インディー・ミュージックの“今”を刻んだ案内図のようなサウンドトラック
インディー・ミュージックの魅力と熱狂は、時に(そのリアリティは如何にせよ)、サウンド・トラックを通じて伝えられてきた。ブリット・ポップ、レイヴ・カルチャーの熱狂と喧騒を閉じ込めた『トレインスポッティング』(1996年)は言うまでもないが、2000年代にはザ・シンズ「New Slang」をフィーチュアした『終わりで始まりの4日間』(2004年)やザ・モルディ・ピーチズ「Anyone Else but You」が劇中で象徴的な役割を果たした『JUNO/ジュノ』(2007年)、そしてボン・イヴェールとセイント・ヴィンセントのダブルネーム楽曲やグリズリー・ベア、デス・キャブ・フォー・キューティーの楽曲を収めた『The Twilight Saga』シリーズのサウンド・トラックもインディー・ミュージックを積極的にピックアップしたことで知られている。
さらに、映画音楽でもインディー・ミュージシャンたちは様々な仕事を成し遂げてきた。例えば、LCDサウンドシステムのジェイムズ・マーフィーによる『グリーンバーグ』(2010年)、グリズリー・ベア『ブルーバレンタイン』(2010年)、カレン・O『かいじゅうたちのいるところ』(2009年)、アーケイド・ファイアとオーウェン・パレットが手がけた『her/世界でひとつの彼女』(2021年)と、名前をあげればきりがないが、近年ではスフィアン・スティーヴンスによる『君の名前で僕を呼んで』(2017年)が最も印象的な作品としてあるだろう。
上述してきたようなインディー・ミュージックとサウンド・トラックの関連にあって、近年多くの話題作を手掛け、今年には『Stop Making Sense』の4Kレストア版上映でも話題を呼んだ《A24》配給のホラー・ムービー『I Saw The TV Glow』(日本公開は未定)のサウンドトラックが、2024年現在のインディー・ミュージックの道標のような一枚となっている。参加したバンド、ミュージシャンの顔ぶれはもちろん、本作の映画音楽を現代インディー・ロックにおけるトップ・ランナーの一人であるアレックス・Gが務めていることも、このサウンドトラックの特徴を間接的に伝えているだろう。
各楽曲を見ていくと、セカンド・アルバム『FARM TO TABLE』(2022年)で名門《4AD》へと移籍し、プロデューサーとしても活動の場を広げているバーティーズ・ストレンジ「Big Glow」や、彼がアルバム・プロデュースを務めたインディー・バンド、Proper.「The 90s」、現行エモ、ハードコアを支えるインディー・レーベル《Run for Cover》に所属するsadurn「How Can I Get Out?」など相対的にストレートなエモ、インディー・ロックをピックアップしつつ、ザ・ウェザー・ステーション「Moonlight」やフローリスト「Riding Around in The Dark」といったフィメイル・シンガーソングライターによる、幻想的でメランコリックなフォーク・ミュージックもコンパイル。加えて、カサンドラ・ジェンキンスとの交流でも知られるロレインによる実験的なノイズ・ミュージック「Green」に、ユール「Anthems For A Seventeen Year-Old Girl」やキャロライン・ポラチェック「Starburned and Unkissed」といったエレクトリック/エクスペリメンタル・ポップへの目くばせもなされている。さらに、ミツキやジャパニーズ・ブレックファストなど、近年意欲的な作品が目立つアジアにルーツを持つシンガーソングライターを代表する一人であるジェイ・サムによるパワー・ポップ・ナンバー「If I Could」や、ニューヨーク拠点のバンド、スロッピー・ジェインがかつてのメンバーでもある、フィービー・ブリジャーズをフィーチュアしたチェンバー・ポップ「Claw Machine」も出色。
個人的なハイライトは、ソロ・デヴュー作『LIKEWISE』(2020年)以降、リリースを待望していたホップ・アロングのフランシス・クインランによるエモーショナルな歌声が跳ね回るノイズ・ポップ「Another Season」。また、ヴェルヴェット・クラッシュのようなパワー・ポップ・マナー全開のイントロから連なるカラっとしたエレクトリック・ギターに痺れるジェイ・サム「If I Could」も底抜けに気持ちいい。
全体を通して聴くと、バンド、ミュージシャンは異なれど、映画の影響源となっているという『ツイン・ピークス』のような陰鬱で退廃的、ミステリアスな雰囲気をそこかしこから感じることができる。さらにProper.「The 90s」といった楽曲タイトルや、フィジカル・リリースでのみ聴くことができるスネイル・メイルによるザ・スマッシング・パンプキンズ「Tonight, Tonight」、yeuleによるブロークン・ソーシャル・シーン「Anthems For A Seventeen Year-Old Girl」のカヴァーから放たれるのは、90`sオルタナや00`sインディーへのノスタルジアだ。上述してきたような数々のバンド、ミュージシャンの最新楽曲と共に、彼らが顧みるルーツも提示しながら、“今”の空気を詰め込んだ現行インディー・ミュージックの案内図のようなサウンド・トラックとして本作はある。(尾野泰幸)