最良のコラボレーターと作り上げた“デュオ・アルバム”
オープニングの「Keep On Dancing」で彼女は〈何を探しているの?〉と疑問を投げかけ、〈アドバイスは要らない、考えないでおいて/戦いたいなら、スコアをつけているのは誰か分かってる〉と怒りそしてフラストレーションを吐き出す。20歳の頃SoundCloudを通じてワン・ダイレクションのルイ・トムリンソンがプロデュースするガールバンドに参加するよう誘われ、断ったというニルファー・ヤンヤのプロフィールを語る上で必ずといっていいほど参照される逸話があるが、音楽業界における女性の扱われ方に苦言を呈し、ポップスターであることを拒否し、アーティストとしての矜持を掲げる彼女の立脚点が感じられるナンバーでこのアルバムは幕を上げる。
3枚目のフル・アルバムにあたり、彼女はウィルマ・アーチャーとふたりだけで制作を進めることを決めた。前2作で共に仕事をし、全幅の信頼を寄せている彼と2023年のほとんどを費やし準備が進められたという。スーダン・アーカイヴスやブリオンのプロデュースを手掛け、2020年の野心的なソロ『A Western Circular』(これはほんとうに名作)や2022年のWilma Vritra名義でのアルバムでもアーチャーの才気は証明済だが、濃密なコラボレーションの結果が、ある意味ヤンヤの作品で最もスムーズに聴ける仕上がりとなっているのが興味深い。
もしかしたら、これまでのアルバムでは、自身の声がどんなサウンドにフィットするのか手探りの状態だったのかもしれない。感情のおもむくまま、やりたいことをとにかく放り込んでみたという印象の雑多なヴォリュームの前2作を経て、その成果を吟味するように、アーチャーはヤンヤの元来持っていたソリッドなポストパンク感の代わりにシグネチャーとも言えるストリングスを用い、終始揺れ動く彼女の感情そしてクリエイティヴィティに音の隙間とダイナミクスで応え、整理する。テンポとレイヤーを巧みに操り、骨太だけれど余白がとられた音像により、映画的な風景を見事に構築している。先行シングル「Like I say (I runaway)」でこそ分厚いシューゲイズなディストーションが全面に押し出されているものの、全体を通して実に風通しがよい。
アーチャーが構築するすみずみまで気配りが行き届いた空間のなかでヤンヤの声が伸び伸びと漂う。その真価が発揮されているのはストリングスがフィーチャーされた中盤から後半にかけてのミッドテンポの流れだ。「Mutations」は、ヘヴィなベースとドラムのビートの組み合わせとヤンヤの声がセッションをしているようだし、「Ready for Sun (touch)」は、ソウルフルなメロディとドローン的音色とパーカッションにより生まれるスペースが得も言われぬ心地よさを生んでいる。グルーヴィーなベースラインとアコースティック・ギターの絡みが生々しくも切ない「Call It Love」。「Faith’s Late」はもっともR&B的なナンバーと言えるだろうか。ソウルフルなささやきと形容したいヤンヤの歌とストリングスが落ち着いたムードを生んでいる。
80年代のMTVから流れていてもおかしくない「Made Out Of Memory」のメロウネスに身を委ねていると、古い西部劇からインスピレーションを受けた「Just A Western」では〈頼みごとはしない/もうタダではやらない〉とまで言ってのける。ギターの音色が蜃気楼のようにゆらめき、〈さあ運命がやってくる〉という最後の予言的な言葉の重みと軽やかさをたたえた「Wingspan」でアルバムは締めくくられる。彼女が俳優のメソッド演技にシンパシーを感じたというのも、リリックのなかの登場人物を演じるのではなく自分に手繰り寄せ同化していくソングライティングゆえだろう。抑制された声と奔放なリリックが、彼女の強い意思をまざまざと感じさせる作品だ。
ヤンヤは制作中の様子を「私たちふたりだけ、他の誰もバブルに入れなかった」と回想していて(ほかの誰も立ち入れない領域のことを指していることはわかっていても、どうしてもフレーミング・リップスのそれを思い出して、微笑ましくなってしまう)、ふたりがギターと機材を手に狭い部屋のなかで試行錯誤するさまが目に見えるようで、今作はふたりのデュオ・アルバムと名付けても大げさではないと思う。そして、すでにスタートしている新作ツアーではどうやらアーチャーがバンドメンバーとして参加しているとのことで、圧倒的完成度の新曲群がステージでどのように表現されるのか、こちらも楽しみでしかたがない。(駒井憲嗣)
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