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初来日公演間近&フジロック出演!アメリカ・テキサス発、時代と地域を軽々と飛び越えるバンド=Khruangbin(クルアンビン)の摩訶不思議な面白さと新しさとは?

19 March 2019 | By Nami Igusa / Koki Kato

まもなく初来日ツアーが始まるアメリカはテキサスのクルアンビン。近年、世界的に見てもアジア・カルチャーへの注目が散見されるように、ヒューストン出身のLaura Lee ( Bass )、Mark Speer ( Guitar )、D.J. ( Drums )の3人によって結成、2015年にメロウ・グルーヴの人気レーベル《Night Time Stories》から最初のアルバム『The Universe Smiles Upon You』をリリースしたこの3ピース・バンドも、背後に60~70年代のタイ・ファンクや東南アジアのポップ・ミュージックの影響を感じさせる特有のゆるいエキゾチシズムが魅力だ。けれど、そもそも一体彼らをどう楽しんでいいのかまだまだ知らない人も少なくない。そこで、東京公演のチケットをいち早く確保したという《TURN》井草七海と加藤孔紀が彼らクルアンビンの摩訶不思議な魅力と、その背後にある音楽性の解釈を探ってみた。来日公演の前にぜひ一読してもらいたい。(トップ写真:Mary Kang)

対談:井草七海×加藤孔紀
構成:岡村詩野

Khruangbin – Maria También (Official Video)

井草:もう間もなくになりますが、アメリカ・テキサス州出身の3人組バンド=クルアンビンが初来日しますね。3月21日(祝・木)に大阪、3月22日(金)に東京で単独公演がありまして、夏にはフジロックへの出演で再来日が決まっています。今回の単独公演は即完で、特に東京は同日2回目の公演が急遽決定。チケットはプレミア化していて、観客の熱量も高いだろうと予想しています。我々2人もかなり前に慌ててチケットを取りましたね!

タイ・ファンクやアジアの音楽を影響源とした、ちょっと変わったメロウなファンク・バンドとして注目を集めてきている彼らですが、そもそもまず加藤さんがクルアンビンに興味を持ったきっかけを教えてください。

加藤:周りで「クルアンビンやばい!」と言っている人が去年の夏くらいから増えてきて、聴いてみました。調べてみたらbonoboが推してる、という。そこも興味を持ったきっかけでした。

井草:直近作であるセカンド・アルバム『コン・トード・エル・ムンド』のリリースは去年の1月でした。私はちょうどそのころにラジオで耳にしたのがきっかけです。一聴した感じ、確かにグルーヴィーでかっこいいなと思いましたし、「タイ・ファンクに影響を受けているってなんぞ?!」という驚きもあり、すごく惹かれたのですが、一方で最初は、アメリカのバンドとしてどういうポジションにいるのか、正直すぐには掴めなかったです。そして、ファーザー・ジョン・ミスティ(以下、FJM)のツアーのオープニング・アクトをやったという経歴もあって、ますますよくわからなくなりました(笑)。

加藤:そうそう、bonoboもFJMも彼らのどこに魅かれたのか気になりました。彼らとクルアンビンの音楽性は異なるものだし。ただ、bonoboであればDJもやっているからディグるような感覚でフックアップしたのかなと想像しましたし、FJMに関して言えばやっぱりギターのブルージーな感覚というか、その辺は共鳴したのかなと思いました。

井草:なるほど。言われてみれば確かにブルージーですね! FJMに関しては、ジョシュ・ティルマン本人というより“ファーザー・ジョン・ミスティ”というキャラクター自体にサイケ感があるので、そこに共鳴した部分もあったのかもしれません(笑)。

アメリカのバンドとして考えてみると、異文化のビートを取り入れたグルーヴを志向したという点で、個人的にはトーキング・ヘッズが思い浮かんだりしました。ただ、彼らが取り入れていたのはアフロ・ビートなので、クルアンビンのアジア志向の視点っていうのはそれとはだいぶ違うなとも感じます。クルアンビンの楽曲は、ノスタルジックな香りもしますが、そういう意味では「新しいな!」と思いました。

加藤:クルアンビンを聴いてまず初めに思ったのは、彼らの代名詞である“タイ・ファンク”は彼らがトーキング・ヘッズやポール・サイモンのように異国のビートを自身の音楽に単に取り入れたのか、またはライ・クーダーやクアンティックのように(異国のミュージシャンをメンバーにするなどして忠実に)異国のビートに近づこうとしたのか、どっちなんだろうということでした。そもそも、その時はまだ「タイ・ファンクとは?」という定義が自分の中で明確じゃなかったこともあって、どっちなんだろうと考え始めました。

あと、「タイの音楽はワールド・ミュージックに入らない」と聞いたことがあって。「ワールド・ミュージックの定義は植民地化されたことがあるか否かということ、そういう意味でタイは植民地になったことがなく、ワールド・ミュージックには該当しない」と。タイの音楽をどういう音楽、ジャンルとして捉えるか分からなかったこともあって情報がキャッチできていなかった。それもあってタイ・ファンクのイメージが自分の中で、はっきりしていなかったんだと思います。だけど、知らなかったこそ興味が沸いたという点で、「新しい! 面白そう!」と感じていました。

井草:“タイ・ファンク”は確かに明確な定義づけは難しいカテゴリだと思いますが、一般的に言われている説明をすると、60〜70年代ごろにタイで盛んだった音楽で、タイの大衆音楽=ルークトゥンや、イサーン地方の伝統音楽のモーラムに、当時のファンク、ソウルなどのブラック・ミュージックの要素が流れ込んでできたものとされてます。なので、そういう出自を考えても純粋なワールド・ミュージックとは少し毛色が違うのかもしれないですね。

Teun-Jai Boon Praraksa – Ha Fang Kheng Kan

井草:さっきの加藤さんの話の、異国のビートを自身の音楽に単に取り入れたのか、異国のビートに近づこうとしたのか、という話に戻ると、今言ったみたいに、よく考えると必ずしもタイ・ファンクって異国のビートとも言い切れないんですね。むしろ、欧米のビートがアジアのローカルな音楽と混ざって出来上がってできたものだと思われるので、アメリカのバンドであるクルアンビンにとっては、自国の音楽にタイ・ファンクを取り入れるということは、言ってみれば逆輸入的な解釈になるのだと思います。

そういう視点で考えると、彼らのその感覚は、例えばデヴェンドラ・バンハートらの細野晴臣に対する感覚に似ているようにも感じました。また、これは少し違うかもしれませんが『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Enviromentsl & New Age Music, 1980 – 1990』を初め、米《Light In The Attic》からリリースが続いているような日本の70〜80年代の音楽の掘り起こしとも、視点やアティテュードとしては似ているのかな、とも。

加藤:細野さん自身は元を辿れば欧米の音楽から影響を受けながら音楽を構築してきた。けれど、デヴェンドラであったり、もしくは(カナダ出身の)マック・デマルコなんかにとっては純粋に“細野の音楽”という新しい音楽に写ったんだろうなと思います。彼らにとっては、逆輸入品のほうが面白かったんだと想像します。それと似たようなことがクルアンビンのメンバー、仲間内でも起こった。と言うのも、バンド内では、ドラマーのドナルド・ジョンソンがタイ・ファンクをディグしていくのに一役買ってたみたいなんです。彼は「カセットからタイ・ファンクを知った」と語っていて、どういうことかと思っていたら、タイのカセット音源を紹介しているブログから発想を得ていたと言っていて。

井草:確かにそうみたいですね。色々なカセットテープを聴く中で、彼らのフィーリングにあったのがタイ・ファンクで、そこからバンドのイメージが膨らんでいったのだと。

加藤:細野さんはYMOで世界的な認知があって、比較的欧米の人にとってもたどり着きやすいミュージシャンと言える。一方、タイ・ファンクをはじめとしたアジアの音楽など、まだ広く知られていない音楽については、昨今、ウェブ上での視聴環境が整いSNSやブログなどを通して情報発信する人が増えたからこそ、クルアンビンのようなバンドが生まれるきっかけにもなったと思います。前述のようなWEBを介して異国の音楽との出会いがあったことを考えると、クルアンビンってすごく今っぽいバンドな気がします。バンドのインスピレーションや成立のあり方自体が、《Light In The Attic》などによる、日本の70〜80年代の音楽の掘り起こしとも共通するなと感じています。

井草:ちょっと話は逸れますが、いま、欧米(特にアメリカ)でK-POPをはじめアジアのカルチャーって注目が高まっているじゃないですか。でもそれらは、純粋にアジアのものというよりは、本家本元の欧米の音楽を、身軽に取り入れて発展させてきたものが多い。一方、その本家本元の側はというと、表現が一周してしまった飽和状態で、でもなかなかその外側の音楽には手が伸びなかったという側面がある中で、身軽に外の音楽も取り込めてしまう欧米圏以外からやってきた音楽の柔軟さが、かえって新鮮に写るのかもしれませんね……あくまで推測ですが。 そういう中で、クルアンビンは、さっき指摘してもらったようなブルーズのフィーリングのような、自国の音楽性もコアには残しつつ、YouTubeやSNSの浸透が生み出したフレキシブルな感覚を持った新世代感のあるバンドだと言えるのかもしれませんね。 しかも欧米の音楽を取り入れたアジアの音楽を、その“外の音楽を身軽に取り込む”という姿勢までも含めて逆輸入してしまうという。アイデンティティが何重にも入れ子状になったバンドなんですね、クルアンビンは。

Khruangbin – Cómo Me Quieres (Official Video)

井草:レア・グルーヴというと、それこそマック・デマルコが「Chamber of Reflection」(2014年)で引用して以来、トラヴィス・スコットなんかにもサンプリングされたりと、急激に人気に火がついたセキトオ・シゲオの「ザ・ワードⅡ」の事例があったりします。当時はグルーヴ・ミュージックを意図して作られたわけではない音楽が今、違ったかたちでいま再解釈されて、バンド・ミュージックやヒップホップにまでも取り入れられているーーその文脈にクルアンビンもいるのかな、という印象があります。

ただ、クルアンビンが面白いのって、タイ・ファンクや、直近作だとイラン革命前のイランの大衆音楽などを取り入れているような、ニッチでマニアックな要素も強いのに、ここ日本でもチル・アウト〜ダンス・ミュージックとしてちゃんと広がりを見せているところだと思うんです。とはいえ、私、お恥ずかしながら如何せんクラブの現場なんかはそこまで詳しくないので、普段現場に行ったりしている加藤さんの肌感を教えて欲しいです。

加藤:レア・グルーヴ、オブスキュアな音楽を求めてる人はクラブ界隈に結構いると思います。セキトオさんはリリースされたばかりで、まだフロアで聴くという体験はないけれど、かけたい人は多いんじゃないかなと思います。7インチでリリースされたってこともそういうことを意識してのことだろうなと。ただセキトオさんにしろ、清水靖晃の率いたマライアの『うたかたの日々』(1983)然り、日本国内で広がったというより海外で評価されて日本で再評価されているという気がします。そういう意味では、このお二人も日本→海外→日本という感じで逆輸入された。そして特に近年、日本の外で評価が高まっていますよね。

ちなみに、クルアンビンのドナルド・ジョンソンはヒップホップ・グループもやっていて、タイの音楽をブレイクビーツ的にサンプリングする感覚でバンドに取り入れてるらしいです。ビートに意識的で、かつディグしてく感覚が、クラブ・シーンと共鳴する要素として元々あったとも言えそうです。

井草:なるほど。ちなみに、最近の国内のアーティストで例を挙げると、民謡クルセイダーズなんかはそれに近い受け入れられ方をしているのかな、と感じていました。土着の音楽をダンス・ミュージックとしてモダナイズして提示しているところは、クルアンビンに似ている気がしています。取り上げる音楽の対象が、外なのか、自国の中なのかの違いはありますが。あとは、VIDEOTAPEMUSIC。彼の楽曲に関しては、色々な地域や国、あるいは様々な時代の音やノイズをビデオテープの映像からサンプリングしているわけですが、DJはというと、特にアジアの異国情緒とちょっと古めかしさも漂う楽曲を積極的にかけてフロアを踊らせていますしね。だから、それがすんなり受け入れられる土壌がすでに日本にもできつつあったとは言えそうですね。

加藤:民クルが民謡にクンビアなどのラテンのビートを混ぜていく感覚って、やっぱりサンプリングやDJの選曲に近いかもって思うところがあります。実際に民クルのメンバーでDJをやっている方もいますよね。そういう意味でリスナーがついつい踊ってしまうようなラテンと民謡の融合が、意識的に作られているんだろうなと感じます。クルアンビンも単にタイの音楽を模倣しているだけではなく、体を揺らして楽しめる音楽になっている。

そして、大事なのは、バンドでやることでサンプリングにはないグルーヴが生まれるところですね。クルアンビンで言えば、ミニマルなドラムとサイケでテクニカルなギター、気だるいベースの組み合わせが、タイ・ファンクから発展した独自のスタイルをつくっている。アメリカ人がやっている音楽だから、どうしたってタイ・ファンクのネイティブなプレイにはならない。 だからこそ、まだまだ聴きなじみのないタイの音楽を自国の音楽とミックスして、かつそれでいてあの見た目ーーあの髪型見たときはラモーンズみたいなパンクバンドかと思いました(笑)ーーというような、本来遠いところにあるもの同士を半ば強引にクロスオーヴァーさせることで、ある意味ネタともとれる面白い音楽になっているんだと思いました。

井草:そうですね。さっきも話に出たみたいに、ギターにはブルーズ由来のフレージングだったり、特に彼らの出身でもあるテキサスのブルーズのフィーリングも多分に感じますし、一方で乾いたサウンドかつ細かいオカズの多いドラムには、それこそヒップホップ黎明期のネタでもあったような、ジェームス・ブラウンのようなオーセンティックなファンクネスを感じます。なので、いわゆる“エキゾチカ”と言われるジャンルとは違って、クルアンビンの音楽はそれよりもずっと自国の歴史と地続きなんだと思うんですね。

Stevie Ray Vaughan – Texas Flood (from Live at the El Mocambo)

Funky Drummer (Pt. 1 & 2)

井草:そして、いま言ってくれたみたいに、彼らの特筆すべきポイントはその独特のグルーヴですよね。ドラムはめちゃくちゃタイトですけど、ローラ・リーのベースは、ドラムのグリッドに対してかなり遅れていることが多くて…。でも別に、聴いていて気持ち悪くはない。たぶん、あえて絶妙な“遅れ”感のある場所に、置きに行っているはず。だから、実はめちゃくちゃテクニカルなのではと思うんですよね。

しかもビート全体に関しては、音符が詰まっているわけじゃなくて、やっぱりすごくミニマルですよね。クルアンビンは、ここ数年の1つのトレンドであった、音符が多くてそれらがつづまっていて…みたいなビートとは、違う流れを作っている存在でもあるように感じますね。

加藤:サイケでブルーズなギター、ヒップホップ黎明期のネタのようなブレイク・ビーツ的ファンク・ドラム、そしてタイ・ファンク。こう見ていくと、オールド・スクールな印象で、今の時代を考えたらトレンドから逸脱している部分もある。けれど、だからこそ浮いているし目立っている存在である、と。そして、あのベースは意識してあの少し遅れたプレイをしているのなら、ただ者じゃないですよね。実際にライブで観るのが楽しみです。

Khruangbin – August 10 (Live on KEXP)

■Khruangbin 来日公演情報
『Japan Tour 2019』(全公演ソールドアウト)
https://smash-jpn.com/live/?id=3027

■FUJI ROCK FESTIVAL 2019 出演決定
『FUJI ROCK FESTIVAL 2019』
https://www.fujirockfestival.com/

■Khruangbin Official Site
http://www.airkhruang.com/

■ビートインクHP内アーティスト情報
https://www.beatink.com/artists/detail.php?artist_id=1138

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Text By Nami IgusaKoki Kato

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