どん底から聞こえる、ダニー・ブラウンのこれまでで最も内省的なアルバム
今年の3月にリリースされたJPEGMAFIAとのアルバム『SCARING THE HOES』で、デトロイトのラッパー(現在はオースティンに引っ越しているそう)、ダニー・ブラウンはファンの期待に応えているように見えた。混乱していて、雑然としたサウンド、セックスやドラッグなどについて語る奔放なラップ。その過剰さこそが彼の音楽を支える重要な要素だと、リスナーの多くが感じていたはずだ。
おそらく2023年のベスト・アルバムのリストの多くに並ぶであろう同作の制作時期を回想してブラウンは言う。「あの頃が一番飲み過ぎていたんだ。彼(JPEGMAFIA)がここに来ると、俺は酔いつぶれて何もできないことがあったし、1日に5曲作ることだってあった。もう1枚アルバムを作りたいけど、彼が二度といっしょに俺と仕事をしたくないと思っても理解できるよ」。今の彼は間違いなくシラフだ。
2017年のシングル「Ain’t It Funny」「ラップは人生を救ってくれたが、同時にめちゃくちゃにしてしまった」。タイトル・トラックでのブラウンの告白は予想をはるかに上回るものではなかったが、それでも衝撃的である。成功に伴った苦悩、アルコール依存やドラッグ中毒、自滅的な衝動、長年連れ添ったパートナーとの離別の悲しみ……Qティップがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めた2019年の『uknowhatimsayin¿』と比べても、本作『Quaranta』には日記のように、これまでにないほど落ち着いたトーンで、彼の内省的な声が正直に綴られていると言っていい。
それに、フランス語で40を意味するタイトル『Quaranta』は彼の40年間と、約3年前の人々が行動を制限(quarantine)された期間をも指しているだろう。自己と対話するには絶好の機会であったあの時期に本作の大半が録音されたことに違和感はない。孤独は彼の感情を加速させ、追い込んでいった。紛れもなく彼はボロボロだったのだ。特に本作の後半、アンビエント的なトラックの上で「何もかもわかっていたつもりだったのに、何もわかっていなかった」と後悔を口にする「Down Wit It」や、しっとりと滑らかなフロウで「全部俺のせいだ、愛は買えると思っていた」と語る「Shakedown」などはより直接的に胸を締め付ける。
ただ、いくつかの曲ではこれまでのように躍動するブラウンのラップを聴くことができるのも事実だ。アルケミストのプロデュースするリード・シングル「Tantor」ではロック的なエッセンスと融合し、ジャントリフィケーションに言及する「Jenn’s Terrific Vacation」では、カッサ・オーバーオールの素晴らしいドラムと火花を散らしている。付け加えるなら、落ち着いたトーンでこそ輝くゲストもいる。「Celibate」で印象に残るのはブラウンのそれよりもマイクのヴァースだ。
ブラウンの評価を決定づけたアルバム『XXX』(発音はトリプルエックス/サーティー)がリリースされたのは今から12年前、彼が30歳を迎えた年だったことを考えれば、その続編とも呼べる『Quaranta』は次の転機となる作品かもしれない。今年の初めにリハビリ施設へと入所し、禁酒を実現した彼にとって「たくさんのアーティストがシラフになって、そいつらの音楽が最悪になったのを見てきた」という《The Guardian》の取材に応えた彼の発言は、自身の現在に重くのしかかるだろう。無論、同時に一部のヒップホップ・リスナーが抱えたスラムツーリズム的な価値観やヒップホップの持つトラウマ・ポルノ的な側面に疑問を投げかける発言ではあるが、とはいえ、ブラウンがどこへ向かうのかを予想するのは私たちにとって簡単ではない。彼は最近、ニア・アーカイヴスや100 gecs、Frost Childrenなどと共にメソッド・マンの『Tical』(1994年)もよく聴いているそうだ。(高久大輝)
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MIKE『Burning Desire』
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