渦と編集
器楽の可能性を追求し、世界中に点在する音楽の可能性を拾い上げてきたジャンルは、広範に「ジャズ」と呼ばれている。それはドラムセットの成立過程や数多の名プレイヤーたちのディスコグラフィーなど、その濃淡こそは異なれども、あらゆる場所で確認することができるものだ。
その点カルロス・ニーニョは、今もまだ点在している器楽の可能性を、演奏と編集の両面から模索しているアーティストであると言える。いみじくも、マカヤ・マクレイヴン『In These Times』(2022年)や岡田拓郎『Betsu No Jikan』(2022年)など、プレイヤーとプロデューサーの目線を併せ持っている現代の音楽家は、いわゆる「ポスト・プロダクション」と呼ばれる編集作業に重きを置いている傾向が見られる。そして両作品は、他のジャンルとも積極的に近接しながらも、根底にはスピリチュアル・ジャズの文脈を有しているのだ。LAのジャズ・ミュージシャンとの親交もあってか、カルロスが(あくまで、しいて言うなら)スピリチュアル・ジャズの作家として認識されているのも、単なる音楽性への評価ではなく、編集がジャズの前衛における時代と連動したのテーマとして立ち上がっていることの証左として解釈されるべきであろう。
前作『EXTRA PRESENCE』(2022年)のリリース時に、それこそ岡田拓郎が行ったインタヴューの中でも、カルロスは「サウンドソース」という言葉を基にして、音源編集の手捌きを説明していた。今作『(I’m just) Chillin’, on Fire』でも同様の方式──インプロヴィゼーションを「サウンドソース」として、そこからの編集によって音源を制作する──は採用されているようだ。
編集者としてのカルロスの姿は、セッションの最中にも確認することができる。例えばマドリードを拠点とする《La Casa Encendida》のYouTubeチャンネルで公開された、それこそ「フレンズ」のジャマール・ディーンとアーロン・ショーが参加したパフォーマンスでは、彼がスタジオ内を動き回りながら2人の演奏にパーカッションで呼応している様子を確認することができる。この他のパフォーマンスでも、カルロスはセッションのリーダーでありながら、他者の演奏に自らを沿わせるように振る舞う。用いるのはアフリカを中心とした世界中の楽器。彼は渦の中に身を起きつつも、同時にインプロヴィゼーションの総体を意識し、その都度楽器を握り変えて反応しているのだ。彼が渦の中心に身を置くことは決してない。それは中心を欠いたまま回り続けているのだ。
そしてインプロヴィゼーションにおける総体が最も強く意識されるのが、それが「サウンドソース」へと変貌し、ポスト・プロダクションという編集作業に突入した時であるのは、想像に難くないだろう。『(I’m just) Chillin’, on Fire』は2021〜22年に行われたセッションがベースにはなっているものの、その編集密度は楽曲によって異なる。曲によってセッションの日付が付されているものもあれば、「フレンズ」のソロ作からのサンプリングも用いられているものまである。渦のどこを作品として提示するのかは、編集者たるカルロスに委ねられている。
今作では、これまでにも「フレンズ」として幾度となく共演してきたジャマール・ディーンやネイト・マーセロー、ララージ、ジャマイア・ウィリアムスなどが参加。さらにはLAのシーンで顔役のような存在感を放っているカマシ・ワシントン、そしてあのアンドレ・3000が(ラッパーではなくフルート奏者として)名を連ねている。
ここで特筆すべきは、その編集の手捌きがポスト・プロダクションのみならず、「演奏に誰が参加するか」という采配の面にまで影響を及ぼしている点だ。これは一般に「編集者」といった場合に想起される、書籍や雑誌の編集者が、プロダクトの前段階である人選に心血を注いでいる構図とも符号する。カルロス・ニーニョにおける「フレンズ」とは、単なるキュレーションを越えた、彼が誘う渦への参加者の総称であり、彼らを同じ水面に落として生まれた波紋の重なり合う様子を組み替えることによって作品が生まれるのだ。
インプロヴィゼーションの中に生まれる、偶発的な紋様の数々。フレンズたちが、カルロスの演出するフィールドの上で身を寄せ合って自由に跳ねる様子が『(I’m just) Chillin’, on Fire』には記録されている。点在していたのは器楽であり、フレンズである。セッションは無限に続く随想のように、どこまでも波及しあいながら、またとない水面を描いている。(風間一慶)
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