Back

愛を求める人のための“孤独”の歌
カーリー・レイ・ジェプセン『The Loneliest Time』

19 November 2022 | By Toshiya Oguma

カーリー・レイ・ジェプセンの最新アルバム『The Loneliest Time』は、これまでの経験も盛り込みつつ、新たな挑戦を通じてサウンドを拡張させている。ポップスターでありながらオルタナティヴな立ち位置を築いてきた、唯一無二の彼女だからこその意欲作。「Call Me Maybe」の世界的ブレイクからちょうど10年、そのユニークな軌跡がこうして結実したと思うと感慨深い。

もちろん、2012年最大のメガヒットとなった「Call Me Maybe」を抜きに、カーリーの歩みは語れない。ジャスティン・ビーバーに「これまで聴いたなかで最もキャッチーな曲」と言わしめ、ミレニアム世代の青春を彩り、天真爛漫なエモさと爽快な曲調は、TikTok以降のZ世代ポップソングを先取ったようでもある。

カナダ出身のカーリーは、長い下積み時代を乗り越えてきた「努力の人」だ。両親はフォーク好きで、子供の頃からジェームス・テイラー、ウィリー・ネルソン、レナード・コーエンなどを聴きながら育った。2008年のファースト『Tug Of War』はその蓄積が反映されたフォーキーな作品で、ジョン・デンバーのカヴァーも収録。少しあとには、同郷の大先輩であるジョニ・ミッチェル「Both Sides Now」も取り上げている。そんなふうに過去の音楽と接することで、ソングライターとしての土台をしっかり築いてきた。

その一方で、彼女はスパイス・ガールズの大ファンでもあり、ポップ音楽を通じて不屈のガール・パワーを体得してきた。「Call Me Maybe」も出発点はフォークだったが、そこからポップへと変貌していく過程で、「ケイティ・ペリーの中毒的なエネルギーと、マックス・マーティンの弾むようなプロダクション」からの影響が組み合わさったものに。溌剌としたボーカルと弾けたビート、溢れ出る多幸感のコンビネーションは、カーリーのシグネチャーとなる。

この曲が生まれた当時は、LMFAOの「Party Rock Anthem」、リアーナとカルヴィン・ハリスの「We Found Love」など、EDMの要素をもつポップスがメインストリームを席巻しつつあった。「Call Me Maybe」を収録したセカンド・アルバム『Kiss』(2012年)もそういった時代性を反映するように、LMFAOのレッド・フーを迎えた「This Kiss」など、アグレッシヴなダンス・ポップを多数収録している。

『Kiss』は悪く言えば、メジャーの論理で作られたヒット狙いの作品。カーリーにとっても100%満足のいく内容ではなかったようだが、自分からすれば特別なアルバムだ。この破壊的なまでのキャッチーさは、パワー・ポップの極北といっても過言ではない。当時入れ込んでいたインディ・ロックより遥かに刺激的だった。

カーリーは自分のような面倒くさい音楽ファンだけでなく、同業のミュージシャンからもカルト的な支持を集めてきた。個人的に忘れがたいのは、ダン・ディーコンによる「Call Me Maybe」のカヴァー。147層ものアカペラを重ねることで声が変調していき、中盤からノイズまみれになっていく音の質感は、今でいうハイパーポップにも通じるものがあると思う。ハイパーポップといえば、カーリーが2016年にPCミュージックとコラボし、2017年にチャーリーXCXと共演したときは、すべてが繋がったように感じた。



それにカーリー自身も、オールディーズに精通するだけでなく、最新のエッジーな音楽にアンテナを張り続けている。『Kiss』が出た当時はキンブラをお気に入りに挙げ、最近のプレイリストではフレッド・アゲインやエンプレス・オブを選んだりしている。この本気の音楽愛も、彼女のキャリアを辿るうえで見逃せない。

そんな彼女が、『Kiss』制作にあたりロールモデルとしたのはロビンだった。エレクトロ・ポップを刷新した音楽性や、メジャーを離れて独立独歩のキャリアを歩む姿勢と共に、同性愛者の視点から報われない恋を歌った2010年の大名曲「Dancing On My Own」に象徴される、切なくも希望に満ちていて、打ち負かされても前進し続けるアティテュードに影響を受けたのだという。

カーリーの恋愛ソングもまた、人生の傷跡と向き合いながら、それでもハッピーにダンスさせるという、現実逃避としてのポップ・ミュージックを体現している。その作風はクィア・カルチャーからも絶大な支持を集めており、MVでの描写もあって「Call Me Maybe」がゲイ・コミュニティに歓迎されたのを契機に、早い段階からアイコンとして愛されてきた。

例えば、LGBTQアンセムとなった代表曲「Cut to the feeling」(2016年)で、カーリーは〈これは夢? それとも現実?〉と歌い始め、劇場型のクラップとコーラスで気持ちを昂らせながら、〈この感情に素直になりたい、どこまでも私を連れていって〉と強く懇願する。どこかで届かぬ恋であることを予感させつつ、歌詞とサウンドは希望に満ちたエネルギーを放つ。張り裂けそうなエモーションと、多様な愛を祝福するポジティヴィティ、この2つが彼女の音楽の根幹となっている。



カーリーにとってメインストリームでの成功は、必ずしも居心地のいいものではなかったようだ。だからこそ彼女は、さらなるヒットを狙うのではなく、自分らしさを貫きながらアーティストとして進化していく道を選んだ。

そんな彼女の信念が実ったのが、新たな船出を告げるようにサックスが吹き荒れる2015年の3作目『E•MO•TION』。80sポップを再解釈したサウンドは前作以上にエネルギッシュで、全編を貫くディスコ・フィールは、デュア・リパの『Future Nostalgia』を何年も先取ったかのよう。カーリー印のバブルガム・ポップだけでなく、ミディアム・テンポやバラードにも磨きをかけた問答無用の傑作だ。

制作陣の顔ぶれにも、コアリスナーならではの慧眼が発揮されている。前年に「Chandelier」の特大ヒットを飛ばしたシーア&グレッグ・カースティンも目を見張るが、特筆すべきはインディ・ロック人脈の起用だろう。ヴァンパイア・ウィークエンド(以下、VW)脱退前のロスタム・バトマングリを筆頭に、デヴ・ハインズ(ブラッド・オレンジ)、VWやハイムを支えるプロデューサーのアリエル・レヒトシェイドが参加。オリヴィア・ロドリゴやコナン・グレイとの仕事で近年躍進を続けるダン・ニグロも、このときはレヒトシェイドの右腕として加わっている。ロスタムは、かねてからカーリーの大ファンで、みずからコラボを名乗り出たという。当初は好きが高じてストリングスを用いることを提案したが、「Call Me Maybe」と被るので却下され、「Warm Blood」でひねりの効いたビートやボーカル・エフェクトを提供している。

かたや、プリンス風R&Bバラード「All That」の功労者であるデヴ・ハインズは、 「ポップスターがピッチフォーク推薦アーティストを搾取するつもりではないか」と警戒していたようだ。しかし、ソランジュのEP『True』(2012年)で彼のスキルに惚れ込んだカーリーがアタックを続けるうちに、ハインズも彼女の制作意欲に感服し、コラボを決心したという。カーリーは「努力の人」らしく、アルバム制作のたびに100〜200曲ものストックを必ず用意してきた。ステージ上でエンターテイナーに徹する姿勢も同様で、真のプロフェッショナル、もしくは職人肌といえるかもしれない。

2019年の4作目『Dedicated』ではコロナ禍を予見するように、リビングでのダンス・パーティーを標榜。前作で勝ち取ったサウンドの進化を推し進めつつ、オールドスクールなディスコを掘り下げ、より成熟したサウンドに到達した。緩急自在のメロウなグルーヴが冴え渡り、アダルティな洗練が際立っている。

『Dedicated』のコンセプトを体現するリード曲「Party for One」の、〈ひとりでパーティー/自分自身を愛しながら/自分のビートを取り戻す〉とセルフラヴを歌うくだりは、先述したロビン「Dancing On My Own」のオマージュ。おまけに「I’ll Be Your Girl」では、「Dancing 〜」の功労者であるパトリック・バーガーが共同プロデュースを務め、カーリーを喜ばせた。

ダフト・パンク『Random Access Memories』以降のAORといった趣もある「Want You in My Room」では、ジャック・アントノフのヴォコーダー使いが光る。彼とカーリーは付き合いが古く、初タッグは『Kiss』のボーナストラック「Sweetie」。当時のジャックは、ヒット曲「We Are Young」を放ったファン(Fun.)の一員として売り出し中で、プロデューサーとしての飛躍はもう少し後の話。キャリアの早い段階で才能を認め合った2人は親友となり、お互いの作品にたびたび参加している。

ニュー・アルバム『The Loneliest Time』は、タイトルが示すとおり内省的な作品だ。アルバム制作中に大好きな祖母が亡くなり、カーリーは生前の彼女から教わったビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルドなどの古いジャズを聴き返したという。そんなふうに自分の人生を見つめ直し、コロナ禍の孤独とも向き合いながら、彼女はのびのびとイマジネーションを広げていった。もちろん、メソメソ泣くのではなく、孤独をポジティヴに謳歌するのがカーリーの流儀だ。

「Call Me Maybe」で世に出た自身の運命を引き受けるように、彼女は以降のアルバムでも極上のバブルガム・ポップを収録し、ファンの期待に応えてきた。今作では「Surrender My Heart」や「Talking to Yourself」で、カーリーの跳ねる歌声がシンセやダンス・ビートと共に炸裂する。コーラスとベースラインが洒落ている「Bad Thing Twice」も、心地よいドライヴ感をもつ曲だ。

一方で、今作ではダウンテンポなグルーヴが、これまで以上に存在感を発揮している。その先導役となるのが、ロスタムが手がけた2つのナンバー。リード曲の「Western Wind」では、ゆったりしたコンゴのリズムとオルガンの柔らかい音色に包まれる。カントリー調のバラード「Go Find Yourself or Whatever」は、ギターの響きがとにかく絶品。フランク・オーシャン「Ivy」も手がけたロスタムらしい繊細な音色と、諦念を滲ませたカーリーの歌声に惚れ惚れしてしまう。

さらに、カーリーは相変わらずの嗅覚で、気鋭の若手プロデューサーも招集している。「Shooting Star」で起用されたSolomonophonicことジャレッド・ソロモンは、レミ・ウルフの相棒だけあり、カラフルな音処理はお手のもの。ヴォコーダーを駆使したディスコ・サウンドは、チャーリーXCXとの共振もうっすら感じる。

個人的に驚いたのが、ロンドン在住のプロデューサー、ブリオン(Bullion)ことネイサン・ジェンキンスの参加。抑制の効いたサウンドメイクは一級品で、ニルファー・ヤンヤの最新作『PAINLESS』にも携わっているが、自分としてはウェスターマン『Your Hero is Not Dead』の憂鬱なトーンが印象深い。別れた恋人に〈私を必要だと言ってほしい〉と懇願する「Far Away」では、ブリオンの奏でる音像がビターな展開を仄めかし、「Bends」では祖母を失ったカーリーの喪失感を揺れ動くトラックで表現している。

恋愛にまつわる情動をまっすぐ歌ってきた彼女には珍しく、シニカルなユーモアも用意されている。出会い系アプリで相手を弄ぶ男性とのエピソードを列挙した「Beach House」 は、曲調も相まってファニーそのもの。アルバムのテーマが「孤独」となればシリアスになりそうなところを、気取った作風には決して陥らず、「単なるポップ音楽」であることを貫く姿勢にカーリーの矜持を感じさせる。

その極め付けが、タイトル曲の「The Loneliest Time」。ある日の夜、孤独感が極まったカーリーは、「元カレの家に行こうかな」と思いつく。実際に行くことはなかったそうだが、その先を妄想するのは自由だ。古き良きSFコメディ風のMVがまた秀逸で、ベッドルームからひとっ飛びで元カレの部屋にたどり着くと、ふたりだけの世界をめざしてロケット発射。月の住人とダンスしたのち地球に帰還し、朝日を目にしながら「これは夢?」と自らに問う(もちろん夢である)。

この曲でカーリーは、自分の奥に眠っていたポテンシャルを引き出している。学生時代から熱心に取り組み、ブロードウェイでシンデレラ役を演じたほどのミュージカル愛。彼女のレパートリーでは珍しい、ヴィンテージな曲調と生音のストリングス。そして、長年のファンであるルーファス・ウェインライトとのデュエット。

同郷のルーファスは憧れの存在で、10代の頃から『Poses』を愛聴し、ソングライターを志すきっかけにもなったという。カーリーはタイトル曲の制作を進めるうち、ハーモニーにルーファス的な要素を感じ取り、本人にオファーすることを決心。彼のパートナーがカーリーのファンだったことからZoomミーティングが実現すると、そこからは例によって愛と執念で口説き落とした。ひたすら連絡しまくったという彼女のラヴレターには、ルーファスの歌詞の一節も含まれていたそうだ。「人生はゲーム、真実の愛はトロフィーだよね!」。

荘厳で気高いルーファスを、ポップでキッチュなディスコ・ワールドに引きずり込むことができるのは、世界広しといえどもカーリーしかいないだろう。彼女の明るく溌剌とした声を、ルーファスの濃厚でダークな声が引き立てる。このハーモニーはあまりにも絶品で、楽曲を何十倍も味わい深いものにしているが、それよりもルーファスを知る人たちは、来年50歳を迎える彼が宇宙人(?)とダンスしている光景に度肝を抜かれたことだろう。

もちろんカーリーは、90年代からゲイであることを公言してきたルーファスが、ゲイ・クラブで愛されたディスコのサウンドで歌うことの意味を理解しているし、MVの背景にもクィアな描写が盛り込まれている。これはセクシュアリティを問わず、誰もが経験してきたであろう失敗と後悔の歌であり、だからこそ無性に切ない。

「The Loneliest Time」の主人公ふたりは、結局どうにもならないことを半分は受け入れていると思う。それでも、美しかった瞬間の記憶が忘れられず、「もう一度やり直そう」と口にするのが人間の性というもの。カーリーはその過ちを諌めるのではなく、どうにも間違えてしまう滑稽さを祝福する。そして、どれだけ失敗しようと前に進み、愛を求める人々の背中をやさしく押し続ける。これが「孤独」に対する彼女なりの答えなのだろう。そう考えると、彼女は「Call Me Maybe」からの10年間、ずっと同じことを歌い続けてきたような気がしないでもない。

そしてこの曲には、2分50秒を過ぎたあたりに最高の15秒間が用意されている。MVでカーリーが浮かべる笑顔と、力強い宣言がもたらす希望は、これこそがポップ音楽を聴くことの醍醐味と思わずにいられない。このパートはみんな真似したくなるため、TikTokでも大いにバズった模様。彼女の愛すべき魅力が凝縮されている。

「何が起きたかというと……2人で月まで到達したのに、宇宙で迷子になってしまって(笑)。あっという間に着きすぎたのね。でも聞いて? 私はあなたのもとに帰るから、ベイビー。あなたのもとに帰るんだから!」
(小熊俊哉)

Text By Toshiya Oguma


Carly Rae Jepsen

The Loneliest Time

LABEL : School Boy / Interscope / Universal Music
RELEASE DATE : 2022.10.21


購入はこちら
Tower Records / HMV / Amazon / Apple Music

1 2 3 73