愛と欲望を歌うために
カーリー・レイ・ジェプセンはアルバムの制作に取り組むたび、100前後もの楽曲を用意する真性のワーカホリックである。それもあって、2015年のサード・アルバム『Emotion』以降は、本編未収録の新曲で構成された『Side B』をリリースするのが恒例化し、ファンにとって大きな楽しみの一つとなっていた。というのも、本編以上に聞き応えのある隠れ名曲がいくつも収録されてきたからだ。実際、昨年の《サマーソニック》出演時は『E•MO•TION: Side B』から代表曲の「Cut To The Feeling」に加えて「First Time」も披露していたし、今夏の来日ツアーでも4作目のB面集『Dedicated Side B』から「Stay Away」がセットリストに組み込まれていた。
かくして『Side B』シリーズは、カーリーが実験的でフリーキーな音源を発表できる遊び場となったわけだが、欲を言えばアウトテイク集ゆえの散漫さは否めなかった。ところが、2022年の前作『The Loneliest Time』レコーディング・セッションの未発表曲から構成された本作『The Loveliest Time』は、過去2作のB面集とは完成度のレベルが違う。自分も《Pitchfork》と同意見で、「A面」と同等かそれ以上に素晴らしい充実ぶりだ。
コロナ禍の孤独と向き合った内省的な前作と対になる本作では、長い暗闇の先に見つけた愛と喜びが表現されている。つまり、お蔵入りナンバーの寄せ集めというより、「続編」や「姉妹作」と位置付けるべき内容であることから『The Loveliest Time』と名付けられたわけだが、そのコンセプトによって「陽」のポップソングが並んだのは嬉しいサプライズ。「こんなカーリーが聴きたかった!」と喝采をあげたくなる歌声に溌剌としたメロディ、アップビートで高揚感のある楽曲が目白押しだ。
しかも、過去のB面集を踏襲するように、ポップ・イノベイターとしての尖った側面もこれでもかと発揮されており、オープナー「Anything to Be With You」の腰揺らすファンク・ビートから、ダフト・パンクばりのフレンチ・エレクトロが鳴り響く「Psychedelic Switch」まで、エッジーかつ多彩なサウンドが咲き乱れている。もちろん、本人が《Rolling Stone》のインタビューで「ただ闇と光というような単純な関係にはしたくなかった。人間というのはそんなに単純なものじゃない」と述べているように、ひたすら明るくポップ一辺倒というわけではない。成熟したユーモアや音楽的な深みは前作譲りなところもあり、メン・アイ・トラストにも通じる「Kollage」の柔らかなメロウネスも、最近の大人びたカーリーにはよく似合う。
制作陣の顔ぶれも興味深い。先行シングル「Shy Boy」は、「Call Me Maybe」より昔からストックしていたアイディアを、10年以上の月日を経て形にした楽曲だが、その難産をゴールまで導いたのはアークティック・モンキーズやデペッシュ・モードでお馴染みの名プロデューサー、ジェームス・フォードである。さらに、作曲面でのサポートしたのはイーサン・グルスカ。カーリーはこの夏にボーイジーニアスのサポートを務めているが、フィービー・ブリジャーズ周辺のLAインディー人脈ともこんなふうに繋がっているのだろう。イーサンは本作の日本盤ボーナス・トラック「Weekend Love」も手掛けており、そこではメロトロンまで弾いていることも付け加えておく。
『The Loneliest Time』でも大活躍だった相思相愛のロスタム・バトマングリは、本作にも2曲を提供している。「After Last Night」は彼がかつて参加したユニット、ディスカヴァリーの名曲「Osaka Loop Line」を想起させるエレクトロ・ポップ。もう一曲の「Shadow」は、The 1975のジョージ・ダニエルによるリミックスが白眉で、ハイパーポップとも《planet rave》とも共振するエアリーな仕上がり。これを機に《Dirty Hit》とカーリーのコラボレーションも期待したいところだ。
そして、「So Right」では現在のボーイフレンドである(!)コールMGNとのタッグが実現している。ベックの2010年代を支えたプロデューサー/ソングライターとして知られているが、ナイト・ジュエルことラモーナ・ゴンザレスの元パートナー、アリエル・ピンクが率いたバンドの元ギタリストとして記憶していた方も少なくないはず。そう考えると人生とは不思議なものだが、見るからに絶好調な今のカーリーを支えてくれていることを思えば、いちファンとして感謝の気持ちしかない。
最後に話は変わるが、今年6月に《Glastonbury Festival》でカーリーのライヴを観たとき、多くの男性カップルを見かけたことを思い出す。大合唱が巻き起こったのはもちろん「Call Me Maybe」だが、自分の隣にいた大柄なおじさんは全曲口ずさんでいて、思わず握手を求めるところだった。
カーリーはこの『The Loveliest Time』で愛と欲望について赤裸々に歌っており、収録曲の多くが「これから何かが始まりそうな」ポジティヴな予感で満ちている。ここには彼女の実体験も反映されているのだろうが、誰でも歌の主役になりきれるのがポップ・ミュージックのいいところだ。あのとき《Glastonbury Festival》に集ったカップルたちも、このアルバムに各々の生き様を投影するのだろうか。そんなふうに考えたら胸が熱くなってくる。「Psychedelic Switch」の曲中で、「楽園にいるような気分/あなたのような人に出会ったことはない」とカーリーは歌う。その瞬間のときめきは、人生でもっともラヴリーな体験に違いない。(小熊俊哉)
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Carly Rae Jepsen『The Loneliest Time』
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