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Wild Nothing: Hold

2023 / Captured Tracks / Big Nothing
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ドリーム・ポップからポップスへの傾倒を魅せる5作目

14 November 2023 | By Nana Yoshizawa

ワイルド・ナッシングの5作目『Hold』はこれまでのドリーム・ポップからポップ・ミュージックへの傾倒と言えるかもしれない。米ヴァージニア州出身のジャック・テイタムによるこのプロジェクトは2010年のデビュー・アルバム『Gemini』で既に独自のスタイルを確立した。実際に《Pitchfork》の「The30 Best Dream Pop Albums」に選出されるなど評価の高い作品だ。それはエレクトリック・ギターを前面に出すメロディライン、リバーブやディレイの幽玄な奥行きなど、ドリーム・ポップと呼ばれるサウンドを存分に取り込んでいる。また、これは私観だが、日本の80年代ポップスを想起させるスネア・ドラムの“ノリ”も、ドリーム・ポップの要素だと感じる。山下達郎、細野晴臣が世界中で人気を集めるような昨今のシティ・ポップ・ブームをワイルド・ナッシングのこの作品の音作りにもみてとることができるのは私だけだろうか?

ともかく、2010年代の《Captured Tracks》をマック・デマルコ、ビーチ・フォッシルズと並んで引率してきたのがワイルド・ナッシングというアーティストだと思っている。 そんなドリーム・ポップのイメージが鮮烈なワイルド・ナッシングだが、5年ぶりの今作は淡い憧憬をシンセ・ポップやダンス・ミュージックへと拡張させた。まるで、マイケル・ジャクソンなど80年代メイン・ストリームのポップスのように、高らかに煌びやかな音を鳴らす。

そう感じさせるのは、メインの楽器をギターからシンセサイザーに移行したことにある。父親になったテイタムは、子供の様子を見ることが増えたのか、<部屋に一人でいる私は、シンセサイザーが与えてくれる音の無限の可能性に興奮した>と語っている。あるいは夜中によく聴いていたというダンス・ミュージックの影響かもしれない。その影響を顕著に感じるのがオープニング曲「Headlights On」だ。バレアリック・ビートと軽快なパーカッションのグルーヴはこれまでにない折衷案だった。そこへゲスト・ヴォーカル、Hatchieのファルセット・ヴォイスが乗るのも心地良い。続く「Basement El Dorado」はイントロから弾力のあるシンセ・ベースが鳴り始める。いかにもなアナログ・シンセの質感や大胆な展開は、思わずマイケル・ジャクソン「We Are Here To Change The World」を想像してしまう小気味良さがあった。本作で積極的にシンセサイザーを取り入れたことは、テイタムにとっても『Gemini』からのリスナーにとっても新しい喜びとなったはずだ。

もう一つ、ポップスに変化した面ではジェフ・スワンによるミキシングの功績が大きい。テイタムが近年惹かれるポップ・ミュージックに、キャロライン・ポラチェックとチャーリーXCXの名を挙げているが、どちらのミックスも手掛けるジェフ・スワンを迎えたこと。この共同作業は『Hold』が80年代のシンセ・ポップに終始せず、今のポップ・ミュージックを鳴らす上で重要だったと思う。というのも、彼のミキシングした楽曲はダンス・ミュージックでもアコースティック・サウンドのような軽さと温かみを備えているのが特徴だ。それでいて非常に鮮明で優雅な余韻がある。シンセサイザーも歌声もビートもそれぞれのサウンドを押し広げつつ、統一した軽やかさを感じるのは、スワンの視点によるものだ。

新しい視点を組み込んだ『Hold』はワイルド・ナッシングのターニング・ポイントとなる作品だろう。新たにポップスへと傾倒する試みは、これまでにないサウンドとなって響いている。それでも不思議なことに『Gemini』や今作『Hold』を聴いて感じるエモーショナル、つまり切なさや温もりは変わらないから、今後の挑戦も楽しみに待とうと思う。(吉澤奈々)


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