ミシェル、宇宙に帰る
今年の第66回グラミー賞に新設された“ベスト・オルタナティヴ・ジャズ・アルバム”部門の、映えある第一回目の受賞作品がミシェル・ンデゲオチェロの最新作『The Omnichord Real Book』だったことは実に象徴的だ。そもそもこの部門のノミネート作──アルージ・アフタブ、ヴィジェイ・アイヤー、シャザード・イスマイリーによる『Love In Exile』、ルイス・コールの『Quality Over Opinion』、カート・エリング、チャーリー・ハンターによる『Superblue: The Iridescent Spree』、そしてミシェルの『The Omnichord~』にも参加していたコリー・ヘンリーの『Live At The Piano』──はいずれも素晴らしく、ジャズのみならずソウル、ファンク、ゴスペル、フュージョン、フォーク、エレクトロニカ、ハウス、ロックなどというジャンルの領域を超えたヴィヴィッドな作品が、年々増えているにも関わらずその受け皿がこれまでのグラミーにほとんどなかったという事実がこれでようやく少し解消されるかもしれない。ミシェルの『The Omnichord~』に参加しているジェフ・パーカーや、逆にミシェルを招いたアルバム『COOKUP』を昨年リリースしたサム・ゲンデルらもピックアップされていく可能性が出てきた。グラミーが全てではないが、時代と共に現場もまた変わっていく様子を実感できることは悪いことではない。
30年ものキャリアを持ち、50代にしてグラミーの新部門で受賞したそんなミシェル・ンデゲオチェロが、間髪入れずに今度は『The Omnichord〜』にも関わっていたHéctor Castilloとの共同でプロデュース、自ら監修するような形で手がけたサン・ラーのトリビュート・アルバムを届けてくれた。お馴染みHIV感染者救済、及びエイズに関する研究・教育活動をサポートする団体《Red Hot Organization》が企画するチャリティ・アルバム『Red Hot』シリーズの、さらに新たに派生スタートさせたサン・ラー・トリビュート・シリーズの第3弾(実際には4作目)。ややこしいが、シリーズの、シリーズ。これまでコール・ポーターやジョージ・ガーシュウィンからフェラ・クティ、ブラジル音楽、グレイトフル・デッド、バッハ、アーサー・ラッセルなどなど実に様々なアーティスト、あるいは『Dark Was The Night』のように一定のテーマによってオムニバスとして《Red Hot》でトリビュートされてきたが、一人のアーティストがシリーズ化されること自体サン・ラーが初めてだ。
第一弾は昨2023年5月に出た『Red Hot & Ra: Nuclear War』で、その次は7月に出たリミックス・アルバム『Red Hot & Ra: The Remixes』、そして昨年10月に届けられた『Red Hot & Ra: SOLAR』と続いてきて、ミシェル・ンデゲオチェロが手がけた本作はそれに次ぐ最新作となる。とはいえ、ミシェルは既に一つ前のアフロブラジリアンな『Red Hot & Ra: SOLAR』に、ブラジルのギタリストのムニール・オッソン、打楽器グループのAguidavi do Jêjeのメンバーらと共に「(To)Nature’s God」にベース、シンセ、ヴォーカルで参加していた。これが『The Omunichord〜』との連続性を感じさせるほど強烈にカッコよかったので、この最新シリーズをミシェルが全て仕切っていると知った時はとても楽しみになった。何しろ“相手”は影響はいかに受けども、カヴァーはいかにすれども、誰も正統に理解が及ばないだろうサン・ラーである。
まず大前提としてこれはカヴァー集ではない。タイトルにあるように一見すると『The Magic City』というサン・ラーの1966年のアルバムをそのままとりあげているようにも思えるが、実際は『The Magic City』(だけではないだろうが)にインスパイアされたミシェルが彼と時空を超えて交信したような、架空の音のダイアローグのような作品だ。音だけ取り出せば、いわゆるフューチャー・ジャズ、エクスペリメンタル・ジャズという位置付けになるのだろうが、そんな便宜上の言葉などどうでもいい。さらに言えば、調和/非調和、形式のある/なし、も関係ないだろう。調和していると言えばしているし、していないと言えばしていない。しかしだからと言って、いたずらに混沌とした聞こえ方を価値観の軸に与えているわけではなく、例えば3曲目「Bedlam Blues」などは、ある種の形式にのっとったとても聴きやすい歌モノだ。
ちなみに、その「Bedlam Blues」でヴォーカル(とムーグ・ベース)を担当しているのはミシェルの近年の作品ではお馴染みのジャスティン・ヒックス。どうやらこの曲に関してはコンポーズも担当しているらしい。逆にミシェルは演奏に一切参加していない。他にも例えば2曲目「Departure Guide of the 7 Sisters」でミシェルはキーボードを弾いているが、ヴォーカルはジェイド・ヒックス。5曲目「El-soul The Companion, Traveler」と7曲目「Yet Differently Not – Mars Hall (in)」に至ってはピンク・シーフがヴォーカルで参加している。《Leaving Records》界隈のディアントニ・パークス、キーボード奏者のDaniel Mintseris、クラリネット奏者のStuart Bogie、サックス奏者のダリウス・ジョーンズ、ドラマーのKojo Roney、ギタリストのChristopher Bruce……そして何よりアーケストラの一員で現在99歳というサックス奏者のマーシャル・アレンがウィンド・シンセサイザーのEWIやアルト・サックスで3、4、5曲目に参加しているのにはびっくりだ。一方でまだ26歳の若きサックス奏者で、ミシェル同様《Blue Note》より作品を出しているイマニュエル・ウィルキンスの名前も見られる。その年齢差たるや……いや、そんなことより、こうして聴いているだけでわかるだろう、もはやこれはミシェル“だけ”のアルバムではないということが。それこそサン・ラーがアーケストラという大所帯(集団)で活動することを望んでいたように、さながら“ミシェル・ンデゲオチェロ・アーケストラ”とでも言うように、一つの集団性を構築することを目標としていたような作品だ。“演奏そのもの”に参加する/しない、という概念自体がナンセンスなのはもちろんだし、どこに“その人”が参加しているのかを特定することにも意味をなさないだろう。合わせて言うと、本作のアートワークを担当しているのはなんとセシル・マクロリン・サルヴァントだ。“その人”が確実にこの集団の一員にいて蠢いている、ということが何より重要だと、あるいはミシェルはこのアラバマ州バーミンガム出身………いや、彼の宇宙的イマジネーションの中では土星出身のサン・ラーの哲学として享受したのではないだろうか。
ミシェルはジョン・スウェッドによる伝記本『宇宙こそ帰る場所(Space Is The Place: The Lives And Times Of Sun Ra)』を読み、音楽へのアプローチを見直し、より深いつながりと新たな次元の探求を求めるようになったのだという。ミシェルも土星に向かっているのかもしれない。帰る場所は宇宙にあるのだと。(岡村詩野)
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