グローバルなポップスとカイリー・ミノーグの関係
カイリー・ミノーグの長いキャリアを最も簡単に説明すると、1980年代から2020年代まで5年代連続でNo.1を獲得した唯一の女性ソロ・アーティストとなるだろう。そんな彼女のスゴい所はその影響力にある。彼女の代表作であり、いまの路線を決定づけた作品『Fever』(2001年)は、80年代リバイバルの起点を作ったと私は考えている。そこからほぼ20年の時を経て、デュア・リパ『Future Nostalgia』(2020年)など80年代リバイバルがポップ・シーンのド真ん中にやってきたタイミングでリリースされた前作『DISCO』(2020年)では、彼女がその間ずっとフックアップしてきた若手たちと共に音楽を楽しむだけでなく、ディスコの歴史が繋いできた居場所のない人ための居場所としてのディスコを現代に再定義させた。そう考えると前作は、『FEVER』以降の彼女のキャリアを総括する集大成的な作品として考えることができるだろう。そのあたりは、私の『DISCO』評を参照して頂くと幸いです。
本作は、『Golden』(2018年)でみせた変化球でもないし、前作のような集大成的な作品でもない。前作だけでなく長年のコラボレーターであるBiff Stannard やDuck Blackwell、Daniel Davidsenの楽曲が収録されていることもあり、「Hold On To Now」や「Vegas High」、「One More Time」、そして「Tension」とカイリー・ミノーグが、カイリー・ミノーグたらしめている部分が濃縮された作品と言えるだろう。
そうした本作で特筆すべきは、「Padam Padam」と「Green Light」だろう。まず前者は、リード・シングルでありオープニング・トラックでもある。このタイトルは、日本語で言う心拍を示す「ドクンドクン」のオノマトペであり、恋愛におけるドキドキのメタファーでもあるだろう。アルバム・ジャケット下部にある「Kylie」の文字は、心電図の波形を模しており、ストリーミング・サイトなどではそのようなエフェクトも加えられている。中毒性のあるPadam Padamが口ずさみたくなるだけでなく、この曲のコンセプトは、アルバム全体のヴィジュアル・イメージにも大きな影響を与えていると言えるだろう。後者の「Green Light」は、彼女の新たなダンス・アンセムだ。プロデューサーは、Daniel DavidsenとPeter Wallevikのプロデューサー・ユニットPhDが手がけているが、この曲を聴いているとドジャ・キャット「Say So」も想起させる。一つ前のトラック「Hands」も、同じDaniel Davidsenが手がけているが、ここでの彼女のラップは、声色やライムの置き方など「Say So」を思わせるので、確信犯だと思われる。しかし、この曲は、彼女の代表作の一つである「Spinning Around」(2000年)を彼女自身が踏襲した作品と言える程、カイリー・ミノーグらしい楽曲だ。こうした所から見えてくるのは、カイリー・ミノーグが長年のプロデューサーたちと共に示してきたダンス・ポップが、今やグローバルなポップスとして受け入れられているというその影響力の強さだろう。本作の肝はここにあると思う。
それは、本作を聴いていると、カイリー・ミノーグのアルバムだなと強く感じさせる曲ばかりが並んでいる。しかし、「Green Light」以外の楽曲でも他の出典を上げることができる。例えば「Hold On To Now」での、早急なビートと音数の多いシンセでフィジカル的には盛り上がりを作りつつ、女性ヴォーカル自体は優麗に歌い上げることで、ホット&チルを生み出す構造は、00年代〜10年代のEDMを思わせる。他にも、「You Still Get Me High」は彼女らしいバラードだが、コーラスの雰囲気などはコールドプレイを想起させもする。本作に参加しているBiff Stannard やDuck Blackwell、Daniel Davidsenなどの豪華プロデューサー陣は、NCT 127「Dreamer」やRIISE「Get A Guitar」、IVE「ELEVEN」などのK-POPからワン・ダイレクションやスパイス・ガールズなど長年グローバルなポップ・ソングを手がけ続けてきたポップスの職人たちだ。カイリー・ミノーグに他ならないアルバムだが、こうしてグローバルなポップスとの結節点としての彼女が立ち現れてくる。ここに彼女のキャリアの凄まじさが示されていると思う。またトロイ・シヴァン「Got Me Started」は、デュア・リパやオリヴィア・ロドリゴを手がけているIan Kirkpatrickがプロデュースをしているが、この曲は、豪州のダンス・アクト、Bag Riders「Shooting Stars」をサンプリングしている。デュア・リパで80年代リバイバルの決定打を手がけた彼が、カイリー・ミノーグを中心とした豪州のダンス・ミュージックを取り上げていることは、彼女が示してきたポップスが、現在のグローバルなポップスのスタンダードであることを物語っているのではないだろうか。(杉山慧)
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