どこへでも届く真っ直ぐなポップネス
初めて聴いたときの印象は、とにかくポップでエモーショナルだなというものだった。歌詞を見ると、オープナーの「Loveher」では、彼女をこの上なく愛していることとそれを周囲の人に伝えるのはどうしてかためらってしまうことが、最後の「She’s On My Mind」では、傷つくとしても彼女と恋に落ちているのを隠したくないことが歌われている。楽曲を構成する音も、不安げなピアノの響き、緊張しているときの鼓動のようなキック、か細く今にも消え入りそうな声から、ライトな音のピアノに力強いキック、リラックスした朗らかな歌声となっていて、アルバムを通してひとつのストーリーが流れているみたいだ。11曲34分という尺もポップ・アルバムの王道と言っていいだろう。こういったことから徐々にこのアルバムに対して、どことなくの正しさとそれによる掴みどころのなさを感じるようになっていった。
でもその正しさというのは、決して複雑さを無視して突っ切るような横暴な態度ではない。そうではなくて、割り切れないことも不条理なことも理解したうえでそれらをも抱きしめるような真っ直ぐさとでも言ったらいいのだろうか。掴みどころがないのも、何か核となるものをどこかに内包しているというより、歌詞やトラックや声そのものがこのアルバムの本質だからなのかも。そしてこの真っ直ぐさこそが本作のポップネスなのではないか。
多数のインタヴューからわかるのは、メロディが呼び起こす感情とそれによる一体感をロミーが大事に思っているということである。2020年のインタヴューで「少し前にテクノ・ナイトに行ったとき、“どうして何も感じないんだろう?”と思ったんだけど、それはメロディがもたらす感情がなかったから。」と話していて、その正直な言葉に笑みがこぼれた。「Weightless」の開放感あるフレーズとキックが合わさった瞬間の、思わず目を閉じてしまうタイトル通り身体が浮き上がるような高揚感。ビバリー・グレン=コープランド「La Vita」をサンプリングした「Enjoy Your Life」のシンプルで切実なメッセージと、オビー・オニオハの同名曲のフレーズと呼応するメロディが喚起する自分の生活や人生に対する愛おしさや懐かしさ。聴き手がメロディによる感情や一体感を重視していないとしても、これらの感情に抗うのは難しいような気がする。また、今回ロミーがお手本にしたのは2000年代のダンス・ポップだという。たしかにこのアルバムを包み込むユーフォリックな空気をつくりあげているのは、本作に参加しているスチュアート・プライスがプロデュースしたマドンナ『Confessions on a Dancefloor』(2005年)や、インスピレーションを受けていると話すロビンの『Robyn』(2005年)にも通ずるトランシーな音だ。大きな会場を想像させるどこまでも音が広がっていくような音像とヴォーカルが前に出ているバランスはディーヴァ的とも言えるだろう。
ロミーがビバリー・グレン=コープランド「La Vita」の「My mother says to me, “Enjoy your life”」という歌詞に感銘を受けた背景には、ロミーが幼い頃に母親を亡くしたという経験がある。「Strong」ではそういった過去の悲しみと向き合い、弱さは強さでもあると捉えようとしているし、アルバム全体にわたって歌詞では自分のセクシュアリティを明らかにしている。ポップでエモーショナルなメロディやトラックにのせて歌われるのは、決してポップに消費できるようなことでもなければ普遍的な解釈に薄めていいようなことでもない。かといってそれらを暗喩的に忍ばせるのでもなく、インタヴューではぐらかすこともなく、普遍的なフォーマットの中でポップなトラックとともにエモーショナルなメロディで歌い上げる。現実から逃避できるほどの高揚感や多幸感が必要なのは、ときには逃避しなくてはならない現実があるからだ。でも距離を置きたい現実を切り離すのではなく、抱きしめて、ともに生きていくことをポジティヴに捉えようとするし、そのアティチュードを多くの人に共有しようとする。このアルバムのポップネスはそういう真っ直ぐさだ。
そもそもこのアルバムは、ダンス・フロアが祝福の場であり、聖域であり、救済の場であることをテーマにしているらしい。ロミーがクィア・クラブについて、「多くの人々にとって自分らしく生きるための、自分らしさを表現することができる安全な場所であり、自分と似たような人達とのつながりを提供してきた場所」と話していたのは、他ならぬロミー自身がそう感じてきたからだろう。一般的に感情はいろんなものをドライヴし、人々をひとつにすることもあれば隔てることもあり、またひとつになったその先で大きな壁との衝突を引き起こしたりもするやっかいなものではある。それでも感情による一体感をポジティヴィティにベットできる確信はきっとロミーのクラブでの経験によるものだ。
しかしこのアルバムが手を差し伸べているのは、最初の「Can you turn it up a bit more? Thank you」とつぶやく心細さや、歌ものっぽさからわかるようにクラブだけではないはずだ。ロミーにとってクィア・クラブはセーフスペースであったが、パンデミック下でロミーはレディー・ガガ『Chromatica』をキッチンで聴いて踊っていたように、クラブよりも友人と過ごす自宅のほうが安心を感じる人もいるように、必ずしもクラブだけがセーフスペースなわけではない。CDのブックレットの表紙の、“ARE YOU EMOTIONAL? DO YOU WANT TO DANCE?”という問いかけも、クラブという場所に限らず、安心してエモーショナルになれることと踊れること、この二つが最も重要であるとも受け取れる。このアルバムの真っ直ぐなポップネスは、クラブでもキッチンでも、誰かにとってのセーフスペースであるならどこでも届くだろう。それに、このアルバムのポップネスが届くならどこでも、ロミーにとってのダンス・フロアのような、自分らしくいることができるセーフスペースになりうるだろう。(佐藤遥)
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