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The Black Keys: Let’s Rock

2019 / Nonesuch / Warner Music Japan
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一点物のロックンロール

05 July 2019 | By Shino Okamura

8月10日に日本で公開される映画『カーマイン・ストリート・ギター』の試写を見ながらギターという楽器の持つ魔力はどこにあるのだろうか? と考えていた。『カーマイン・ストリート・ギター』はニューヨークはマンハッタンにある小さなカスタム・ギター専門店を舞台に、ニューヨークの廃材(木材)を再利用して製作したギターを販売する店主とその若き弟子、そこに出入りするミュージシャンたちの姿を捉えたドキュメント映画。作られたストーリーこそないが、ポール・オースターとウェイン・ワンによって制作されたかつての『スモーク』(1995年)『ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995年)さながらにニューヨークの粋な風情と情緒を感じることができる素晴らしい作品だ。『スモーク』『ブルー・イン・ザ・フェイス』の舞台は煙草屋、そして『カーマイン・ストリート・ギター』はギター・ショップ。いずれも、生活になくても困窮しない、嗜好、趣味の領域である煙草とギターが主役になっているところなどは、ついつい中古レコード・ショップに吸い寄せられてしまうような音楽ファンには刺さってくる作品でもあるだろう。ジム・ジャームッシュ、ビル・フリーゼル、マーク・リーボウ、ファイアリー・ファーナセスのエレノア・フリードバーガーら様々なミュージシャンのその趣味人たる生き生きとした表情が眩しい。

いや、もちろん、彼らプロの音楽家たちにとってギターは趣味なんて失礼千万、大切な商売道具だ。けれど、『カーマイン・ストリート・ギター』で扱っている商品はすべて一点物。レリーフや刻印もすべてハンドメイドで仕上げられている。そんな店に「お父さんを亡くしたジェフ・トゥイーディー(ウィルコ)にプレゼントしたいんだ」と言ってたった1本のギターを選びにくるバンドメイトのネルス・クラインのその穏やかで優しい表情を見て、たとえプロであってもギター好きにとって最高のギターというのは値段でもブランドでも年代でもなく、自分の肌に合う、その時の思いを音を代弁してくれる分身なのだろうな…と、我ながら今更なにを!なんて苦笑しつつ、柄にもなくじんわりとその余韻に浸ってしまった。

このブラック・キーズの5年ぶり9作目の新作と、一足先に全米1位を獲得したラカンターズの約11年ぶりの新作『Help Us Stranger』をほぼ同時に耳にして気づいたのも、そうしたギターという楽器への屈強な讃歌だ。ある種古臭いとも言えるヴィンテージ・ロック。そしてそこに絶対的に欠かせないエレクトリック・ギター。それはロック調とかロック風じゃなく、紛れもないジャスト・ロック。音を鳴らす彼らの体がそのままギターであるような、そして、それが何よりの悦楽であり何よりの主張であり何よりそれこそがロックであることを伝えているような、これはそんなアルバムだと思う。だが、そこに感傷やノスタルジーなんてものはない。『Let’s Rock』なんてタイトルをつけてしまうとんだおセンチ野郎だが、あいにくと、ここにはギター・ロック復権を目指すような、つまらないステイトメントや野心などは一切ない。これからはまたギター・ロックが流行るとか、ロックを見直そうなんて思いもおそらく彼らには無縁だ。

2001年にオハイオ州アクロンで結成されたブラック・キーズ。これまでに複数回のグラミー賞を獲得してきた名実ともにアメリカのロックを支える二人組だ。ギタリスト/ヴォーカリストのダン・オーバックもドラマーのパトリック・カーニーもそれぞれに個別の活動を展開していることから、近年はブラック・キーズとしての活動再開が不安視されていたふしもある。けれど、セルフ・プロデュースでナッシュヴィルにあるダン所有の《Easy Eye Sound Studio》で録音された本作は、空白の5年が、あるいはこれまでの20年弱のキャリアがなかったかのように恐ろしく赤裸々でフレッシュだ。ここ数作で顕著だった丹念なプロデューシングとオーバー気味だったサウンド・アレンジを極力後退させ、エレキ・ギターの鳴りそのものをそのままメロディに寄り添わせるような、極めて原初的な作りの曲が多い。パワーコードでガツンと轟かせる、ハーモニックに鳴らす、チョーキングを無造作にしてみる、ファズなどのエフェクターを踏みまくる……いずれもギターの教則本を一度は開いた者ならすぐに想像できる、まったく難解ではない奏法ばかりだ。そしてそこに当たり前のように歌を乗せ、コーラスを重ね、装飾の少ないドラムでリズムを与えて行く。その方法論はどうしようもなくオールド・ウェイヴだろうか。そこでついでに「ロックやろうぜ」と無邪気に呼びかけてしまう二人はただのお人好しだろうか。

いや、違う。これはあまりにも眩しい、そして浮気せずにずっとこの道に立ってきた彼らの現在とこれからを捉えたギター・ロック・アルバムだ。ミックスは彼らの作品ではおなじみの、そして個人的には今最も再注目したいチャド・ブレイク。このヴィンテージな匂いはチャドの仕事そのものだろう。そして、私はブレずに生きていくことのニヒルなカッコよさを実感する。彼らがこのレーベルの“住民”になって長いが、こんな彼らを重要アクトとして迎えカタログを重ねているノンサッチというレーベルの頑固さにも。 ラカンターズの新作について書く余裕がなくなってしまったのでまたの機会に譲るが、まずは遠いアメリカの空へ、そして世界の空へと願う。未来永劫、これがずっとギターを手放せない者たちの一点物のロックンロールになっていってくれんことを。(岡村詩野)

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