制御不能の感情を音像化した態度としてのパンク
音楽を聴いてこんなに息苦しさを感じことは久しくなかった。ヴォーカリスト/マルチインストゥルメンタリスト/プロデューサー、マイルス・ロマンス・ホップクラフトは、自分でも制御不能の感情を叩きつける。何者にも制限されたくない―そんな思いのもとつけられたアムハラ語で水を表す言葉「ウー・ハー(wu-ha)」から命名されたアーティスト名の通り、この『Loggerhead』にはヒップホップ、ドラムンベース、ハードコアなど様々な音楽性がリゾーム状に張り巡らされている。
トランペッターの父とコンテンポラリー・ダンサーの母のもとブリクストンに生まれ、ティーンになるとスケートボードとグラフィティに熱中。ターンテーブリズムと《Kerrang!》に同時にのめり込むみ、幼少時代に叔母の家のテレビで『AKIRA』『バイオレンスジャック』『北斗の拳』に惹かれたこともあり、今では下腿に『ドラゴンボールZ』の悟空のタトゥーを入れている。そんな他人とは思えないバックグラウンドを持つ彼は、ナラ・シネフロらも参加するコレクティブ《Touching Bass》のオリジナル・メンバーであり、ミカ・レヴィを擁する《CURL》からもリリースを重ねてきた。2015年の『Ginga』、ヌバイア・ガルシアが参加した2019年の『S.U.F.O.S.』は正直なところ、センスのよいダウンテンポあるいはアブストラクト・ヒップホップという形容以上の印象は拭えなかった。しかし今作は、そのバランス感覚をかなぐり捨てて、自らの感情のおもむくままにクリエイティブなエネルギーを放流させ制作に取り組んだことが手に取るようにわかる。MPCを用いたベッドルームでのトラックメイキングとバンドスタイルでのスタジオでのジャムセッションの双方をさらにエディットしていくという手法から生まれるパッチワークのようなサウンドは、彼がしばしばインタビューでインスピレーションを受けたアルバムとして挙げるDJシャドウ『Endtroducing』の白昼夢を彷彿とさせる。
Wu-Luの覚醒のきっかけとなったのが、2021年1月に発表されたシングル『South』であることは間違いない。『South』は、変化を目の当たりにしてきたブリクストンのジェントリフィケーションと #BlackLivesMatter がテーマになっているが、彼は地元のミュージシャンのためにワークショップを開き、ユースセンター、児童自立支援施設、コミュニティスタジオで子どもたちを触れ合い、後進にチャンスを与えるため活動しているという。ちょうど折り返し地点に『South』が配置されているのが象徴的であるが、アルバムはこの曲のような直線的にアグレッシヴな面が強調されている曲ばかりではない。ソーリーが2021年に発表した「Separate」をアーシャ・ローレンツ本人を迎えて変奏したストレンジな「Night Pill」、レア・センをフィーチャーし、ミカ・レヴィとレイヴェン・ブッシュがストリングスを担当し、メンタルヘルスと都市生活そしてストレスについて歌う「Calo Paste」の甘美な響き。あるいはブラック・ミディのドラマー、モーガン・シンプソンが参加したグランジーな「Times」そして「Broken Homes」というラフだけれど、どこかひっかかりのある旋律を持つ後半の流れは、メロディセンスに彼の非凡さが浮き彫りになっていると思う。エゴ・エラ・メイ、元ブラック・ミディのギタリスト、マット・ケルヴィンといったサウス・ロンドンの盟友たちも、彼が打ち出す「生々しさのなかにある優美」に一役買っている。
「パンクアーティストと明言するよりも、パンクという言葉の背後にあるエネルギーが好きなんだ。自分が何に夢中になっているのか、というメンタリティ。ティルザはパンクだし、俺もパンクだ。グラフィティやスケートのコミュニティでは、リスクは高いけど、フェンスを乗り越えてやりたいことをやろうと思えば、何でもできる」
[https://www.thelineofbestfit.com/features/interviews/wu-lu-on-the-rise]
彼は自身をパンクとカテゴライズされることについて、このように語っている。制作前に聴いたアルバムとして、アーサー・ラッセルやクァシモト、ルーツ・マヌーヴァ、デュヴァル・ティモシーと並んでショウ・ミー・ザ・ボディ『Dog Whistle』を挙げてもいる[https://blog.roughtrade.com/us/on-the-rise-wu-lu/](実際両者は2020年にロンドンで対バンも果たしている)。ショウ・ミー・ザ・ボディも地元ブルックリンのコミュニティのための活動に尽力しているバンドだが、言ってみれば、『Loggerhead』は、内面を見つめ、コミュニティに創作を捧げたひとりの男が世界へ羽ばたく姿それ自体が若者たちに希望を与えることを体現している。(駒井憲嗣)