Review

Royel Otis: hickey

2025 / Capitol
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広がる場所と続く感覚

09 September 2025 | By Casanova.S

今の時代にギターバンドに惹かれる理由はなんだろう? インディーのギター・ミュージック、その音楽に惹かれるのは日常を塗り替えるひずんだ音だったり、何かを変えてくれるのではないかと期待を抱くような小さな反抗を感じたり、うらぶれた心に触れるメロディに共感しているのかもしれない。部屋に響くそれは誰のものでもない自分のものなのだ。この感覚はきっと60年代の頃から繰り返されてきたに違いない。エレクトロニック・ミュージックやヒップホップが現れ、時代遅れになって、それでも消えずにまた時代の音になる。オアシス再結成の熱が結成時に生まれていなかった10代の若者にまで伝播する2025年は、スタジアムを沸かせるギターバンドについて少し考えたくなるような年でもある。自分にとってそれは、ザ・ストロークスであり、アークティック・モンキーズやフォンテインズD.C.であって、どれもみんなギターバンドのロマンとでも言うような期待感と感傷に包まれている。

インディー的な精神を持ちながら大きな場所まで轟くバンド。商業主義という言葉が聞かれたり昔からのファンに裏切りだと嘆かれるバンドも少なくない中で、なぜこれらのバンドは狭いライヴハウスの空気やベッドルームの閉じた空間を好むような人たちからもありだと判断されるのか? 所属レーベルが違うから? 宣伝の方法? もちろんそれもあるのだろうけど、バンドの核にある部分が変わっていないというのが大きいのだろう(何も言っていなくともそれは伝わるものなのだ)。音がポップになろうとも、素晴らしい録音でクリアなサウンドになったり、洗練されたファッションに身を包み、優れたプロデューサーが付き、膨らむ観衆をステージの上から目を細め眺めるようになったとしても、初めてギターを手にしバンドを組んだ思いがそこに残っているなら信用できる。生活を超えた場所に存在する、あるいは不必要なのかもしれない思いを形にし表に出すこと、それは自分の音楽でもあるしみんなの音楽でもあるのだ。

暗く狭い地下室の実験から、陽光輝く大きなステージの歓声へ、それが地続きで繋がっている。デビュー・アルバム『PRATTS&PAIN』(2024年)から1年半という短いスパンでリリースされた、オーストラリア・シドニー出身の二人組、ロイエル・オーティスのニュー・アルバム『hickey』を聞くとそんな考えが頭の中に浮かんでくる。オープニングトラックの「i hate this tune」にしてもそうだし「come on home」を聞いてもそうだ。「car」を聞くとたまらなくセンチメンタルな気分にさせられる。繰り返されるギターのフレーズに差し込まれた少年性が色濃く残る。傷つき裏切られても美しく甘いメロディの残り香を追い求めるような音楽は、豊かになったシンセサイザーの音色が目立つものの、大枠は初期のEP『Sofa Kings』(2023年)の時から変わっていない。なんともロマンティックで、10代、20代前半のサウンドトラックになるような音楽だ。その時代が遠くなっているのだとしても、すぐさまその場所に引き戻される類いの音楽なのだ。

それを可能にするのは軽やかに抜けるギターのリフと印象的なヴォーカル・メロディを紡ぐ感覚だろう。ロイエル・オーティスはこのセンスが本当に素晴らしい。最初に思いついたアイデアをそのままいかすことを目指したシンプルなアレンジ、キャリアを重ねる中どんどん音が厚く派手になっていきがちなところを、このデュオは辿らない。大きな場所で響くように調整されてはいても、曲作りの中で生まれたアイデアのうま味、手作りの感触がそのまま残っている。これこそが自分が最も惹かれるロイエル・オーティスの魅力だ(インディー的とも言えるシンプルで素晴らしい小ささがそこにはある。それを突き詰めるときっとザ・ドラムスみたいになるだろう)。

そうしてシンセサイザーで引っ張る「who’s your boyfriend」を聞いて、ニュー・オーダーやザ・キュアーに初めて触れた80年代の若者がどんな風にそれを受け取ったのかと思いを巡らせる。この音楽には普遍の輝きがある。大きな場所で響くくらいにポップで、自分のものだと思えるくらいに孤独の影が差す。アルバムの全てのタイトルが小文字で表現された、大きな場所の小さな音楽。ロイエル・オーティスはどんどん大きくなっていくスタジアムのギターバンドとしての理想を体現しているのかもしれない。頭の中のバンドたちよりもさらにポップだからこそまっすぐに飛び込んでくる。軽すぎると警告音が鳴ったとしても、それすら無鉄砲で向こう見ず、無敵の青春時代のサウンドトラックの一部になる。(Casanova.S)

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