《Dirty Hit》のニューカマー、beabadoobeeのデビューにみる
Z世代の正直さ
新しい、いや、懐かしい? 私はタイムスリップしてしまったのだろうか? 荒涼とした歪むギター、乾いた爆音のドラム……それは今から約25〜30年前に世を席巻した、グランジやメロコアと呼ばれた音楽を思い起こすサウンドのパーツたちだ。あるいは、そのキャッチーなギターリフに着目すれば、エモ・パンクとも呼んでもいいのかもしれない。だが、それを奏でているbeabadoobee(ビーバドゥービー)こと、フィリピン生まれ、ロンドン育ちのベア・クリスティは、現在20歳。彼女が生まれる少し前に若者たちを熱狂させたそれとよく似た音楽を、彼女は奏でているのである。いや、彼女だけではない。サミア、ガス・ダパートン、そしてムラ・マサ……ロックの時代は終わった、バンド・サウンドはメインストリームから陥落したと言われて久しい中、不思議なことに、こうしたもはや懐かしいとさえ感じてしまうかつてのバンドサウンドが、ここ1年の間にポツリポツリと、聴こえ始めているようには思わないだろうか? そして、これらいくつかの突発的な“点”のように感じていた兆候は、このbeabadoobeeの登場によって、確かなものに変わりつつある。
煌びやかなバッキングギターから始まりながら、「Care, Care……」と連呼するサビでは力強い音の壁を作るその名も「Care」という曲に始まることからも本作が、ごくシンプルな、ギター/ベース/ドラム という、パンク精神を背景に持ったバンドミュージックそのものであることを告げる。一方、唸るリズムセクションに吐き出すような叫びをあげる、中盤の「Charlie Brown」は、その可愛らしいネーミングに反し、まるでニルヴァーナ。かと思えば、続く「Emo Song」~「Sorry」では、前者のタイトル通りミネラルなんかを思い起こすエモ/スクリーモを通過。後半の流れでは、スロウコア~サッドコアに寄せた楽曲を展開し、より内省の深みへ潜りながらも、サウンド的にはより穏やかな広がりを見せていく。まるで、80年代の終わりから90年代半ばにかけてのロック史をたどるような本作に、ミレニアル世代の筆者は、学生たちの屯するバンドサークルの部室から漏れ聞こえてきた音楽を聴いていた10代の後半をありありと思い出し、大いに共感さえしてしまう。
だが、そうしたかつてのサウンドとは明らかに異なる点もいくつかある。近年主流と化していた、オーバーすぎる低音、極端に軽やかなウワモノといったトラップ由来のサウンドの楽曲たちとは一線を画しつつも、ベースのただならぬ存在感の大きさ、ドラム、特にスネアの軽やかな歯切れの良さは、やはり2010年代を通過した感性を思わせる。一方でまた、ミドルレンジの厚みをシンセストリングスやデジタルサウンドで補うハイブリッド感もイマドキだ。先行リリースで度肝を抜かれた「Worth It」なんかは、The 1975の今年リリースしたアルバム『Notes On A Conditional Form』ともよく似た、ミドルの詰まった爆発力のある音作りである。いや、それもそのはず、彼女はThe 1975擁する《Dirty Hit》からのニューカマーであり、そのフロントマン、マシュー・ヒーリーを、メンターとして、また友人として慕っているのだという。
彼女がThe 1975と呼応する要素は、サウンドだけではない。マシュー・ヒーリーは最新作において、ひとりの普通の人間として、多くの人々が向き合っていることを正直にリリックに落とし込む、ということに主眼を置いていたようだが、beabadoobeeもまた本作において、自らのこれまでの人生での出来事そのものを題材に、正直にリリックを紡いでいる。思い返せば、この「正直さ、率直さ」というのは、いわゆる、Z世代と呼ばれる90年代中盤以降生まれの若きシンガー・ソングライターたちにも共通する傾向だ。先述のサミアやガス・ダパートンだって、今年リリースしているアルバムでは、とにかくシンプルでパワフルな90年代ライクなバンドサウンドの中に、ただただ素朴な自分のこれまでの人生での出来事と感情を紡ぎ出すのみ。見方を変えれば、ある種肩透かしを食らったかのように思うほど、そこに難しいイデオロギーや社会風刺は、ない。
他方、The 1975は彼らとは一回り上の世代であり、その新作の中には痛烈な社会批判も盛り込まれている点では、Z世代のソングライターたちとは、もちろん、全くイコールの存在ではない。が、おそらくZ世代には、その正直さにおいて、ロールモデルと言える存在として目に映っている、ような気がしている。つまり、こうだ。Z世代たちは、物心ついた頃からSNSを使いこなし、あまたの“個人”の声を通じて社会を捉えてきた世代だ。だからこそ、「自分」という半径3m程度の個人史を正直に吐露することが、彼女たちにとっては、なによりも腑に落ちる表現方法なのではないだろうか。そしてその正直さという点において、着飾らない、シンプルなバンドサウンドという器が、なによりもフィットするのではないだろうか。だからこそ、かつてのそれとは異なり、ソロのシンガー・ソングライターこそ、爆音バンドサウンドを欲しているのかもしれない──。
まさに、「個人的なことは政治的なこと」という言葉をそっくりそのまま体現するのが、彼女、beabadoobeeやその同性代のシンガー・ソングライターたちなのではないだろうか。これまで仮説として抱いていたその妄想は、今作を通じて、筆者の中でひとつの解として像を結んだのである。(井草七海)
Photo by Callum Harrison
Text By Nami Igusa
beabadoobee
Fake It Flowers
LABEL : Dirty Hit
RELEASE DATE : 2020.10.16
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【REVIEW】
The 1975『Notes on a Conditional Form』
http://turntokyo.com/reviews/the1975-notes-on-a-conditional-form/