The Bagnold Summer』のサウンドトラックがベル・アンド・セバスチャンの新作だという。誰かの過去について描くことで完成した新作、というべきだろう

  • BEST TRACKS OF THE MONTH : 08 September 2019

    Foals / Thom Yorke / Flea / Tohji / Alessia Cara / DIIV / The 1975 / South Penguin / Spinning Coin / First Aid Kit / Konradsen / 折坂悠太 / Oliver Tree

    BEST TRACKS OF THE MONTH – August, 2019

    By Hitoshi Abe / Si_Aerts / Sayuki Yoshida / Dreamy Deka / Shino Okamura / Kei Sugiyama / Daiki Takaku / Koki Kato / Hiroko Aizawa / Eri Mokutani

    The 1975 – 「People」 スタイリッシュでポップ、現代社会をクールに、かつ痛烈に切り裂くメッセージ性の強い歌詞、どこをとっても今最強で最高のロック・バントの一つであるThe

  • BRINGING THE PAST TO THE FUTURE : 06 September 2019

    Music From Temple

    〈プログレッシヴ〉の捨象したものが蘇る
    83年福岡産自主制作プログレを聴く

    By Yuji Shibasaki

    これまで一般にというと、テクニカルな演奏、複雑な楽曲構成、壮大で主情的なメロディーといった要素ばかりが取り沙汰されてきたきらいがある。それを抽出することをもってとして(一部カンタベリー系やジャーマン・

  • FEATURES : 04 September 2019

    Bon Iver

    バラバラになった何かをつなぐ最後の希望
    ROTH BART BARON三船雅也が綴る『i, i』に向けられたどうしようもなく美しい物語

    By Masaya Mifune

    ボン・イヴェール『i, i』に寄せて—— “これは1人のアメリカ人の男が絶望と孤独の淵から回復し、戻ってくる物語だった” 美しい自然と、黒く清んだ川がある。ウィスコンシン、オークレア。ジョン・プライン

  • FEATURES : 03 September 2019

    Jay Som

    Jay Som『Anak Ko』から考える、アジアン・アメリカン女性による”私たちの音楽”としてのギター・ミュージック

    By Nami Igusa

    90年代のオルタナ・ロックというのはある種、サウンドの荒っぽさゆえ、雄々しいイメージとは不可分であることは否定できない。いや、もちろん、ピクシーズのキム・ディールやソニック・ユースのキム・ゴードンとい

  • FEATURES : 01 September 2019

    Blindspotting

    映画『ブラインドスポッティング』が教えてくれる、“盲点をなくすことはできない”というスタート地点

    By Daiki Takaku

    “信念バイアス”、“行為者・観察者バイアス”a.k.a.”責任転嫁ゲーム”、そして“ルビンの壺”。主人公コリンと、そのドレッドを編む元彼女ヴァルとの会話(心理学用語の暗記中)で登場するこれらの言葉は本