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初来日決定! アイデンティティの漂泊のもたらす包容力~エリアもシーンも背負わない、ロイル・カーナーの温かな新しい感性

27 April 2018 | By Nami Igusa

ロイル・カーナーを初めて聴いて、イギリスの新進気鋭のラッパーだと即座にイメージするのは至難の業かもしれない。なにせ彼の楽曲は、現行のラップ・ミュージック・シーンのそれとは別の次元に存在しているのだ。サウス・ロンドン出身と言ったって、今イギリスのラップ・ミュージックを盛り上げているグライムとは明らかに違うし、他方トラップをはじめとするアメリカの現行シーンに直結しているかというと、そうでもない。にもかかわらず、昨年初頭にリリースされたデビュー・アルバム『イエスタデイズ・ゴーン』は数多くのメディアの年間ベストに軒並み選出され、ビッグ・アーティストたち、そしてグライム・アーティストのストームジーをも押さえ今年の《NMEアウォード》でブリティッシュ・ソロ・アーティスト賞を受賞するなど、今のラップ・ミュージックを見渡す上で無視することのできない存在にもなりつつある。そんな不思議なポジションに置かれているロイル・カーナーについてただ一つはっきり言えるのは、彼の音楽は特定のシーンや地域をレペゼンする性格のものではないということであり、しかしだからこそ包容力に溢れているということだ。

小さな頃からグライムを通じてラップを体得してきたロイル・カーナー。だが、彼の出自は必ずしもストリート・シーンではない。低く芯の通った声で繰り出される引き締まったフロウに知的な冷静さをも感じさせる彼はそもそも、ブリット・スクールで演劇を学んだ英才。ちなみにブリット・スクールでの同級生にはキング・クルールもいるという。シェイクスピアもこよなく愛する彼は、言葉によるアートの一つとしてラップを選んだというわけだ。

ルーツ・マヌーヴァをはじめイギリスのヒップホップも好きなのだそうだが、彼のルーツは自国だけに縛られているわけでもない。ファースト・アルバム『イエスタデイズ・ゴーン』のジャジーかつ、ヴィンテージ感のある音作りに強く想起させられるのはやはり、デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストといったネイティブ・タン界隈とその後継者たちだ。生っぽい質感で煙たく、それでいて音圧の抑えられたスムースなトラックが、まずはとにかく耳に心地よい。特に32分の拍も混じった有機的なリズム・トラックはJ ディラ直系のスタイルだ。さらに言ってしまえば、その延長線上としてのネオ・ソウルが、ディアンジェロの『ブラック・メサイア』(2014年)を契機にその再評価を得た今ならではの楽曲、と言うこともできるかもしれない。

だが彼の楽曲は、さらにそれ以上の広がりも感じさせるのが面白いところだ。それは時折ロック的な要素を垣間見せるところが大きい。例えば、先人へのリスペクトを込めた「ノーCD」では、意外なことにレッド・ツェッペリンとジミ・ヘンドリクスの名前も挙げている。それを象徴するようにこの曲で最も耳に残るのは、まるでハードロックのような、とも言えそうなオールド・スタイルのロックテイストのギターやベースのフレーズだ。もちろんこうした要素が直接的には感じられない楽曲も多いものの、メロディアスなフレーズはほとんどの曲で聴くことができる。ヒップホップに明るくなくともトラックだけで十分楽しめるポップネスが貫かれているのだ。

国や時代、ジャンルも混ざり合ったこうした音楽性は、彼が白人と黒人のハーフであることも影響しているのかもしれない。ただ、同時に彼は「白人には“黒人だ”と言われ、黒人には“白人だ”と言われてきた」*。だから彼の人生は「そのどちらでもなく、どちらでもある」という感覚と常に隣り合わせでもある。また彼がカミングアウトしているADHD、ディスレクシアという側面…それら全てをひっくるめて、“自分は周りと違う”という戸惑いを抱いてきたことも想像に難くない。

そんな彼の不確かに漂うアイデンティティの寄る辺こそ、家族であり友人なのだろう。彼の母と弟も白人だが(父と継父は他界)、そんなことは関係なくただただ母の息子であること、自分が何者であれそばにいてくれる友人や弟がいることーーその事実そのものが彼を規定している。それは、前作において、家族や友人との会話で曲をつなぎ合わせ、亡くなった継父の遺した曲に母の歌を重ねた素朴な曲を最終曲に収め、そして彼らに囲まれた自分の写真をジャケットに用いていることが、何よりも雄弁に物語る。そんなごく身近な者達から受け取る肯定感が、彼の“自己の不確かさ”をポジティブなパワーに反転させているに違いない。

だからこそ、彼は近視眼的な枠組みを自由に飛び越え、さらにそれらを呑み込んでしまう包容力を持ち得ているのだ。楽曲についてはすでに述べてきた通りだが、他にも、MVに目を向ければ、料理をしたり赤ん坊を抱くという慣習的に“女性的”と捉えれてきた行為をあえて自ら表現して見せたりもしている。彼のこうした“枠”をするりと抜け出ていく自由さは、自らがそうであるように、紋切り型の枠に収まりきらない他者をもしっかり受けとめることのできる優しさへも繋がっている。アイコニックな存在としてなにかをレペゼンするわけでもない、ごく普通のTシャツ・ジーパン姿で彼が繰り出す抑揚の少ない朴訥としたラップには、他を煽り立てるような強烈さはない。むしろ人間味溢れる温もりを私達に与えてくれるのだ。

自らの属するシーンや地域あるいは環境を背負い、時に他を攻撃することもあるヒップホップにとって、そんなロイル・カーナーの感性は異端かもしれない。だがその彼が今注目を浴びていることこそ、その感性が今まさに世に希求され始めていることの証左なのではないだろうか。(井草七海)

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◾️Loyle Carner 来日公演情報
http://ynos.tv/hostessclub/schedule/20180517.html

◾️Hostess Entertainment HP内アーティスト情報
http://hostess.co.jp/artists/loylecarner/

◾️Loyle Carner OFFICIAL SITE
http://loylecarner.com/

Text By Nami Igusa


Loyle Carner

Yesterday’s Gone

LABEL : Virgin EMI UK / Hostess
CAT.No : HSU-10186
RELEASE DATE : 2018.04.04
PRICE : ¥2,400 + TAX

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