何よりもまず生き生きと音楽に取り組んでいるストーンズに快哉を叫びたい
世界でもっとも巨大なロック・バンドといって過言ではないローリング・ストーンズの18年ぶりの新作は、溌剌とした快作だ。収録曲は粒ぞろいでサウンド・プロダクションは明快である。そして何よりもまず生き生きと音楽に取り組んでいるストーンズに快哉を叫びたい。
ストーンズは60年以上のキャリアを誇るバンドである。ロックの第一世代に当たるベテラン中のベテランであっても、これほど活力に満ちたアルバムを作ることが可能なのかと驚かざるを得ない。老いの概念に更新を迫ったストーンズの姿に励まされたファンも多いはずだ。
新作においてストーンズは、ファンが求めるストーンズ像を見事に演じきった。これがもしうまくいっていなければ、セルフパロディのような誹りを受けていたかもしれない。けれどもうまくいっているから何ら問題はない。ストーンズによって世界中にばら撒かれた種子が芽吹き、やがて様々な実をつけたわけだが、彼らはそれを刈り取り、再び自分のものとし、ぶくぶくと成長してきたようなところがある。つまり、エアロスミス、ニューヨーク・ドールズ、ガンズ・アンド・ローゼズ、あるいはNRBQ、リプレイスメンツ、ウィルコといった後進によって上書きされたストーンズ像を自分のたちの肥やしにしてしまうのがストーンズなのだ。当アルバムは、そうしたフィードバックの最新の成果が表れているといって差し支えないだろう。
プロデューサーを務めたアンドリュー・ワットには「ファンがもっとも聴きたがっているアルバムを作る」という方針があったそうだ。ワットは1990年生まれ、ニューヨーク出身の音楽家で、一方ではジャスティ・ビーバーやポスト・マローン、マイリー・サイラスのような売れっ子との仕事ではヒットを飛ばし、他方ではオジー・オズボーン、イギー・ポップ、エルトン・ジョン、エディ・ヴェダーといったレジェンドたちとの仕事では辣腕をふるう気鋭のプロデューサーだ。元々ストーンズの大ファンで、毎回異なるストーンズTシャツを着てスタジオに現れたそうだ。エルトン・ジョンと仕事をする際も、グッチのトラックスーツにド派手なサングラスという出で立ちで臨んだという話だ。それが彼の流儀なのだろう。
先行シングルの「Angry」は、往年のストーンズ然としたサウンドでありつつも、メロディがモダンポップに仕上がっていたのが印象深かった。クレジットにはミック・ジャガーとキース・リチャードに加えてワットの名前がある。「Angry」に限らず、ポップスの第一線で戦っているワットがバンドに持ち込んだある種の大味さ、ベタな感じがアルバムの風通しの良さにつながっているように感じる。ストーンズに馴染みのファンもとっつきやすいうえに、筋金入りのマニアにはストーンズ・クラシックスとの関連を見出す楽しみが用意されており、親切設計のアルバムになっている。ちなみにワットがグリマーツインズとともに名を連ねたのは、「Angry」に加えて「Get Close」「Depending On You」の3曲だ。
2021年に亡くなったチャーリー・ワッツの不在を気にした人も多いことだろう。性急だが悠長。物腰はジェントルだがプレイは無骨。パターンは簡素だがニュアンスは複雑。こうした煮え切らなさを体現するドラムで我々の下半身をモヤモヤさせたのがチャーリーだった。彼のグルーヴはまさにストーンズ・サウンドのシグネイチャーであり、交換不可能なものにほかならない。後釜にすわる人間は荷が重い。
そこに白羽の矢が立ったのはスティーヴ・ジョーダンだ。ベテランのドラマーで、ストーンズとの付き合いも長い。1986年の『Dirty Work』にドラムではなくパーカッションで参加し、キースのバンド、ザ・エクスペンシブ・ワイノスではドラマーを務めた。当アルバムにおいてジョーダンは、チャーリーに敬意を捧げるようなプレイをしつつ、バンドにガッツと躍動感を与えている。当作品の活きの良さは、ジョーダンのプレイによるところが大きいといえる。
チャーリーが生前に参加した楽曲が収録されるとのことで注目を集めている。ディスコ調の「Mess It Up」とブギー調の「Live by the Sword」だ。後者にはビル・ワイマンが駆けつけている。どちらもドラムがタイトだ。欲を言えば、もう少し落ちたサウンドで聴いてみたかった。バキバキな仕上がりにより、ニュアンスが消えてしまっているのは否めない。当作品におけるドラムに対する派手な加工は大きく賛否が分かれる部分だと思われる。
豪華ゲスト陣も話題を呼んだ。レディ・ガガにエルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダー、そして、ポール・マッカートニーだ。ミックとのデュエットを披露したガガを除き、これだけのビッグネームが一プレーヤーとして真剣に仕事をこなしているのが異様でなんだかおもしろい。しかし考えてみるとどんな大物ゲストが参加しようと脇役に収まらざるを得ないのかもしれない。なぜならミックが異常なまでに血気盛んだからだ。
『Hackney Diamonds』の主役は言うまでもなくミックである。もちろんキースとロン・ウッドの阿吽のコンビネーションとゴージャスなトーンも聴きどころなのは間違いない。しかしそれらを活かすも殺すもステレオの中心を陣取るヴォーカル次第である。そしてミックは期待以上のパフォーマンスを披露した。むろんピッチ修正のようなテクノロジーの恩恵を被っていることは明らかだ。初めて「Angry」を聴いた際、オートチューンが導入されたのかと早とちりして驚いたりもした。たしかに当作品の異様なまでの若々しさはテクノロジーに負うところが大きいのかもしれない。とはいえ、オーディオ・データに気迫や力強さを付与するプラグインはいまのところ市場に出回っていないはずだ。ヴォーカルにガッツを感じるとしたら、それはミックの身体から発せられたものだ。派手なサウンド・プロダクションを突き破り、ストーンズの得体の知れない底力が噴出する力強いアルバムである。(鳥居真道)