「いろんな楽器が組み合わさっている音楽と比べても、
ピアノソロが特別シンプルだとは思いません」
小瀬村晶に訊いた『SEASONS』という表現
作曲家/ピアニストの小瀬村晶が《Decca Records》から、アルバム『SEASONS』をリリースした。小瀬村といえば、《1631 Recordings》主宰のLibrary Tapesやオーラヴル・アルナルズ、ハニャ・ラニなど、クラシックと他ジャンルのクロスオーヴァーしたシーンを代表する存在のひとり。いわゆるクラシックとも、アンビエントともミニマリズムともつかない彼らの音楽は、着々とリスナーの耳と興味を集めている。
近年では『朝が来る』(2020年)、『サマーゴースト』(2021年)、『やがて海へと届く』(2022年)など、映画やテレビドラマのサウンドトラックも多く手がけており、わたし自身も映画館でも小瀬村の名前を目にすることが増えた。2022年にはファッションブランド〈TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.〉のショー音楽を担当し、さらに彼の名前は多くの目へ、音楽は多くの耳へと届くようになった。
そんな八面六臂の活躍を見せる小瀬村だが、正式なソロアルバムという形態でのリリースは2017年の『In The Dark Woods』ぶりということになるだろうか。この作品以降、シングルやEP単位での散発的なリリースとそれをまとめたコンピレーション作品、そしてサウンドトラックといった活動の印象が強かっただけに、この『SEASONS』という作品はわたしに、小瀬村晶という作家と出会いなおすような感覚にさせた。今回は、パンデミック下の時期に塞いだ気持ちで、そんな散発的なリリースを楽しみにしながらひそかに考え感じていたことも含めさまざま話を聞いた。僭越ではあるが、よりたくさんの耳と心に、彼の音楽が共鳴していくきっかけになれば幸いだ。
今回は動画プログラム《TURN TV》でのQ&A方式の質問企画、「THE QUESTIONS✌️」にも答えていただいた。インタヴューとは一味違ったヴァイブスも含め、合わせて楽しんでください。
(インタヴュー・文/髙橋翔哉 撮影/平間杏菜 協力/高久大輝)
Interview with Akira Kosemura
──まず新作のことからお伺いします。『SEASONS』のテーマは日本の四季だとお聞きして、わたしはそれぞれの楽曲の和声の印象、タッチの違いなどから季節の情景を感じようとしました。以前の作品ではピアノとの環境音や電子音の混じり合い方に、楽曲ごとのニュアンスの違いを聴き取ることができた一方で、今回はピアノと1対1で向き合った時間の記録という印象があります。さながら鉛筆1本でキャンバスに向かったような作品で季節を表現するのは、小瀬村さんにとってどういう作業だったのでしょうか?
小瀬村晶(以下、小):アルバムのテーマを季節に決めたもともとのきっかけは、イギリスの《Decca Records》の人と話したときに、世界各地に点在する所属アーティストが自分の土地に根づいたものをテーマにするとどんな音楽が出てくるのか、そういうことに常々興味を持っていると聞いたことです。やっぱり僕は日本のアーティストだから、彼らからしたら外国人なんですね。自分はこれまで日本をテーマにした音楽をつくったことがなかったと気づいて、身の回りにある当たり前のものに改めて向き合ってみることにしました。それで、四季は日本の魅力の一つだし、自分も子供のときから変わりゆく季節にインスピレーションを受けていたので、一度きちんとテーマとして取り上げて音楽をつくってみるのも面白いかもしれないと思ったことから、この作品が始まりました。
もっと季節ごとにコントラストがわかりやすい音楽をつくっていく方向性ももちろんあると思うんですけど、僕の記憶にある季節はいつの間にかだんだん切り替わっていくものなんです。あるときに匂いが変わって「あ、もう夏になったんだ」って思うような、そういうところに季節の美しさを感じます。最近はちょっと日本も気候が変わってきて、そういう自然な移り変わりは感じづらくなってますけど、自分の記憶の中にある季節をテーマにしているから、イメージを呼び起こして春の匂いを感じながら春の曲を書いてみたりしました。
今回もそうなんですけど、ピアノの曲をつくるときって、曲をつくろうとしてつくるというよりは、なんとなく座って弾き始めてパッとできてしまうことが多いんです。頭で考えるより先に手が動いて曲ができるのが自分にとっては自然な形で、そういうスタイルで向き合うのが今回のコンセプトに沿っていると思って。一応頭から3曲ずつ春夏秋冬にはなってますけど、特別そんなに違いを出さないで、いつの間にか雰囲気が変わっているくらいの気持ちで季節を感じられるようにつくりました。あとアルバムを最後まで通して聴いたら終わりというよりは、一周してまた次の季節が来る、命が始まって一度終わってまた戻ってくるようなイメージです。
──大きなテーマはありつつもそれに左右されず、あくまで自分から湧き出るものや記憶の中にあるものを重視していたのでしょうか?
小:季節の曲を書くときに、例えば写真を見たり映像を観ながらつくるわけじゃなくて、あくまで自分の記憶の中にある春の風景とか印象を思い描きながら、できた曲を並べているって感じかな。
──写真や映像を観たわけではないとのことですが、周囲の環境やエピソードなどで、アルバムに影響を与えたものはなかったのでしょうか?
小:今回は最初に季節という大きなコンセプトを決めて取り組んでいるのが、いままでとは違いますね。これまでは曲をつくりながらアルバムの方向性やコンセプトを決めていくことが多かったんですけど、今回は絶対ピアノソロでやろうっていうところまで決まった状態から始めてるんです。やり方と方向性とコンセプトと手法、それらを最初に決めてから取り掛かりました。
──事前にいただいた資料によると、「表現しようとすると、それは創作になっていってしまうので、なるべく自分が空っぽの素の状態で」制作されたそうですね。意識と無意識、あるいは作為と無作為のはざまを行き来するような試みは以前の作品にもありましたか?
小:ピアノの音楽だと無意識下で曲を書くことが多いですね。コンセプトがあったとしても、頭の中で先にコード進行やメロディーを考えてからというよりは、コンセプトやイメージを頭の中でなんとなく思い描きながら、ピアノを何十分か弾いて出てきたモチーフを広げていくような曲のつくり方が多くて。
──これまで長いキャリアがありますが、無意識な状態に持っていくまでに苦労することもあるのでしょうか?
小:パッとできる日もあれば、なかなかできなくて延々ピアノを弾いてて、今日はできないなあって諦めちゃう日もあるし。
──一日かけて……?
小:一日弾くことはないですね(笑)。なんとなく弾きながら、できるときはパパパッと2、3曲できるときもあるし。
──タイミングによって違うんですね。
小:意外とそういうタイミングを気にするタイプです。なんか今日はできそうだなって思って弾くとできたりとか(笑)。今回はたまたまテーマも季節だけど、それこそ天気とか季節によって、自分の気持ちも動くときがあるじゃないですか。いい天気で風も空気も気持ちいいときは晴れやかな気分で迎えるし、雨が降っててジトジトしてる日は心も影響されやすくて実際出てくる曲もちょっと仄暗い感じだったりとか。環境的な要因には結構影響されやすいんですよね。
──小瀬村さんは映画音楽もたくさん手がけられていますし、もともと音楽に興味をもったきっかけには映画音楽の影響もあるんですよね。ここまでお話されたような季節の感覚に影響している映画はあるのでしょうか?
小:今回の作品に影響を与えた映画とかは全然なくて。でも記憶に残っている作品はもちろんあります。いまパッと思いついたのはすごく有名な映画ですけど、夏だったら久石譲さんの「Summer」という名曲で知られる『菊次郎の夏』(1999年)は印象に残っていますし、他にも夏でいえばホラー映画とか(笑)。
──自然に記憶と紐づいている感覚ですか?
小:ほかの創作物に影響を受けることがそもそもあまりなくて、僕の場合はどちらかというと季節とか自然のものに影響を受けることが多いかなと思います。風の音とか匂いとか、空気、日差しももちろんそうだし。あとはもともと公園とか森に行くのが好きだったので、そこで聞こえる音とか、鳥とか子供の声も。音楽をつくり始めた頃はレコーダーを持って行って録音して、家でそれを聞きながら編集して曲をつくっていました。
──それこそ先行曲「Fallen Flowers」についてSNSで、活動初期に近い雰囲気があるかな、小瀬村晶っぽい曲だなと仰っていました。それは言語化するとどういう部分が近いのでしょうか?
小:本当にただ、印象なんですけどね……。でもそれは自分が思う印象で、たぶんほかの人が見てるものとはまた違うと思います(笑)。この曲が好きですって言われる曲がいくつかありますが、そういう曲とは違って、自分ってもともとこういう音楽をやってる人間だよなみたいな。原点回帰じゃないけど、そういうことを感じられる雰囲気があの曲にあった気がします。桜が散るようなイメージでつくった記憶があるんですけど、そういういわゆる“ザ・日本”的な風景から曲をつくったことがなかったので、こういう機会だから改めてやりました。でも自然の風景をイメージしてつくるという意味では……最初の頃とあまり変わってないのかもしれないですね(笑)。最近になって昔の曲を久しぶりに聴いてみるとよく思います、あまり変わってないなって。
──逆にいえばこの作品が、キャリア初期の作品をリスナーに聴いてもらうきっかけになりそうですね。
小:最初のアルバム(『It’s On Everything』)がリリースされて16年経つんですけど、いま初めて聴く人は16年の経過を一瞬で聴き比べられるので、どう感じるのかちょっと気になります。
──近年の作風や作品についてですが、『88 Keys』(2021年)あたりから2分台の短い曲をシングルやEP単位で量産されていた印象です(のちに『88 Keys II』(2023年)でコンパイルされる)。わたしは個人的に、2021年後半から2022年前半ごろはかなり暗く鬱屈していたので、2分間集中して瞑想や心身を整体するのに最適なパートナーでした。頻繁にリリースされていてアートワークも個性があり、友人の絵日記を見るようで楽しかったんです。
小瀬村さん自身も、ファッションブランド〈TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.〉のショーの音楽に取り掛かる前に少し休養をとっていた時期があると別のインタビューで仰っていましたが、あの時期の散発的なリリースはご自身にとってもリハビリやセラピー的な側面があったんでしょうか?
小:それはもちろん。活動初期から自分にとって音楽はそういうもので。音楽を始めたのも体調を崩していたときで、そしたらオーストラリアのレーベル《Someone Good》が声をかけてくれて最初のアルバムをつくりました。聞いた話だと最初に輸入盤で日本に入ってきたときには500枚くらいしかつくってないんですよ。でも心身に変調をきたしてるような人たちがあの音楽を聴いてすごく感じるものがあったみたいで、パパパッと3人くらい連絡をくれた人がいたんじゃないかな。もともとのプレス数がすごく少ないから、よく出会ったなっていう(笑)。自分もまさにそういう時期につくったアルバムだったから、そう言ってくれる人がいたことで、やっぱり伝わる人には伝わるんだなと思ったのを覚えてます。周波数っていうか、自分がこういう気持ちになってるときに心地よく感じる音を無意識に選んでいくじゃないですか。そうするとピントが合えば、世界中で同じふうに感じている人たちと共鳴できるんだなって。コロナ禍でもそれは変わらなかったと思います。〈TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.〉の作品の前に体調を崩したときにも、音楽は身体と繋がっているので、自分が心地よいと思える音を常に選んでいたと思います。だからセラピー的な部分もありましたね。
──YouTubeのコメント欄にもそういった意見が多い印象です。そういうコメントもときには励みになるんでしょうか?
小:もちろん励みになります。そのためにやってるわけではないですけどね。やっぱり自分が心地いいと思える音をつくるのが、自分にとっての作曲作業なので。ただ作品を出したときに同じように感じてくれる人がいるのはすごく嬉しいし、やってる意味がありますよね。僕にとって音楽は食べることや寝ることと同じくらい当たり前にやることなので、あくまで自分のためにやってる部分が強くて、それで自分を保ってるところもあると思うんです。
──ではピアノの前に向かうことや音源制作は、心身が疲弊しているときでも可能なことなのでしょうか?
小:度合いによりますけどね。倒れちゃったときはしばらく音とか聞けないんですけど、でも回復してくると音楽を聴きたくなるし、自分でも弾くようになりますね。そうすると自然と曲が出てくる。映画音楽とかの仕事は短い時間のあいだに曲をバーってつくるんですけど、不思議とその次には曲をつくりたくなくなる時期が来るんです。しばらく休みたいなって。でも逆につくらない期間が長いと、そのあとはすぐ曲ができるというパターンがあって。間隔が空くと自然と視点がクリアになるというか、リフレッシュして音に向き合えるというか。
──では意識的にそういう時間をとることもありますか?
小:そうですね、最近はあまり闇雲に曲をつくり続けたりはしないですね。
──先ほど仰っていたように、天気とか体調とかタイミングもありますし。
小:もちろんです。
──ちょっと角度は変わりますが、いまはDAWソフトやプラグインなどデジタルな機材も性能が上がって一般化され、音楽制作自体もさまざまな制約を受けにくくなったと思います。いまでは高価なマイクやミキサーを使った豊かな音が、デフォルメされた合成音より耳を惹かないことも日常茶飯事です。小瀬村さんの作品も編曲などでデジタルな機材を活用されていると思いますが、こういう状況でピアノソロという原点に立ち戻って制作したことを、ご自身ではどのように振り返りますか?
小:僕はアコースティックの音が好きだし、しっくりくるんですよね。曲をつくるときもピアノからつくり、ピアノを弾きながら考えることが多いので。もちろんいろんな楽器を混ぜたりシンセサイザーも使ったりするし、デスクトップの中だけで完結できる音楽も知ってますけど、やっぱりそれぞれ良い面と悪い面がある。自分の音楽をつくる上で必要だと思えばいろんなものを使いますね。今回はコンセプトに対して自分がもっとも素直に忠実に向き合えるのがピアノソロだと思ったからピアノを選びましたが、テーマによって音楽のつくり方を決めるときに選択肢が多いのはすごくいいことだと思います。
──生楽器自体の豊かさのようなものは、活動初期から意識されていたんですか?
小:ピアノのことだけでいうと、表現の可能性は本当に無数にあるんです。どんなピアノを選ぶか、どこで録るか、どのマイクで録るか、もちろん弾き方もそうだし。今回はピアノの打鍵するところにフェルトを挟んでいるんですけど、そのフェルトの厚さを何ミリにするかもそうですよね。ピアノのアルバムっていうとシンプルな作品だと思う方も多いと思うんですけど、実はそんなにシンプルじゃなくて。ミックスにしてもどういうふうに音響を調整していくか、どういうアウトボードを通しているかとか、もう可能性は無数なんです。いろんな楽器が組み合わさっている音楽と比べても、ピアノソロが特別シンプルだとは思いません。
──この制作自体は、どれくらいの期間で全曲録り終えたんですか?
小:3、4か月ぐらいだったと思います、考えてる時間やエンジニアの人と相談しながら音色などを決める過程も含めて。
──今回のアルバムでは同じ一台のピアノを使い続けてるんですか?
小:そうですね。基本的に自分の名前の作品のときは、子供のころから使ってるピアノで録音することが多いです。
──最後にアートワークについてですが、Spotifyで小瀬村さんのディスコグラフィーを見返していると、写真集やレコードショップの棚を眺めているような感覚になります。小瀬村さんが『SEASONS』のフィジカルと棚の隣に並べておきたい作品を、一つか二つ選んでいただきたいです。ご自身の作品でなくても、音色に関係なく視覚的な理由だけでも構いません。
小:なんだろうなあ、難しいですね……。視覚的なイメージでいったら、真逆のものがいいんじゃないですか? なんか黒いジャケットとか……(笑)。『SEASONS』のカバーって比較的カラフルなイメージですし。
──なるほど(笑)。ちなみにこのジャケットって、正面から向き合わないとちゃんと見えないんですね。
小:そうそう。レンチキュラーって素材を使ってて。
──この素材を使うにはどのような経緯があったんですか?
小:まずこの絵はいくつかイメージを出して、高校からの同級生で一緒にレーベル《Schole Records》をやっている菊地慎くんにお願いして描いてもらいました。『SEASONS』っていうロゴの部分は、下に影で逆さの文字が。
──あ〜、確かに!
小:アートディレクターのROKKAN DESIGNさんにフォントを相談したら「音楽から光を感じるから、光を伝えるために下に影を出すのはどうですか?」という提案をもらって、ジャケットのデザインとしてあまり見たことないフォントで面白いと思ったので採用しました。ROKKAN DESIGNさんがレンチキュラーという素材を教えてくれたんです。絵をぼかしたり、2枚とか3枚の絵を混ぜて見る角度によって違う絵が見えるようにすることもできるんですよ。でも結果的にほかの絵は混ぜずに、正面からだとはっきり見えてそれ以外の角度だとぼけるようにしました。音楽も、季節は徐々に変わっていくというイメージでつくってたから、グラデーションでぼやけたりするのがいいなと思って。
──なるほど、角度によってくっきり見えるタイミングもありますね。
小:そうです。ときどき焦点が合うような感じも作品のイメージに合っていたんです。
<了>
【THE QUESTIONS✌️】Vol.8 小瀬村晶Text By Shoya Takahashi
小瀬村晶
『SEASONS』
LABEL : Decca / Universal Music
RELEASE DATE : 2023.6.30
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Tower Records / HMV / Amazon / Apple Music
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