技巧と郷愁を抱くシンガー・ソングライターをみた
Cameron Winter
ライヴ・レポート
開演まで奇妙な居心地でいた。2月26日の日没過ぎ。《キリスト品川教会》グローリアチャペルの十字架はライトアップされ、すでに開演前のグッズ販売を待つファンの列ができている。現在最重要アーティストであるキャメロン・ウィンターの東京初公演が行われるのだから、そわそわするのは仕方ない。それにインディー・ロックに詳しそうな若者や往年のシンガー・ソングライターの音楽にも詳しいと思われる多層のリスナーが、教会に音楽を求めて集まる機会はなかなか無いだろう。
このレポートを読んでいる方は、彼がヴォーカルのバンド、ギースの注目度の高さを知っていると思う。前置きが長くなってしまうが、ニューヨーク・ブルックリン出身のギースは昨年『Getting Killed』をリリース以降、1年で大きく変化した。メンバー全員が生粋のニューヨーカー、『Getting Killed』の録音で初めてロサンゼルスを訪れたという話も遠く思える。彼らを取り巻く環境も人気も加速して、日本での初公演は即完売。次はどれ位のキャパシティで、ギースを観れるのかと考えを巡らせた人も多いはず。そのギースの飛躍の一翼を担ったのが、ウィンターのソロ・デビュー作『Heavy Metal』(2024年)である。今回のソロ初公演は『Heavy Metal』からの楽曲を中心に、9日のメルボルン公演で初披露された未発表曲も含まれている。
結論から言おう。キャメロン・ウィンターはシンガーとして技巧に優れてる。彼のくぐもった声質、低音が響く太い声は時にヴァン・モリソン、トム・ウェイツとトム・ヨークを融合させた感じなどと、多くのアーティストと比較されている。しかし目の前で繰り出される演奏は、クラシックの声楽を体得しているようだった。それに技巧といってもテクニックを全面に出したりはしない。むしろ彼の歌唱とピアノ演奏は極めてミニマリズムだ。ピアノと自身の声だけを使った演奏は、歌唱表現の豊富さが際立って伝わる。加えて『Heavy Metal』の楽曲アレンジは、間(休符)を積極的に生かすスタイルを取っており、余白の美を感じずにはいられない。
開演時刻どおりに登場したウィンターは、椅子を入念に調整している。ギシッ、ギシッという音が響き会場の緊張感が高まる。静かなピアノのさざ波から、1曲目の「She’s Just Been Born」が始まった。(※インターネット上では「Come Now」と呼ばれる楽曲)牧歌的な歌い回しはカントリーのよう。だが、彼が歌い出したときの声量と存在感に驚いた。ただ声が良いとか声量が大きいとかじゃない。ピアノの強弱に自身の声のヴォリュームを対比させる技量。それに緻密なビブラートを使い分けている。筆者の席から、彼の表情を確かめることはできなかったが、ゆっくりと横に体を揺らす演奏が見える。リスナーならアルバムを再生して、すぐに凄みに気づくことがあると思うが、ウィンターの歌声を初めて聴いた体験はそれと同じだ。
途中、2曲目「Try as I May」の終わりから「It All Fell in the River」が始まるまで、拍手のない2〜3秒ほどの間が生まれた。これは拍手をしなかったのではない。ウィンターのピアノから手を離す動きと日本での初演奏を尊重するファンの思いが生じた、良い戸惑いの間隔だったと思う。「Emperor in Shades」ではゆったりとした伴奏に、気持ちいいくらい一定のロングトーンが伸びていく。何度か音の響きが消えるまで、ピアノにじっと顔を近づける場面があった。彼は音を視覚的に捉えているのかもしれない。特に、中盤で演奏された「The Rolling Stones」の高音を一音だけ強迫的なほど連打してリズミカルに音域が増える展開は、目の前が色付くようにドラマティックだ。そしてなぜか、ニューヨークの先人ソングライターらの影響が感じられる。彼が納得いくまで削ぎ落としたフレーズは簡素でエッジが効いている。伴奏の動きはラモーンズのコード進行で、乾いた狂騒はテレヴィジョンがまるで《The Factory》で演奏していたらと想像するほどの胸の高鳴りもありつつ。浮かんだのは、アレン・ギンズバーグの詩の朗読で、情熱的かつグルーヴの渦巻くフロウ。底に怒りを込めていて、“p b t d k ɡ”の破裂音がいつ飛びこんでくるか分からない緊張感があったからだと思う。続く「Love Takes Miles」でもテンポの抑揚を繰り返す、酔いしれる展開が多い。彼の発声の心地よさは瞑想的であり、1966年の《The Poetry Project》を想起させたのだ。
ハイライトは「Drinking Age」だろう。テリー・キャリアー「Ordinary Joe」を思わせる切ない軽やかさで進行するのかと思っていたところを崩すのが彼である。高いキーのピアノをポーンと弾いた後、一番低い和音を両手で叩きつける。ベートーヴェンの「運命」かと思うような絶望の響きだ。しかもウィンターは3回ほどこの流れを繰り返した。そして毎回、地獄のように暗い響きが一つ残らず消えるまで猫背でピアノに近づいている。紫色の照明と相まって、彼の佇まいから音に対する執着心を垣間見た気がした。「Cancer of the Skull」では伴奏のループに吟遊詩人のような声が乗る。この曲での声の揺らぎは、彼が意図的にフラットやシャープの音をズラしていると思えたほど。一方「Nina + Field of Cops」では終始一定の音程で歌っているのだから、この男はクレイジーだ。本編の最後は「$0」。“Fxxk these people”の歌詞が出た瞬間に安堵してしまうのは、綺麗なままで終わらせないユーモアを兼ね揃えているからだ。
アンコールの拍手で迎えられたウィンターは、ピアノに向かわず中央の教壇に歩いていく。私だけでなくその場に居たファンは思ったに違いない「何か始まるのか?」と。彼はただじっと教壇を覗き込んでいる。シュールな後ろ姿を5秒くらい見つめた頃、観客から笑い声が起きた。ウィンターは満足気な表情で客席を振りかえり、「見てみろよ」と言わんばかりに指をチョイチョイと動かす。まるでいたずら好きの青年だ。その後もピアノに向かうフェイントをかけては笑いを誘い、ファンと暖かなコミュニケーションを取っていた。
そして最後のアンコールに演奏したのは「Take It With You」。ぱらぱらと短調のメロディーが散っていく、儚い美しさにどこか日本の美を重ねていた。彼の奏でる旋律はどこか物悲しい音色が多く、ノスタルジーを呼び起こしたのだと思える。日本語を熱心に勉強しているウィンターは、日本のどこに惹かれているのだろうと感慨深くなる瞬間でもあった。余韻を作り出す演奏は、贔屓目かもしれないが日本の観客と相性が良いと思う。彼が次にどう動くのか、どの位置から音を出すのか、じっと見入るファンの姿に一体感を覚えたくらいだ。ああそういえば、この一筋を見つめる光景は祈りによく似ている。
濃密な約70分間をもってライヴは終了。本編でのMCは一切なく、最後に「Thank You」と挨拶をしてウィンターはステージを後にした。終演後に興奮を共有するファンの声は、気持ちいいくらい明瞭だった。キャメロン・ウィンターの再来日と次作のアルバムが待ち遠しくなる。彼はどこまでも化ける奇人だと確信するライヴをみた。今からでも注目しない理由はない。
(文/吉澤奈々 写真/Kazumichi Kokei)
Text By Nana Yoshizawa
Cameron Winter
『Heavy Metal』
LABEL : Partisan Records
RELEASE DATE : 2024.12.06
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