「ジャンルは後から誰かが決めてくれる」
サウス・ロンドンから放たれるドライ・クリーニングの抑えきれない高ぶる感情
2022年11月30日、恵比寿《Liquidroom》をほぼ埋め尽くした観客の多くは、目の前で繰り広げられる演奏に対して、どう反応すればいいか考えあぐねているうちに公演が終わってしまったというように見えた。戸惑っていたわけでもなく、久々にライヴを楽しむ喜びを感じながら、自分の中で高まっていく感情を表出する術を筆者も含めて最後までわからなかったのだと思う。
そこにドライ・クリーニングのほかのバンドにはない特色と魅力を見出すことができる。ヴォーカルのフローレンス・ショウは歌うように語る、語るように歌う“シュプレヒゲザング(Sprechgesang)”と呼ばれる歌唱技法を用いている。“シュプレヒゲザング”とはドイツ語で“話す歌”という意味で、歌と語りの中間に位置する歌唱スタイルであり、スポークン・ワードに通じるところがある。ブラック・ミディやスクイッド、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、ウェット・レッグといったバンドたちもスポークン・ワード調のヴォーカルを用いるが、ドライ・クリーニングほどの強烈な個性には至っておらず、一要素として自分たちの音楽に取り入れているにすぎない。そのポスト・パンク~オルタナティヴ・ロックにカテゴライズできるサウンドと、独特の抑揚を抑えた歌唱の組み合わせに初めて接した我々の多くはただ感じ入るまま、彼らのパフォーマンスに圧倒されていたのだった。
全英初登場4位を記録したデビュー・アルバム『New Long Leg』に続く、2作目『Stumpwork』を携えての初来日公演を前日に控えた東京で、ヴォーカルもサウンドも大きな飛躍を遂げた新作について話を聞いたが、ライヴ後のインタヴューであれば、彼らに日本の観客はどう映ったのか訊いてみたかったところだ。
(取材・文/油納将志 撮影/平間杏菜)
※このほかに来日時のインタビューは『THE QUESTIONS✌️』として動画でも公開されています。
Interview with Dry Cleaning
──新作の曲作りはデビュー作の前から始まっていたそうですね。デビュー作はポスト・パンクとして捉えられましたが、新作は単一のジャンルでは括れない様々なジャンルの音楽が背景に広がっています。新作とデビュー作のふたつの作品で、自分たちの音楽性を示すことができたと考えていますか?
Tom Dowse(以下、T):自分たちの色々な側面を打ち出したいと考えていました。スタイルも重要ですが、エモーショナルな部分をどんどん表現していきたくて、その試みは実現できたと思います。やはりミュージシャンですので、常にそうしたアプローチをしていきたいんです。
Lewis Maynard(以下、L):デビュー作では基礎が築けたと考えています。その基礎があって、色々な新しい方向性に押し広げることができたんです。
──その基礎というのはバンドの結束力という意味なのか、それとも音楽性についての基礎なのでしょうか。
T:どちらとも言えると思います。音楽的な基礎も固められましたし、デビュー作が成功したことによって、自信をつけることができました。精神面でも安定するようになり、新作では制作にかける時間もさらに得られましたので、様々な意味で基礎固めが重要だったということに気付かされました。
──またエモーショナルな部分を打ち出したかったということですが、その感情を表現するために様々なジャンルの音楽を新作で提示して見せたということでしょうか。それとも、高ぶる感情をそのまま音に置き換えたら、自然にこうした幅広い音楽性になったということでしょうか。
T:後者ですね。この曲はこのジャンルの音で行こうというようにあらかじめの意識はなくて、まず感情があって、その感情に導かれるままに演奏していったんです。そうして完成した曲を聴いて、ポスト・パンクだったり、オルタナティヴ・ロックだったりと指摘されるわけですが、自分が後で聴いてもエモーショナルな曲が好きですし、やはり感情的になって放出されるエネルギーのようなものが重要だと思うんです。パンク・バンドをやろうと決めて音楽を始めるのではなく、自分は怒りを感じていて、それを表現したらパンクっぽくなったというように、ジャンルは後から誰かが決めてくれるものなのです。
──そういう意味で、デビュー作がポスト・パンクとして捉えられたということは感情が単一的ものだったのでしょうか。例えば怒りに揺り動かされて完成したとか。
Florence Shaw(以下、F):やはり、トムが言うようにポスト・パンクという括りに入れられていますが、私たち自身はポスト・パンクをやっているバンドと考えたことがありません。ジャンルについてはあまり考えませんね。でも、そう言われる理由もわかりますし、そうしたシーンが英国にはあって、デビュー作をリリースしたタイミングにポスト・パンクに通じるバンドがたくさん出てきたので、私たちもそう呼ぶのがふさわしかったのかなと思います。
T:ときおりジャンルを間違えることすらあります。音楽を聴いているとき、これは何とかだ、というようにジャンルを指摘すると、違うよと言われたり(笑)。
L:ポスト・パンクという言葉自体の意味合いも色々変わってきていますよね。15年くらい前にもポスト・パンクのリヴァイヴァルがありましたが、80年代初期の時代こそが産んだものがポスト・パンクだと思うんです。ですので、グレイス・ジョーンズもポスト・パンクであるはずなんです。
F:もちろん、ジョイ・ディヴィジョンも。
──その認識に違いがあることや、いかようにも捉えられることもドライ・クリーニングの音楽の多様性につながっていると思います。
F:おっしゃる通りだと思います。意識的ではなく、私たちはなるべくして、今の音楽を鳴らしているわけですから。
──2作続けて、ジョン・パリッシュを起用したのは? 新作の「Kwenchy Kups」や「Gary Ashby」のギターの旋律は、80年代にジョンが手がけていたインディー・ポップ・バンドを思い出させたりもしますが、彼との作業で印象に残っていることはありますか?
T:たくさんありすぎて、何から話せばいいのか(笑)。そうだ、ジョンはあまり褒めてくれるタイプのプロデューサーではないんです。最高だ! とか、今の感じいいね、とか、持ち上げるよりも、彼特有の褒め方があるんです。それもたまになんですが。「No Decent Shoes For Rain」という曲を演奏の1テイク目、彼はとてもジェントルでスラングなんかを使わないんですが、そのとき「Fxxk’in Amazing!」と叫んだんです。彼自身、久しぶりに口にしたと言っていましたね(笑)。普段は良いか悪いか、使えるか使えないかというくらいの感想なんですが、そのとき限りは感情を出していましたね。
F:やたらと褒めないので、褒めてくれたときは心から良かったんだという時なので、私たちもやった! という気分になります。ジョンはそうした人なので信頼が置けますし、バンドとしての自信にもつながっていくんです。
──レコーディングも引き続き、ウェールズのスタジオ《Rockfield》で行ったそうですね。日本でもドキュメンタリー映画(『ロックフィールド 伝説の音楽スタジオ』)が公開されて、どういう場所かが知られるようになりましたが、実際にレコーディングするとほかのスタジオと何が違うのでしょうか? また、《Rockfield》で行ったことで、何か新作にもたらしたことはありますか?
L:スタジオというと設備面でとやかく言う人がいますが、今の時代はスマートフォンでも手軽に音楽が作れてしまうので、最新の機材が揃っているとかは特に気にしていないんです。《Rockfield》は70年代から続くロックの博物館のような場所なんだとジョンは言っていましたが、まさにその通りの雰囲気なんです。PC以外は20世紀のツールが中心で、目新しいものはありません。そんなシンプルなスタジオだから気に入っていていますし、バンドにとっても合っているんですよね。
Nick Buxton(以下、N):楽器もたくさんあるわけではないですし、自分たちで持ち込まないといけない手間があるんですが、そうした制限のある中での作業は逆にクリエイティヴになるんです。ロンドンの喧騒から離れて、ウェールズの美しい自然の中でとてもリラックスしながら制作できますし、スタジオ内の敷地に宿泊できるので移動する手間もありません。隔離されているというよりは、みんなで合宿しているような感じですね。
──フローレンスのシュプレヒゲザングはドライ・クリーニングを象徴する要素のひとつで、独特の言葉の抑揚、リズム、間合いがあります。この唱法について、前作から変えたこと、進歩したことがありますか? また、ほかの3人は伴奏するときに通常のヴォーカルと何か違うことがあったりするのでしょうか?
L:色々なバンドで演奏してきましたが、ほかのヴォーカリストとは全然違いますね。フロントパーソンはなりたいと願っても、誰でもなれるわけではありません。いまひとつなフロントパーソンだと演奏を前面に押し出したりしてヴォーカルの存在を埋もれさせるという手段もありますが、フローレンスが発する言葉には強い力があり、サウンドに負けることはありません。彼女がフォーカスされて、彼女の言葉を聴きたいという人がたくさんいるので、ある意味、自分たちは後ろでサポート的に演奏することに専念することができる。自分がバンドで果たす役割も自ずとわかってきます。
T:彼女のリリックはほかのロック・バンドとは一線を画すもので、そこが彼女の言葉を聴きたいということにつながっているんでしょうね。
F:私としては意識的な変化というよりも、経験や学びを通してヴォーカルのスタイルが変わっていったというのが正しい認識だと思います。考えすぎないということですね。デビュー作ではデモと同じように歌おうとかなりがんばってトライしたんですが、今回はアルバムのレコーディングが2回目ということもあり、リラックスして臨むことができました。その日のムードや気分によって歌い方も変わっていったり。自分の能力に自信が付いたと言いますか、それまでは自分のいる空間のスペースを声で埋めていかないといけないと思い込んでいましたが、そうした強迫観念みたいなものからも解放されましたね。ですので、この新作を聴く際も、私のそうした状態を理解して聴いてもらえるとまた違った印象を抱くと思いますので、ぜひ思い浮かべながら聴いてみてください。
<了>
Text By Masashi Yuno
Photo By Anna Hirama
Dry Cleaning
Stumpwork
LABEL : 4AD / Beatink
RELEASE DATE : 2022.10.21
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