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TAAHLIAH: Gramarye

2024 / untitled (recs)
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柔らかな裏切りを待っていた

19 November 2024 | By Daiki Takaku

クラブ・アンセミックなビート、弾けるシンセ、オートチューンの塗りたくられた甘ったるいヴォーカル……。ハイパーポップの興盛とシンクロする形でヒットした、グラスゴー出身のトランスジェンダー女性で“ミックス(混血)”のプロデューサー兼DJ、TAAHLIAHによる2021年のデビュー・シングル「Brave」を記憶している人の多くは、おそらくこう思っていただろう。彼女はこのまま人工甘味料とカフェインの洪水の中を泳いでいくはずだ、と。

あるいは「I’M YOUR SEX TOY」とプリントされたTシャツを着てハイエナジーなセットを披露したBoiler Room(この原稿を書いている時点で100万回再生を超えている)を記憶している人の多くはこう思っていただろう。彼女は騒々しいパーティーを繰り返し、燃えるように生きていくはずだ、と。

もしくは、“トランスジェンダー女性”、“ミックス(混血)”といった言葉の持つ記号的意味合いと過剰さを押し出した音楽性のみを見つめ、こう言う人もいただろう。「ああ、そういうことね」と。そして私自身も、そんな厚顔無恥なリスナーの一人であったかもしれない。もっと言えば、2022年4月にThe Quietusに掲載されたインタヴューでのTAAHLIAHによる以下のような発言は、私のような恥知らずのリスナーにとって耳の痛いものだった。

「トランスでエレクトロニック・ミュージックを作っていると、人々は“ソフィーの音楽みたい”とか“アルカの音楽みたい”と言うだろう。聴いてみれば、これらのサウンドはどれも同じではないことが分かるはずなのに。そういった比較をするのは怠惰なこと。アーティストをそんな風に比較するのは正しくない。特に黒人の音楽と白人の音楽を比較する場合、すでにヒエラルキーが存在している。ポジティヴなことを言おうがネガティヴなことを言おうが関係ない」

しかし驚くべきことに、TAAHLIAHの最新作であり、ファースト・アルバム『Gramarye』の柔らかな裏切りを私は歓迎している。彼女はここでサッカリンもカフェインも手放さず、パーティーをやめるつもりもなさそうだが、でも同時に、陽当たりのいいリビングで朝の日差しを浴びながら静かに思慮をめぐらせているようで、その様を見ていると、こちらも晴れやかな気分になってくるのだ。

まずはっきり言って、本作は「Eylvue」などのいくつかの例外を除いてハイパーポップとラベリングすべきアルバムでもなければ、ソフィーやアルカの生み出してきたようなエクストリームなポップ作品でもない。TAAHLIAHのソングライティング/アレンジは、むしろトラディショナルな方向へと進んでいる。例えば、アンビエンスが混ぜ込まれたローファイなイントロで幕を開ける「Hours」は長年のコラボレーターであるnaafi、Tsatsamisのヴォーカルと歪んだギターが調和した歌モノであり、ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズの参加した「Cherish」は繊細なハーモニーに彩られた美しいポップ・ソングだ。また、「Whispers」で存在感を放つ幽玄なストリングスに耳を傾けてみれば、昨年の「ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラとのコラボレーション経験も一部反映されている」というBandcampでの紹介も納得できるだろう。

さらに本作の魅力の一つは、「Boys」のようなダンスフロア向けの曲だけでなく、比較的トラディショナルな方向の曲の中にもTAAHLIAHがこれまで手がけてきたハイパーポップやエクストリーム・ポップと呼ばれる音楽にある要素のいくらかを見出すことも可能な点にある。「Heavenrise」の緩やかなシンセにまとわりつくトランシーな響き、「Angel」のヴォーカルにときおり混じる妖精のささやきのような変調した声、ラストに配されたカントリー・ポップとさえ呼べる「Holding On / Let Me Go」のふくよかなTsatsamisのヴォーカルにオートチューンが掛かる瞬間……。これまで歩んできた道を誇り、その上で新たなサウンドに手を伸ばすことで彼女は複雑でより深いカタルシスを生み出しているのだ。「Angel」で繰り返される、「世界は厳しいけれど、私は天使みたいに柔らかい」というフレーズの、なんと勇敢なことか。

アーティストは、肯定的であれ、否定的であれ、表現に制限を設けたがる身勝手なリスナーの声に応える必要はなく、YouTubeのコメント欄をA&Rかのように扱う必要もない。『Gramarye』は、迎合するよりも挑戦することに価値があるという、ささやかで確信に満ちた主張なのだ。(高久大輝)




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