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権威に対抗する意思― トッド・ヘインズが『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』の前に完成させたかった映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

17 December 2021 | By kenji Komai

あなたはもうApple TV +で配信中のトッド・ヘインズ監督によるドキュメンタリー『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』(2021年)をご覧になっただろうか?ヘインズ監督は2018年、ジョン・ケイルやモーリン・タッカーらメンバーや関係者のインタビュー・シーンを撮り終えた後、同時進行である作品の撮影をスタートさせた。『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は、ハリウッドきっての環境活動家で主演/プロデューサーを務めるマーク・ラファロからヘインズ監督に緊急を要する作品としてオファーされた。つまり、2020年の大統選挙に間に合わせるためで、全米では2019年11月に全米公開されている。ラファロはマーベル「アベンジャーズ」シリーズでハルクを演じる一方で、天然ガスを採掘する水圧破砕法が水資源に影響するとして反対するキャンペーンや、再生可能エネルギーへの取り組みを各国首脳に求める300万人規模の署名活動の先頭に立っている。

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は、企業側の代理人を務めていた弁護士ロブ・ビロットが、大手化学企業・デュポンによるテフロン製造の過程での水質汚染隠蔽を知り、生活を汚染された住民のために弁護人となり集団訴訟を起こした実話がもとになっている。社会を動かすには企業の側にいる人間が意識を変えることも重要であり、さらに言えば、人は自らの過ちを認め、必ず変われることができる。そのことをヘインズ監督とラファロは大統領選の直前にどうしても伝えたかったのだ。映画の冒頭ではモダンな佇まいの事務所に突然やってきた農場主に「自分は企業を守る側の弁護士、化学企業の味方だ」とむげに追い払おうとしたビロットだが、彼らの窮状にショックを受け、地元の人々の声に真摯に耳を傾けるようになる。そして、当初は難色を示していた事務所の法律事務所の上司トム・タープの協力をとりつけ、事務所のスタッフを巻き込んで仕事上のクライアントの立場である大企業に対する集団訴訟へ動いていく。

かつて夜な夜な大企業の主催するパーティーに参加していたお抱え弁護士たちが、農地を汚染されたウェストバージニア州の片田舎に住む農場経営者のために努力を惜しまなくなる。都会と地方の目に見えない差別意識、それを打ち砕いて乗り越えて協力していく人間関係の構築が、この映画のもうひとつの大きなテーマと言えるだろう。法律事務所のあるオハイオ州シンシナティの保守的なムードと、原告の荒れ果てた農場のあるウェストバージニア州パーカーズバーグの寒々とした風景を対比させる秀逸な撮影は、『エデンより彼方へ』(2002年)、『キャロル』(2015年)などでヘインズ監督とタッグを組んできたエドワード・ラックマンだ。

ヘインズ監督はこれまでも、隅に追いやられた主人公が、苦悩の末に自己を発見していく過程を描いてきた。調査に乗り出したビロットは、デュポンから開示された40年にわたる資料の山を前にして頭を抱える。“内部告発者”としての疑心暗鬼とともに、孤独に苛まれならも、住民7万人の原告のために力を注ぐ。典型的なヒーローとは程遠いビロットの姿は、『ワンダーストラック』(2017年)で亡き父親を探すために家を飛び出し、クイーンズ美術館にたどり着き父の面影が記録されたニューヨークのパノラマ模型と邂逅する少年ベンや、『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』でニューヨークのアートシーンの寵児となるものの、アンディ・ウォーホルと決別し自らのソングライティングとバンドのダイナミズムに注力していくルー・リードの姿が重なる。

ほかにもカレン・カーペンターが拒食症に陥っていく過程をバービー人形を用いて描いた『Superstar: The Karen Carpenter Story』(1987年)から1998年の『ベルベット・ゴールドマイン』(グラムロック)、2007年の『アイム・ノット・ゼア』(ボブ・ディラン)まで、ヘインズ監督はポップ・カルチャーにまつわる作品を数多く撮っている。音楽や映画は規制概念の破壊であり、なんとなく居心地のいいものへの抵抗であり、弱者に寄り添うアートフォームである。ビロットの行動に胸を打たれ映画化のために奔走したラファロの熱意は、アウトサイダーやマイノリティを中心に置きアイデンティティに対する抑圧を主題に、問題意識を共有する映画作りをしてきたヘインズ監督を焚き付けたのだろう。人権を虐げられた者、社会的規範の外に置かれてしまった人、権威に対抗する個人の強い意思が、社会を動かし、壁を崩す。ヘインズ監督は全米公開時のインタビューではっきりと、これはシニシズムに対抗する映画だと宣言している。「腐敗や権力の濫用に対抗するためには、個人が力を合わせ、あらゆる手段を使って行動することが本当に必要なのだと、あらためて確認することができた。このような映画を作る絶好のタイミングだ」(駒井憲嗣)

Text By kenji Komai


『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー

監督:トッド・ヘインズ
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマンほか
配給:キノ・フィルムズ
© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

公式サイト

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