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samlrc: Wild Beats To New Year

2025 / Ringing Bell
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プランダーフォニックス(音の略奪)という無邪気な遊び

10 February 2026 | By Ryutaro Amano

あまり日本語圏で言及されるジャンルではないものの、サンプルデリアやプランダーフォニックスと呼ばれるスタイルがある。前者はサンプル+サイケデリアの鞄語で、ざっくりと言って、デ・ラ・ソウルからジ・アヴァランチーズに至るまでのサンプルの切り貼りを中心にしたプロダクションの音楽にサイケデリアが宿ったもの。後者はジョン・オズワルドの造語で、これも「音の(phonics)略奪(plunder)」という合成語になっている。それ以前にいくらでも先行例は出てくるとはいえ、チルウェイヴからヴェイパーウェイヴに至るまでの流れを思い浮かべてもらえればいい。サンプルデリアには遊び心や無邪気さがあるが、プランダーフォニックスは意識的な海賊行為であって、政治的なニュアンスも帯びてくる。

samlrc(サムエルアールシー、と読むらしい)ことサマンサ・ロドリゲス・ダ・クルスの新作『Wild Beats to New Year』は、まさにそのサンプルデリアやプランダーフォニックスの作品だと言える。Bandcampのキャプションにはこうコメントされている。「『Micro Beats』から3年が経ち、このシリーズの3作めを作るのには最高のタイミング!/『Beats to New Year』は新年を祝う曲を集めたEPです! 基本的には、私が本当に好きな音楽のサンプルをたくさん、できるかぎり大胆にミックスしていて、制作過程はほんとうに楽しいし、自分で聴いていても楽しい。みんなにも楽しんでもらえたら嬉しいな。/2026年はニューアルバムをリリースします。もし私がまだ生きていたらね」。最後の一文に重みがあるとはいえ、サンプリングの愉楽や無邪気な姿勢がよく表れたコメントだと思う。“私のお気に入り”を好き勝手に切り張りすることほど楽しい遊びなんてないのだから。

遡って、インターネット・ミュージック・ナードたちにsamlrcが広く発見されたのは、2024年の『A Lonely Sinner』というアルバムだった。この圧倒的な傑作では、ガット・ギターの爪弾きとエレクトリック・ギターの感情的なノイズ、ヴァイオリンなど多様な楽器の多重録音とサンプルで構築的に織りあげた長大な曲が、ローファイな音響でくるまれている。それは、スワンズからザ・マイクロフォンズ、p.rosaまでの系譜を受け継いだ苛烈なポスト・ロック/フォークの最新のかたちで、2004年生まれ、リリース当時弱冠19歳のブラジル人ミュージシャンが孤独にベッドルームでつくりあげたという事実も聴き手に衝撃を与える理由のひとつだった。

カヴァー・アートに見てとれるように、ファーリー・ファンダムの住人による音楽だということも注目すべき点である。ファーリーとは日本語で言うケモナーの類似概念だが、英語圏ではそれと微妙に異なる大きな文化圏が形成されている。要するに、擬人化された動物、人間のようだが人外の存在を愛好する人々のカルチャーのことなのだが、そこからは独特の音楽も生まれているのが興味深い。たとえば、カー・シート・ヘッドレストことウィル・トレドもファーリーであることを明かしているし、グラス・ビーチのJ・マクレンドンも「puppy」などがファーリーについての曲であることを明言している。その筆頭が、孤高の多作家ヴァイレット・ポニーだ。ともあれ、samlrcは、自身が描いているケモノのイラストからして、おそらくファーリー・ファンダムに属している。

閑話休題。『A Lonely Sinner』は上に書いたような作品ではあるものの、samlrcは作品ごとにかなり幅広い音楽をやっている。2019年にリリースした最初のアルバム『Things I Made』はチープな電子音からなるゲーム音楽のようなインストゥルメンタル作品だし、翌2020年の『Things I’d Like to Forget』ではその志向性をより暗いダウンテンポの方向に推し進めている。3作めの『Sam is offline_』は曲名(「MENTAL BREAKCORE」、「Post-Sadness」、「SICK」、「Livin’ 》 Suicide Note」など)に表れているようにかなりヘヴィな作品で、グリッチーなエレクトロニカやブレイクコア、ドラムンベースなどが重々しく展開されている。そのなかでは「Hug」に片鱗があるが、『A Lonely Sinner』はこれまでの流れとまったく異なる作品ではあった。

本人のコメントにあった「シリーズ」というのは、2019年の『Basic Beats to New Year』および2022年の『Micro Beats to New Year』のことで、前述のとおりサンプルのカット&ペーストを軸にした作品である。そうはいっても、時にヒップホップっぽくなったり、時に渋谷系っぽくなったり、時にハウスっぽくなったり、時にダウンテンポっぽくなったりと、そのアプローチも多様だ。

『Wild Beats To New Year』には、これまでと同様に1、2分台の短い曲が詰めこまれている。2曲めの「New Year’s Sheep」は、(ファーリーの要素を曲名でにおわせつつ)いかにもジェイムズ・ブラウンの声のサンプリングと思しき“Hit me!”の一言で始まるJ・ディラっぽいヒップホップ・ビート。次の「Wool You Be My Friend?」と「Running……. from lust」はDJシャドウふうのくすんだブレイクビートで、全体的にそのようなジャズ・ナンバーのサンプリングを中心にしたヒップホップ・マナーが目立つ。

そういったなかで、冒頭のダンサブルなダンス・ポップ系の「Holy Sapphic」とアッパーなベース・ミュージック調の「Gloss Kisses」には、samlrcの遊び心や無邪気さが特に表れている。チップマンクな早回しのヴォーカルのループやチョップには、2000年代や2010年代の記憶が横溢していてむせかえりそうだ(そういえば、カシミア・キャットの『PRINCESS CATGIRL』のカヴァー・アートもファーリー文化圏っぽかった)。

いずれにしても、samlrcは、ここで音の略奪をめいっぱい、心が赴くままに楽しんでいる。『A Lonely Sinner』に至るまでのアルバムが重たく実存に関わる本筋であったならば、こちらは気軽なサブクエストだろう。samlrcのアルバムは、自身を曝けだし、深く掘りさげ、ストイックに制作に向きあう必要がある、と容易に予想できる。そのために、この遊戯は必要だったのだ。あのおそるべきインスタント・クラシックを超える作品が、次はリリースされるのだろうか。どうか生き延びて、新たなアルバムを届けてほしい。(天野龍太郎)

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