Review

Max Richter: In A Landscape

2024 / Decca
Back

分断された世界で見出した美しい調和

19 December 2024 | By Yasuo Murao

現代音楽から出発しながら、まず映画音楽の世界で注目を集めたマックス・リヒター。クラシック音楽とエレクトロニック・ミュージックを融合させた彼の音楽は「ポスト・クラシカル」とも呼ばれたが、リヒターはジャンルの境界で独自の音楽を生み出してきた。そんなリヒターの新作『In A Landscepe』のテーマは、本人いわく「両極を結びつけること、あるいは和解させること」だ。

2022年、大規模なオーケストラ作品に取り組んでいたリヒターはコロナに感染。強制的に社会から分断されたことが新作の発端になった。世界と繋がることができるインターネットは、気がつけば個人の孤立を深め、同じ考え方をする者が集まって社会の分断を促した。そして、分断が争いを生み出していく。両極のもの、正反対のものを良い形で結びつけることができないのか。そんな思いがリヒターを新作に向かわせた。クラシック、現代音楽、映画音楽、エレクトロニック・ミュージックなど、様々なジャンルを横断して作品を生み出してきたリヒターは、分断化が進む現代社会に強い危機感を抱いていたのだろう。リヒターは新作のテーマを「『The Blue Notebooks』(2004年)で探求し始めたこと」とも語っているが、『The Blue Notebooks』はアメリカのイラク侵攻をきっかけに制作されたアルバムであり、現在進行中にウクライナやガザの悲劇もリヒターの頭の中にあったのかもしれない。

『In A Landscepe』はリヒターが新しく建てたスタジオでレコーディングされた。森の中にある古い小屋を改築したそのスタジオは、アコースティックな楽器の響きには最適な木材が使用されて、リヒターの理想の音の響きを生み出すことができる。最近ではナラ・シネフロがレコーディングに使ったそうだが、そこでリヒターは時間に縛られることなく曲作りに没頭した。弦楽五重奏やピアノといったアコースティックな楽器と、それらとは正反対のエレクトロニックな楽器を織り交ぜた室内楽的な音楽は、アルバムのテーマに対するリヒターの思索がそのまま音で綴られているようでもある。

アルバムの構成がユニークで、スタジオでレコーディングされた曲の間に「Life Study」と名付けられたトラックが挟み込まれている。それは、子供達の会話、森の中を歩く音、街の雑踏など、リヒターの日々の生活から採集されたもの。それらの音源に加工を施すことで、アルバム全体の空気感は統一されている。リスナーはリヒターの音楽から時折、「外」に出て音を通じて風景を見回す。ストリングスやピアノが奏でる音色と子供達の声や鳥の鳴き声が曲を越えて響きあい、2つの世界に美しい調和が生まれる。

アルバムには「The Poetry of Earth(Geophony)」「A Time Mirror(Biophony)」という2つの曲が収録されているが、「Geophony」とは非生物が生み出す自然音で「Biophony」は人間以外の生物が発する音。これはアメリカの音響生態学者のバーニー・クラウスが提唱した概念だが、さらにクラウスは人間が発する音を「Anthropophony」と呼んでいる。クラウスは「Anthropophony」が「Geophony」と「Biophony」が生み出す自然のシンフォニーを破壊するノイズになり得ることを警告している。このアルバムも「Anthropophony」だが、人間が自然と対立する音を生み出すなかで、音楽家としてどんな音楽を奏でるべきなのか、という問いもリヒターにはあったのかもしれない。

リヒターの大先輩、ジョン・ケージは1948年に「In A Landscepe」という本作と同名のピアノ曲を発表している。舞踏家のマース・カニングハムとのコラボレーションから生まれた曲で、そのミニマルな美しいメロディーと本作に通じるものを感じたりもした。どちらも作者の自我を感じさせない風景(Landscepe)のような音楽だ。自分を取り巻く世界と音楽でどんな風につながるのか。リヒターは繊細な感受性と豊かな音楽性で、本作を通じて自分と世界との関係を問い直している。(村尾泰郎)


関連記事

【INTERVIEW】

 8時間もの公演を追ったドキュメンタリー映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』本人自らが語るデータ過多の現代への解毒効果
http://turntokyo.com/features/maxrichter/

More Reviews

1 2 3 73