集中化したシーンの外縁、シリアスさとアイロニーの狭間から生まれたポストパンク
「日本!オーバーロードを楽しんでいますか?」。イングランド北部・リーズ出身のYard Actは、現地時間1月20日22時56分、デビュー・アルバム『The Overload』が本国より9時間早くリリースされる国の言語でツイートを投げかけた。ポストパンクを語る言語は、ここ数年ですっかり変容している。2019年ごろから、このジャンルの震源地はサウス・ロンドンとダブリンという2つの局所的ローカルに集中し、それによりポストパンクを語る上では、サウンドそのものは勿論だが、個々のアイデンティティやシーンにおける文脈に寄り添うことが欠かせなくなっている。だからこそローカルのシーン内には留まらず、その外側の世界に(大袈裟なくらいに)飛び越えてきたYard Actの日本語ツイートには、単なるユーモア以上の意義を感じてしまう。「俺たちは『まともな音楽』を好まない集団に属してる/聴いてこなかったから、国境の南側で、先鋭的な死に馬に鞭打つことしかできないんだ」(「Dead Horse」)。このバンドの、同世代のサウス・ロンドンのバンドへの皮肉(自己批判も含む)は剝き出しにされている。
Yard Actのジェームズ・スミスが聴き手に吹き付けるのは、リーズの音楽家である以前に、生活者としての目線を反映した詞である。「ガキどもは自分が苦労してると思ってる/俺と違って鉄の肺を知らないのに」(「The Overload」)。「俺は(ゲーム『Among Us』の裏切りプレイヤーの)インポスター/みんなと楽しいフリしてるけど、内心は全員殺してやるつもり」(「Quarantine The Sticks」)。世代間闘争、対人嫌悪といった現代的なイシューを忍ばせながら、あくまでアッパーな楽曲の上で聴かされる言葉は、シリアスになりすぎず身体的な快楽が先行する。
「抜け」とナンセンス。その点においてYard Actはサウンド面でも、カルガリーのCrack Cloudや、ストックホルムのヴァイアグラ・ボーイズに並ぶ、魅力的なバンドだ。この二者は、メンバーにサクソフォンやシンセ担当がいることで、音域に幅を持たせていた。Yard Actの場合は、生演奏の間に挿し込まれるサンプリングの声やビートがその役割を果たし、ベースの低音域に対して高音域の余白を強調している。スカスカなサンプル・ビートの音は、骨太で荒々しい演奏の中で「抜け」となっている。また、スミスが時折繰り出す素っ頓狂なヴォーカルの上ずりは、詞の皮肉っぽいユーモアを増強すると同時に、楽曲にナンセンスな印象を加えている。反復するベースラインとギターの刻み、ダンサブルなビートの上で、時にジョークを吐きかけ、時に淡々と皮肉を口角に含みながら叙述するのだ。
Yard Actの音楽には、オリジナル・ポストパンク世代の音楽と同じくらいに、2000年代のディスコ・パンクやニューレイヴの雰囲気を感じる。高音域に尖ったギターは、アンサンブルの主役ではなくリズム楽器の1つとして使われるという点で、XTCよりザ・ラプチャーのそれに近い。ゴリゴリとした図太いベースリフはクラクソンズを思わせる。時にスカスカな音像と遊び心のあるサンプル使いには、CSSやレイト・オブ・ザ・ピアの精神を重ねずにはいられない。そんなふうにYard Actは同世代のバンドとは違ったやり方で、自身のポストパンクを更新してみせる。その試みは、かつてディスコ・パンクやニューレイヴが音楽における「80年代らしさ」を再定義したように、2022年において新たな時代の特異点となりうるか。(髙橋翔哉)
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