可能性に満ちたダンスフロアを想像して
あなたがこれから初めてダンスフロアに足を運ぼうというとき、わたしはあなたの持ち合わせた想像力をありったけ注ぎ込んで、そこには特別な体験──社会的、文化的な垣根を越えて人々が通じ合い歓喜を共有する瞬間──が待っているという期待をできる限り膨らませて欲しいと思っている。すごく勝手な話だ。だけれど、それはダンスフロアが花開くために不可欠な要素の一つなのだ。そしてこのレコードは、そんな想像力のためにある。
ジャマイカにルーツを持つトロント出身のDJ兼プロデューサーであるBAMBIIが抱えた青写真は極めて鮮明だ。彼女が地元トロントで定期的に主催するLGBTQ+コミュニティや有色人種の交わるセーフ・スペースにしてパーティー「Jerk」はその具現的な発露と呼べるだろう。海外からも様々なDJが招かれる「Jerk」はダンス・ミュージック・シーンが大きいとは言えないトロントでは明らかに反抗的に映るはずだが、クラブ・カルチャーにありがちな気取った態度に陥ることなく、規模を拡大し続けている。また、「Jerk」はその親密さの一方で音楽的な探求を中心に置いてもいる。BAMBIIは言う。「わたしはいつも、人より音に執着してきた」
そのことはこの『INFINITY CLUB』からも感じ取れるはずだ。リード・シングル「One Touch」にあるダンスホールとジャングル、グライムの魅力的な交錯。トロントのラッパー、Sydanieを招いた「Sydanie’s Interlude」の波紋のような緩やかなビートから高速ブレイクビーツへの大胆かつスムースな移行。DJとしてミックスするように、BAMBIIは作中でバランスを見事にコントロールしながらジャンルの境界線を横断していく。無論、これらはルーツであるジャマイカ(≒カリブ海)の(主に過小評価されてきた)サウンド・システム・カルチャーへのトリビュートであり、同時にダンスフロアが秘めた偶発性を表現するためのものである。
さらに言えば、本作にはおそらくBAMBIIが経験したポップ・アクトとの共演および共作の時間も反映されているだろう。具体的にはミッキー・ブランコのツアーDJとして世界中を旅したことや、Kelelaのセカンド・アルバム『Raven』へのプロデューサーとして参加だが、とりわけ後者は様々なインタヴューで影響を受けたことを話している。本作では特にアルーナジョージのメンバーでもあったUKのAlunaを招いた「Hooked」はR&Bとも呼べる1曲で、主にクラブで消費される反復的な音楽にはない起伏(ヴァース、フック、ブリッジといった構造)を手にしていると言えよう。アンセムになりうるこのような曲はダンスフロアが一体となる瞬間を想起させる。
とはいえ、『INFINITY CLUB』のムードを決定づけているのは「WICKED GYAL」や「Slip Slide」の自信に溢れたノリである。不敵な笑みを浮かべ、ダンスフロアを我が物顔で闊歩するあなたを止める権利を誰が持っているだろうか。そう、BAMBIIはここである時代を支配した人々によって作られた歴史や価値観に抵抗し、ポジティヴな意味での混乱を巻き起こそうとしているのだ。ダンスフロアが花開くとき、クラウドに向かって飛散するのは社会変革の種である。
さて、ここまで辛抱強くこのテキストを読んでくれたあなたなら、そろそろたくさんの言語で今いる場所に無限の可能性が潜んでいることを告げるオープナーを聞いてくれているころだろう。サイレンが遠くでこだましていることに、気がついているだろうか。耳元で聞こえる呼吸。きっとあなたはそこで自らの脈動を意識するはずだ。でも、高鳴りを落ち着かせる必要はない。ここから先はあなたが社会的にどこの誰なのかは関係なくなる。現時点での資本主義的な勝利も敗北も意味をなさない。そこは有形、無形を問わず、世に蔓延るあらゆる不均衡を砕くために、快楽主義と楽観主義が欺瞞に溢れたくそったれな現実へと絶えず抗い続ける空間である。『INFINITY CLUB』というタイトルは、そこにある精神性の表れなのだ。(高久大輝)