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裸のラリーズ “そんな心地”を探して
ある若きバンドマンの鮮烈な記憶
『拾得 ’76』発売に寄せて

11 September 2025 | By Takujuro Iwade

裸のラリーズは音楽好き、ある程度のサイケロック好きなら、もはや誰でも知っている存在だ。

再発や発掘音源のブートが大量にリリースされ、サブスクでもその音源に簡単に触れられるようになった。TSUTAYAに大量に海賊版が並んでいたのを見た時には時代が進んだのだなと思った。水谷孝氏の死後は、サブスクでのブート盤は一掃され、公式から活発にリリースされている。

少し前までは、容易に近づけない、近づくのを許してくれないような存在だったと思う。私が知った時はネットなどで情報の断片がいくつも転がっていたが、それ以前はもっと隠されていて、存在そのものが神秘的だったのではないか。いまだにその神秘性は嗅ぎ取ることができる。

バンドの音は時代が経っても永遠に変わらず、たやすく消費されるのを拒みながら、精神の深いところまで鋭い爪を伸ばす。今聴いても常軌を逸した量のフィードバックノイズが眩い光を放ち心を解放する。

私が初めて聴いたのは15〜16歳くらいだった。『ギター・マガジン』に載っていた山口冨士夫のルックスに惹かれて、村八分を聴き始め私のアングラロックへの扉は開かれた。危険な香りのする村八分だったが、その奥に裸のラリーズという文字が見え隠れしていた。《ディスクユニオン》のカタログなどで、怪しい字面が目には入っていたものの何か近づいてはならないような雰囲気を放っていた。そもそもどこにも音源がなく聴けなかった。

やっと手に入れた音源は、よど号ハイジャック犯参加の音源と書いてあって、バンド初期のセッションのようだったが、ノイズまみれなセッションはよくわからなかった。唯一理解できたポップなバンド録音も、なんだか過激なグループサウンズみたいで“これかぁ”と思いつつも、何か魔法めいた妖しい魅力があり、バンドへの興味は深まった。

ネットで調べていると『’77 Live』を一瞬だけ聴けるサイトがあり、そこで「夜、暗殺者の夜」を聴いたのを覚えている。意味深なタイトルにキャッチーなベースリフとドラム、そして妖艶さのあるヴォーカル。最初の数十秒しか聴けなかったが、その並々ならぬ空気感にこれはすぐに全部聴かなきゃダメだと思い、御茶ノ水のレンタルショップ《ジャニス》にあるという情報を得て借りた。

そしてその夜、家の前の道を歩きながらiPodで聴いた。1曲目の「Enter The Millar」のイントロのギターが、ふわりと、街灯の光と共に揺らめいた。曲は静かに盛り上がっていき気づくとギターは轟音になっていた。都会の何もない夜空に銀河の濁流が現れたかのように、私は街を押し流されていった。高校生の私にとって、夜は特別な美しいものに変わった。

それから毎日聴いた。

学校で布教したが、みんなあまり理解してくれはしなかった。音楽評論家の湯浅学氏がラリーズについて語る動画がYouTubeにあって、その中で登場した“笑いながら人をなぶり殺すような”というフレーズが仲間内で少し流行っていた。

笑いながら人をなぶり殺すのかはわからないが、俺の中で、ラリーズを聴いたことで何かが完全に変わったかもしれない。全てを飲み込むエレキギターのフィードバックノイズの、その暴力性と美しさ。スローテンポの耽美なバラードとその最高の相性。それまでの自分のブルースロック指向は終焉を迎える。程なくして私はファズを踏み大爆音ノイズギターを弾くようになった。そしてバンドでギターソロが全ての楽器よりも大きくないと気が済まない厄介な性質を持ってしまった。周りからしたら非常に迷惑な存在だったかもしれない。

ラリーズのブート盤の音源を様々な手段で手に入れた。当時はラリーズ・ブート盤リリースの全盛だったらしい。魅力的なジャケやタイトルが多かった。怪しげな海外のブログを調べてワクワクしていた。『’77 LIVE』のような音像はあまりなかった。《モダーンミュージック》の通販で手に入れた冨士夫期の『Black Rainbow』は、濃ゆい煙の中に少しブルージーな感触を持ちながら反復するのが気持ち良い。しかし当時の私には早すぎた。『2ch』で分からなかったと書くと才能ないから帰れと言われた。

弾き語りが聴ける公式リリースの『MIZUTANI -Les Rallizes Denudes』の詩情豊かな「朝の光」、ジャケがカッコいい冨士夫期の『Double Heads』の「造花の原野」、歌とソロが極端に大きく変な音像の『WILD PARTY』の「白い目覚め」など、一筋縄ではいかない音源ばかりだった。『D音源』という怪しい呼称の流出モノも、友達と一緒に変な出品者から買ったりした。

そういった全てが、謎の危ない魅力に包まれていた。

ブートのこもった音質ながらも、そこにあったであろう大爆音のギターソロを、暗い夜空に遠くの銀河を眺めるように、聴いていた。こういうギター他にもないものかと、探したがあまりこれというものはなかった。

サイケでファジーな爆音のギターロックはたくさんあったが、みんな何かちゃんと弾きすぎというか、メロディがしっかりしていたり、フレーズっぽかったり、ドラムがちゃんと聴こえていて、ギターだけで包んでくれるようなサウンドはあまりなかった。探し足りなかったのかもしれないが、今でもラリーズほど耽美なバラード、スロウな中で美しいノイズが記憶を洗い流してくれるようなものはあまりないように思う。

ラリーズのおかげで、サイケそのものに開かれた私は、クラウトロックやダブ、または声明などもサイケな気がして、聴けるようになっていた。不失者やフリージャズが聴けるようになったのも、間違いなくラリーズのおかげだ。

今、そのような記憶を反芻し終えて、改めて、裸のラリーズをじっくり聴く。

永遠に反復するリズムギターとは別に、所々でソロや何か“音”のように差し込まれるギターは、楽音的なメロディを超えていて、現象のような、炎や波を見るようなモノに近い質感がある。10代の自分も、そこに本当のサイケを感じたのかもしれない。

幾つにも重なるフィードバックノイズは、弾いている音とそれを拾った音以外にも何か全く別の空間の音が混ざっているように感じられるほど、豊かな響きがある。ギターというよりももっと大きな何かを操っているかのような演奏だ。

ライヴでノイズのような演奏を聴く時、とても良い演奏だと出している音の外側の層がパリパリと切り離されて別の音として聴こえる。ライブでは常軌を逸した爆音だったいうから、そのようなことが実際にもっと強いレベルで起きていたのかもしれない。特に『’77 Live』では、それがうまく録音され、尚且つそのような体験を追体験する装置のような音源になっていることは奇跡的なことだと思う。

また、改めて、水谷氏の歌にも耳がいく。その独特な歌唱と、ギターは、何か同じ地平にある感じがする。様々な声のニュアンスというものがあって、何か”音楽的”という枠を超えたものがある。初期の音源では、がなるような歌い方も多かったり、ジャックス などに通じる詩心とエモーション、情念がある。後期の『CITTA’ ’93』の歌には、フランス映画の中にいるような気品のある喋りのような質感がある気がする。

バンドの中心に、歌が核にあるからこそ、裸のラリーズの音楽はただの前衛的なノイズミュージックではなく、心に刺さるフォーク・ロックであり、フィードバックノイズの叙情を引き出し得たのだと思う。

「記憶は遠い」は、私がラリーズで一番好きな曲だ。『’77 Live』ヴァージョンでは最も偉大なギターソロが聴ける。記憶の中を探りながら、記憶の断片が嵐のように舞い感情の海を渡っていく、そしてそれを眺めて去っていく、そんな情景を感じる。

ギターと歌は冷たくてとても熱い。この熱を誰かと感じたいと思う。

ギターノイズの大音量が、録音のピークを越えてテープが歪む瞬間、何もかも聴こえなくなって頭が真っ白になるような心地がする。頭がおかしくなるような怖さはない。むしろ寝落ちするような、全てを忘れてしまうような、そんな快楽だ。

初めてラリーズを聴きながら夜の街をひたすら歩いた日から何年も経ったが、“そんな心地”を探して、まだずっと夜を歩いているような気がする。

⚫︎

最後になるが、今回公式リリースされる『拾得 Jittoku ’76』は、最高潮に達する『’77 LIVE』と同じメンバーによる演奏で、バンドが結成された京都のライヴ・ハウス《拾得》でのテンションの高い演奏が聴ける。ぜひ聴いてみてほしい。

文/岩出拓十郎(本日休演、フー・ドゥ・ユー・ラブ、ラブワンダーランド)



Text By Takujuro Iwade


拾得 Jittoku ’76/裸のラリーズ 発売記念パーティー Fall and Rise of Les Rallizes Dénudés Vol.6

日時:2025年9月18日(木)、9月19日(金) 開場/18:00 開演/19:00

会場:京都 拾得 (京都市上京区大宮通下立売下る菱屋町815)
Live Mix:久保田麻琴
Image:宇治晶
Photos:Aquilha Mochiduki、松本成夫、中藤毅彦、井出情児
Light:Overheads Classic + liquidbiupil
前売り券(1日):¥ 4,000(税込/ドリンク代別)
前売り券[『拾得 ’76』オリジナル・Tシャツ付き] (1日):¥ 8,000 (税込/ドリンク代別)※限定 30枚
当日券(1日):¥ 4,500(税込/ドリンク代別)
当日券[『拾得 ’76』オリジナル・Tシャツ付き](1日):¥ 8,500 (税込/ドリンク代別)
◎両日の前売り券をご予約いただいただ方に、当日会場受付にて特典として本公演の告知ポスター(A2)プレゼント

※本公演は演出上、爆音での音源再生を行い、一部フラッシュ効果のある場面や会場内で香を焚く場合がございます。予めご了承ください。
※当日、会場にて『拾得 ’76』CD/LPに加えて、『拾得 ’76』オリジナルTシャツ(税込定価:4,500円/サイズ:メンズ M/L)の販売を行います。
★制作:Fall and Rise of LRD 制作委員会/TUFF BEATS
★協力:The Last One Musique、Temporal Drift
★お問い合わせ:TEL: 03-6412-8977(TUFF BEATS)
イベント詳細
https://www.tuff-beats.com/post/jittoku76event0821

『拾得 ’76』購入はこちらから(タフビーツ公式オンラインストア)
https://www.tuff-beats.com/product-page/tbvc-0009(CD)
https://www.tuff-beats.com/product-page/tbv-0080(レコード)
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