音楽を“やりたいようにやる”とはこういうことだ
正直にいえば、彼の音楽を初めて聴いたのは2018年1月1日だった。正月にサプライズ・リリースされた「USA」というポリティカルで屈託のない7分32秒のパワー・ポップは私の心と耳をわしづかみにした。同曲に関しては《TURN》の「BEST TRACKS OF THE MONTH -February, 2018-」でも半ば大げさなまでにその感動を短く書き残している。その出会いから私はジェフ・ローゼンストック名義でのソロ・ワークはもちろん、スカやポップ・パンクをベースにしたザ・ブルース・リー・バンドやボム・ザ・ミュージック・インダストリー!、よりエモやパワーポップへ傾倒したアンタークティゴ・ベスプッチといったバンド形態での音源など、ジェフ・ローゼンストックの過去作を漁るように聴いた。PWYWによる支援金を基礎とする自主レーベル《Quote Unquote Records》の運営から、リリース音源の無料公開など、これまでのキャリアでパンク特有のDIY精神を貫いてきた彼が関わるプロジェクトの音楽はルーツへの尊敬、時にコンシャスで時にユーモラスなリリック、痺れるようにキャッチーで刺激的なメロディーとパンキッシュなサウンドをこれ以上ないバランス感覚で同居させており、聴くたびに他にはない衝撃と感動をもたらしてくれた。
上述した「USA」は同年にリリースされたアルバム『Post-』(2018年)へと収録。2020年の『NO DREAM』と同作をスカ解釈した『SKA DREAM』(2021年)やいくつかのEP、楽曲リリースを経て、この度リリースされた最新作が本作『HELLMODE』である。
冷めやらぬ情熱と狂騒を濃縮した性急なドラミングとアンセミックなコーラス・ワークが印象的な「Will U Still U」や「Head」。“I liked you better when you weren’t on my mind(あなたをなんとも思っていなかった時のほうがあなたを好きだった)”というリリックのリフレインとともにヴォーカルが軽快に弾み、スカ・カッティングとファズ・ギターが快活に鳴るリード・シングル「LIKED U BETTER」。パワフルなドラムに楽曲を先導させポップ・パンク色を強めた「Future is Dumb」。オルタナティブな轟音ギターによる泣きメロが初期ウィーザーを彷彿とさせる、ミドルテンポのパワー・ポップ・ナンバー「Soft Living」。さらにはアコースティック・ギターを主軸にミニマルに構成された「Healmode」や「Life Admin」など、意外なまでに作品全体を通じて楽曲は多彩で、インディー/パンク特有のまとなりなく放埓するエネルギーを下地に、どんなにハードでどんなにエッジーなリリックやサウンドでも、シンガロングを促すようなポップ・ナンバーで本作は溢れており、メロディー・メイカーとしてのジェフの才気を過去作以上に伝える作品になっている。
本作リリース・タイミングで《The Guardian》に掲載されたインタビューにて、ジェフ・ローゼンストックは現代DIYパンク(そもそもこのターム自体が語義矛盾であるきもするが)を代表するミュージシャンとして目されることについて、こう語っている。“もし自分たちが実行していることで、みんなも自分でもできるんだということに気づいてくれたらめちゃくちゃいいことですよね。そんなことがあったらちょっといい気分で、自分にとっての勲章を手に入れたんだと思いますし、そこから自分もまた動き出すことができます。影響力のある人だから重要な人間なんだと思っていては、自分の人生を生きることはできないです。”
シリアスに、ポリティカルに、ユーモラスに、自らのペースで自らのやりたいようにプラットフォーム資本主義に覆われた音楽産業の論理と折り合いつけ、適度な距離をとりながら、納得いくかたちで自らの仕事を生み出すことはとても難しいはずだ。その優れたバランス感覚と精神性がジェフ・ローゼンストックへのリスペクトを蓄積させてきたのだろう。もちろん活動のスタンスと音楽の“素晴らしさ”を単純に結び付けたいわけではない。しかし、彼のような音楽活動から生まれる音楽の誠実さと美しさもまたきっとあるのだと信じたい。それはきっと誰かにとっての理想と希望になるはずだから。(尾野泰幸)