匿名性からの脱却、ヤイエルとしての「歌」の表現
ヤイエルというバンド自身と彼らの音楽作品に纏わりつくあらゆる雑音を削ぎ落とし、匿名性を打ち出して発表されたデビュー作『Flesh and Blood』から約1年半。宇宙人を意味する造語であるバンド名の”yahyel”、顔をぼかしたアーティスト写真、メンバー全員を覆うような映像が印象的なライヴ等、彼らの発する全てから察せるように、何処の誰か、といった記名性を排除する彼らの姿勢や音楽は非常に挑戦的であった一方、そのコンセプトばかりが強調された。
ライヴを観て感じたのは、彼らのライヴ・パフォーマンスは非常にフィジカルでエモーショナルであるということ。音源はクールでストイックな印象だったが、それとは対照的に、池貝(Vo.)の感情を絞り出すようなパフォーマンスや声は躍動感に溢れ、時に鬼気迫るものである。ジェイムズ・ブレイク以降のポスト・ダブステップを軸としたサウンドに、そうしたブルージーで力強いヴォーカルが乗るという独特のスタイルは、彼らが持つ最大の特徴であるにも関わらずヴォーカルにフィーチャーされることは少なかった。
そして、今月発表されたセカンド・アルバム『Human』は、ヤイエルというバンドの「歌」の部分が遺憾なく表現された作品だ。単なる血肉から、意志を持った人間への変貌とも言えるように、音域の広いヴォーカルは自由自在に変化する。そのヴォーカルを最大限に活かしているのは、サウンド・プロダクションであるとも言える。あくまでヴォーカルを主役と捉えた今作は、ポスト・ダブステップやR&Bの要素を有したエレクトロニック・サウンドとビート・ミュージックが融合しているという点では前作の流れを引き継いでいるが、ビートに乗せてヴォーカルが流れているというよりは、ヴォーカルを活かすために極力音数がそぎ落とされたビートがそこで刻まれている、といった印象だ。「I’m a stranger」で始まり、「Be a lover」で終わる今作は、何者でもないものから個を持った人間としての表現に徹した作品と言える。(相澤宏子)