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抜けた歯が揃うとき
──黄金期の巨匠が引き出したダニー・ブラウンの新たな魅力──

22 November 2019 | By Sho Okuda

90年代、特にその前半のヒップホップを特徴づけるものの一つに、そのサウンドの“土臭さ”や“埃っぽさ”があると言ってもお叱りは受けないだろうか。サンプリングを主体としたビートにはこの時代ならではのザラザラとした質感があり、この時代をヒップホップの黄金期と捉えるファンも少なくない。電子音・金属的な音がふんだんに用いられるようになってからのヒップホップと比較すると、その音には“丸み”があると言い換えることもできよう。メインストリームのヒップホップは、良くも悪くも、それからどんどん“土臭さ”や“埃っぽさ”や“丸み”を失い洗練されていった。

時計の針を進めて、2011年。その年の3月に30歳の誕生日を迎えたダニー・ブラウンは、8月にアルバム『XXX』をリリースし、ブログ全盛の当時のヒップホップ・シーンで一気に注目を集めることとなった。すきっ歯とヘンテコな髪型という、一度目にすれば簡単に忘れることのできないインパクト大のルックス。前歯の抜けた口からは、甲高い声の支離滅裂で享楽的なラップ、そして時に知性を覗かせるパンチラインが繰り出される。『XXX』収録楽曲でいえば、例えば「I Will」は、聴く人が聴けばぎょっとしてしまうような、それでいて最高に笑えるクンニリングス賛歌だ。一方で、同作の後半には「Party All The Time」と題された、いかにもパーティー風味に思わせるタイトルの曲が配されているが、蓋を開けてみると、これは表面的な快楽を求めるあまり自分を見失ってしまう一人の少女を題材にした曲である。鋭い洞察力を感じさせる内容で、これがついさっきまで「女のアソコがクールランチ味のドリトスの匂い」などとラップしていた人物の言葉だなどとは、にわかに信じがたい。この、振れ幅の大きさとでも言うべきか、ストリートの声を代弁するハードなラップと、下品なまでに享楽的な曲とが一つの作品に同居するのが、ダニー・ブラウンの魅力である。曲の内容に応じて、ビートもオーセンティックなものからエクスペリメンタルなものまで自由に行き来している点も、見逃してはならない。この傾向は、『XXX』に続く『Old』(2013年)でも観測できる。

そんな彼の最新作『uknowhatimsayin¿』を、前述した黄金期の立役者の一人である、ア・トライブ・コールド・クエストのQ・ティップが手がけるというニュースが流れたのは、ダニーが38歳の誕生日を迎えて間もない本年3月のことであった。この組合せに驚いたファンも多いに違いないが、果たしてその仕上がりを聴いてみると、ティップが面白いほどにダニーの新たな魅力を引き出していることが分かる。

オープニング・トラックの「Change Up」で「俺は決して振り返らない、決して変わらない」とスピットしているダニー。その言葉どおり、今作でも彼は相変わらず甲高い声で面白いことを言い、時に含蓄に富むリリックを披露している。「Theme Song」の2ヴァース目終盤は、明らかなモブ・ディープの代表曲「Shook Ones, Pt. II」へのレファレンスであり、亡きOG=プロディジーへのリスペクトと、機転の効くところを見せる。「氷のようなジュエリーが水のように滴る」などと言って自らの富や地位を誇示するリリックに溢れる現代のヒップホップにおいて、「Negro Spiritual」で“microphone magician”を自称する直球具合は新鮮にも映る。その一方で、「Savage Nomad」における「俺はアバズレをLinkedInからのメールのように無視する」というパンチラインは、現代に生きるダニーならではのユニークな感性を感じさせる。

では逆に、今作でダニー・ブラウンが変わった点はどこだろうか?まずは言うまでもなく、歯と髪型だ。前歯の抜けた笑顔がトレードマークだった彼の歯は、今では生え揃い、あの奇天烈だった髪型もごく普通のボウズになった。端的に言って、ルックス的には丸くなったのだ。そして、そのルックスの変化に沿うかのように、ビートが全体的に“丸み”を帯びている。今作でも、曲の内容に応じてビートが幅広く取り揃えられている点は変わらない。JPEGMAFIAがプロデュースしRun The Jewelsをゲストに迎えた「3 Tearz」を聴けば、ウータン・クランのデビュー・アルバム『Enter The Wu-Tang: 36 Chambers』を思わせるようなB級映画感のあるサウンドが楽しめる一方で、表題曲では、かねてより相性バッチリなPaul Whiteの手がけるエクスペリメンタルなビートの上で、Obongjayarによるナイジェリア訛りのコーラスが映えている。しかし、こうした一定の振れ幅がありつつも、そこにはあの黄金期のサウンドを思わせるような、アルバムを貫くザラザラとした質感がある。これは、前作『Atrocity Exhibition』(2016年)収録のシングル「Really Doe」の、夜の街を思わせるようなギラギラしたビートと聴き比べれば対照的だ。このような“丸み”に本作のエグゼクティブ・プロデューサーであるQ・ティップが少なからず寄与していることは、想像に難くなかろう。ただ、重要なのは、彼が黄金期のサウンドを押し付けるのでなく、先に述べたようなダニー・ブラウンという素材のよさを殺していないことだ。それどころか、例えば「Dirty Laundry」の2ヴァース目のリリックはティップからのアドバイスを受けて一部変更し、その仕上がりに満足しているのだとダニーは明かしている

本稿はダニー・ブラウンの『uknowhatimsayin¿』をきっかけに90年代テイストのヒップホップが再びシーンを席巻する、などと予言するものではない。ただ、まもなく40代に突入するダニーの同作は、ブログ全盛時代以降のアーティストでも自らのアーティストリーを損ねることなく“黄金期”の要素を取り入れられること、そしてその仕上がりが懐古趣味に終始しない素晴らしいものになりうることを示す、一つの手本のように思えてならないのだ。(奧田翔)

■ビートインク内アーティストページ
https://www.beatink.com/artists/detail.php?artist_id=216

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Text By Sho Okuda


Danny Brown

uknowwhatimsayin¿

LABEL : Warp / Beatink
RELEASE DATE : 2019.11.22
■ご購入はこちら
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10519
TRACK LIST
01. Change Up
02. Theme Song
03. Dirty Laundry
04. 3 Tearz (feat. Run The Jewels)
05. Belly of The Beast (feat. Obongjayar)
06. Savage Nomad
07. Best Life
08. uknowhatimsayin¿ (feat. Obongjayar)
09. Negro Spiritual (feat. JPEGMAFIA)
10. Shine (feat. Blood Orange)
11. Combat

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